特攻
おまたせしました
俺の前には道がある。
しかし後ろにもある。後ろに行けば家に帰れる。家に帰れば2人が待ってる。あの2人は何も出来なかった俺をきっと責めないだろう。ドンマイとか気にすんなとか言って、凹んでいる俺を慰めるだろう。
だが前に進めば、きっとそこには友がいる。呪いに犯され、助けを求めているであろう友が。その呪いは俺1人の力で祓えるものではないだろう。俺が飛び込んで行ったところでどーにもならないことは分かってる。
けれど、それでも俺は行きたい。
「目の前で失うのは…もうたくさんだっ!!」
この先には光野がいる。俺を受け入れてくれた友達がきっといる。
俺は走った。ドタドタとカッコ悪い走り方で。それでも止まらず前に進んだ。もしも助けるのに失敗したら、その時はきっと俺も死神達の抹消対象になるだろう。それすなわち、おーがさんの警告を無視し、信頼を裏切ることになるかもしれない。いやすでにそうなっている。それに自分以上の存在に逆らうことがどれほど怖いか、俺は痛いほど知っている。そのせいでかつて俺は道を踏み外したのだから。
でも、目の前で友達失う方が何倍も怖かった。何も出来ないのは嫌だった。もう、なにかを失うのはこりごりだった。
もしもこの行動が呪いを加速させるものだったら、俺のせいで呪いが拡大してしまったら、なんて考えなかった。考えてしまったら足を止めてしまうから、それで曲がるほど俺の決意は脆くなかったから。
「カエレ……カエレ……モドレ……」
「イクナイクナイクナイクナイクナ」
「トマレトマレ……トマレトマレ……」
「……っ」
その道中、俺は何人もの霊とすれ違う。霊達は俺の体を力なく掴み、頭に直接植え付けるように口々に止まれと言って来た。俺をあの世への道連れにしようだとか、悪霊の類等ではない。
幽霊達の親切心だ。コトリバコに呪われて、犠牲になったかつての村の住人達の残骸が、先へ進もうとする俺を引き止めようとしているのだ。俺らが最初に来た時に気づかなかったのは、コトリバコが開けられ無かったのと、霊達に俺らを止めるほどの力が残っていなかったのだ。だがコトリバコが開けられ、その呪いが発動してしまった以上、こうして少ない余力を振り絞り、無関係の人間が近づかないようにしているのだ。
そういえばあの時、光野の携帯がバグって俺ら3人が湖の中にいたのは、幽霊達がなんとかして引き返させようとしていたのかもしれない。ここにいる霊達はみんな味方だ。コトリバコに呪われて命を落としても、新たな犠牲者が出ないようにずっとここで頑張っているのだ。
「ごめんなさい…」
俺はペコっと霊達に謝ると道を急ぐ。彼らの思いを踏みにじってしまうのには心が痛むが、それでも俺は止まらなかった。せめて彼らが成仏出来るよう祈りながら、俺は走った。
そしてついに俺は村の入り口へとたどり着いた。入り口付近にも関わらず、呪いの力は感じられるほど凄まじい。
よもや家を探すまでも無い、あの家だ。壁も天井も真っ黒な血で塗られた家。そこから身の毛もよだつ怨念がドロドロと溢れている。
「くっ…」
時間が無い。俺は勇気と信念を固く握り締め、その家に特攻した。
チキッ…カッ……
家に入ると部屋の奥からわずかに音が聞こえて来る。その音は最早木々をいじくり回す音では無い。それは開けてはならぬ扉を叩く音か、はたまた最悪を目覚めさせる音か。
「光野ぁぁっ!!」
俺は叫んだ、返事は来ないと分かっていながら。それでも叫ばずにはいられなかった。
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチカチ
近づくにつれて音は大きくなる。災厄が今、解き放たれようとしている。
「光野っ!!」
部屋の真ん中で光野はしきりに箱をいじっていた。その手さばきならぬもみあげさばきは、人間のそれをはるかに上回っている。俺は彼の体を強引に押さえ込み、必死にそれを止めようとした。
しかし、
「光野っ! やめろぉっ!! くそっ! ビクともしないっ!」
光野の体は大岩のごとく固く、数センチすら動かなかった。見れば彼の目は焦点が合っておらず、口からはダラダラとヨダレを垂らしている。
箱からは真っ黒な何かがゴブゴブ溢れ出し、もみあげを黒く染め上げた。俺は箱と彼を必死に引き剥がそうとするが、まるで歯が立たない。
そして……
カキリ
箱が開いたとは到底思えぬ音が部屋に響く。まるで骨同士が擦れるような、または恐ろしいものが入った扉の鍵を開けるような、そんな音だった。
ドチャ
白目をひん剥いたまま、光野は俺にもたれかかる。俺はすかさずそれを受け止め、そして彼を抱えたまま、この家を去ろうとした……
ずじゅずずずず……
瞬間、俺の背筋は凍りついた。背後に怨念の塊が、呪われるだけに使われた子供達やその母親の恨みが、俺のすぐ後ろにいるのだ。
(振り向くな)
理性が言う。振り向いてしまえばきっと俺は耐え切れない。きっと数秒後には呪い殺される。いや、俺などこれから始まる厄災に比べれば塵の1粒にすらならないだろう。しかし、だからと言ってただ殺されるたくはない。ギリギリまで抗ってやる、逃げれるところまで逃げてやる。
ガジュッ
「ひっ……」
と、逃げようとしていた俺の髪を、呪いそのものが捕えた。
ゴギッ
「あっ…」
瞬間、どうしてか俺は振り向いてしまった。あれだけ振り向くまいとしていたのに。
目の前に現れる呪いは、俺の目にその姿を焼き付ける。怨みで歪んだ人の姿を、黒き血で数多の命をいたずらに繋ぎ止めた姿を。
その恐ろしさに、最早叫び声すら出ない。
俺の脳はショックで死なないよう、全身の器官と神経を遮断する。これ以上、俺が恐怖を感じないために、俺に厄災を見せないために。
ドサッ
ピシッ
俺の意識は闇へと落ちていった。そして……
「ヴォロロロロロロロロロロロロロッ!!」
ビシュッビシュッビシュッ!!
律斗の顔はバギバギと音を立てて割れ、隙間から異形に歪んだ腕が、いや触手のようなものが何本も飛び出していく。その触手でコトリバコの怨念を掴んだかと思えば…
バギュッ!! メギョッ!! ゴギゴギッ!!
貪り喰うように、呪いそのものを体内へと取り込んでいく。コトリバコの呪いは抵抗も出来ないまま、その体を余すところなく『ソレ』に喰われていく。
ガフッガフッガフッ
ゴギギギギッ
「ヴォルルォ……ヴゥウウウウウウ……」
呪いを完全に取り込んだ『ソレ』は、次の獲物へと手をつける。その対象は呪いに心も体も犯された光野だ。コトリバコの呪いを取り込んでみせた『ソレ』は、その触手を何も出来ない彼へと伸ばす。
ガギィンッ
「っと待った」
あと少しと迫ったその時、死神の大鎌が触手を止めた。死神はヒュンヒュンと大鎌を回しながら、数々の触手を丁寧にさばいていく。
「グルオオオッ!!」
「律斗…お前……」
「ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ」
その死神の表情は曇っていた。それは恐怖ではなく、哀れむような、どこか悲しそうな顔だった。死神は決してその刃を『ソレ』そのものには当てず、ただただ迫り来る触手を止めるだけだった。
「ゴギャ……オオオオオオオオオオオオオ……」
「……?」
およそ2分ほど攻撃をさばいていると、『ソレ』は突然呻き出した。いったい何をするのかと死神はジィッと鎌を構え直し、今一度気を入れ直す。しかし死神の警戒とは反対に、『ソレ』は少しずつ動きを鈍らせていく。
そして……
パキュッ…ピギピギピギ……
「オオオオ……」
『ソレ』はシュンシュンと縮んでいったかと思うと、ひび割れたところからじわじわと戻っていく。
ビジュッ
『ソレ』は完全に律斗の体内へと収められた。今の彼に呪いを取り込んだ『ソレ』の気配は無かった。
「…」
死神は何も言わずに、気絶した2人を運ぶ。その表情は異変を解決した者のものでは無かった。大切な何かを失ってしまったような、そんな哀愁漂う表情をしながら。
こうして異変は終わった。新たな異変の種を産み落としながら。
次回の投稿もお楽しみに




