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アンバランス・ワールド  作者: がおー
第1章 〜転生〜
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悪魔のお約束

おまたせしました

 あれからどれだけ時間(とき)が経っただろうか。腕は剥がれ、脚は砕け、耳は欠け、(あご)は外れ、眼球は(こぼ)れた。しかし激痛だけは身体中を巡り、留まるところを知らない。

 この苦痛からは永遠に逃れられない、とわずかに残った脳はそう結論づけた。



 はずだった。



 サァッ



「……?」



 風だ。


 今、俺の体をすり抜けていったのは。



「!?」



 思わず俺は跳ね起きる。今いったい何が起こったのか。わけも分からず飛び上がる。


 すると、ダンッという音と共に、ふわっと体が宙に浮く。頭のてっぺんをふぁあっと風が割いていく。


 動く、動く、体が動く!


 これは夢だろうか。先ほどまでの激痛が嘘のように消え去り、砕け散ったはずの体が動いている。こんなにも元気に、自由に。


「はっ…ははぁ!」


 たちまち頰の肉が緩み、にんまりと口角が上がる。いったい何故こうなったのか等は考えず、ビョインビョインと跳ね回る。

 今はただ、あの地獄が終わったということを、何も気にせずに喜びたかった。


 と思ったのもつかの間、ふと体の異変に気づく。


「…れ?」


 わさわさぷらぷら、手足を振ってみてもそれらしきものが見当たらない。それっぽい感触は一応あるのだが、肝心の手足本体が視界内に入らないのだ。入るのは身の丈以上に育った草木ばかり。

 俺はぐるぐると眼球ごと回して探し回るが、結局は見つかることはなかった。それに探している最中に気づいたが、視線がいやに低い。まるで野原に寝そべっているかのような。


(今の俺って……)


 どんな姿をしているのだろうと思った瞬間、サラサラと水の流れる音が耳に響いて来た。

 俺はそっと耳のある場所に手っぽいものを伸ばすと、そこにはふにふにと軽い柔らかさを残した()()があった。


「あっ! 耳っ!」


 またボロォッと崩れないだろうか、と慌てて手を離すが、特に何も起こらない。俺はプラモデルの細かいパーツをくっつける時のように、超慎重にもう一度耳を触った。


「……っついてるっ!」


 ちゃんと頭にくっついてる。しかも今度は壊れない。

俺は嬉しくなって何度も何度も引っ張っては、『取れない』という事実を味わった。


 それから10分ほど耳がくっついていることに喜びを感じると、やっと俺は水場を目指した。幸いそれほど遠い位置には無く、5分と経たないうちに着いてしまった。


 グイッと体を伸ばし、水面(みなも)に俺の姿を映し出す。少し風は吹いているものの、さざ波を起こすほどではなかった。

 俺は落ちないようにはっしと近くの水草を掴みながら覗き込んだ。


「……」


 言葉が出ない。この姿に。



 手足が無い。体も無い。あるのは頭だけ。たったそれだけ。


「……マジ?」


 念のため、頰をつねってみる。さっきまでの激痛ほとでは無いものの、一応痛かったから夢では無い。となればなんでこんな姿に。


(ひょっとして…っ!)


 俺は試しに体に力を入れてみる。そして()()()()を唱えてみる。



「止まれっ!」



 サァアアッ



 静寂は訪れない。時間(とき)は止まらない。



 しばらく体を風に吹かした後、俺は理解した。


 ()()()()はもう無い。

 『時間(とき)を操る能力(ちから)』は体から消えている。


 そう考えると、なんとなくこの姿にも納得がいってしまう。きっとこれはあの地獄から解放されるために、体と能力(ちから)を対価として払ったのだろうと。神様が与えてくれた、やり直すチャンスなのだろうと。


「……ぷふっ!」


 もう一度水面(みなも)に目を落とすと、そこにはなんとも頼りなさそうな顔が波に揺られていた。俺ってこんな面白い顔してたのか、見れば見るほど笑いがこみ上げて来る。

 俺は無い腹を抱えて、ゲラゲラと笑いまくった。産まれて16年、自分の顔がまさかツボに入るとは。


 ザフッ


 なんて笑ってると、近くで草木がかき分けられる音がした。俺はギョッとして手っぽいので口を押さえ、その場にググッとうずくまった。

 何か分からんが、見つかってはまずい。どうか通り過ぎてくれ。

 俺は先ほどまでの笑いを喉奥へと押し込み、音のする方にジィッと意識を向けた。


 ザフッザフッ


 来るな来るなという俺の意思を読み取るかのごとく、足音はまっすぐ向かって来る。


 もしやすでにバレているのでは、と思いこの場から離れようと体を動かしたその時、



 ガシッ



「うわっ!」

「……見つけた」



 俺の体は何者かに背後からガバッと持ち上げられ、地面からおさらばすることとなった。その別れを惜しむ間も無く、


 ビュルンッ


「はぅわ!?」


 と約540度体が回転させられる。あまりにも勢いよく回されたものだから、それだけで脳がぐわんぐわん揺らされる。

「なんだこりゃ」

 そうして目を回している最中、耳に届くのは女の子の声だった。俺は未だに揺れている脳を押さえながら、ゆっくりと目の前を向く。



 そこにいたのは、羽つきの帽子を被った白髪(しらかみ)の女の子だった。俺の体を白い手で持ち上げ、目を細めまじまじとこちらを睨んでくる。帽子のつばが顔に影を落としているからだろうか、子供のくせしてその目つきはちょっと怖い。


「え…えっと……」

「お前、喋れんのか。まぁいいや」


 俺は下ろしてもらおうと頼もうとするも、女の子の鋭い目つきに押され言葉は今ひとつ喉元でつっかえてしまう。

 いったい何故、見るからに年下のはずの子にこれだけの目力があるのか。 なんて考えていると、女の子は俺を抱えたまま、さわさわと白髪(しらかみ)を揺らし始めた。



「さて、遺言くらいは聞いてやるよ」

「……へっ?」



 突然、俺は遺言を求められた。



「『へっ』か。随分短い遺言だな。まいっか」

「ちょちょちょっ! ちょっと待って! なに!? そういう遊び!?」



 この子の年代では遺言を求める遊びが流行っているのだろうか。だとすれば何てヤバイ遊びを、初めに作った人は考えつくのだ。俺はわたわたと慌ててその子に聞いた。


 しかし、



「あ……? お前何言ってんだ?」

「えっ…」



 帰って来た反応はすごく冷め切ったものだった。何かまずいことを言ってしまったのだろうか、いやそんな覚えは無いと思うが…。


「はぁ……遺言だよ。ゆ、い、ご、ん。分かる? 死ぬ前に言う言葉。 理解した? ドゥーユーアンダースタン!?」


 『遺言』の意味は授業をサボっていた俺でも流石に知っている。だがそれをこの場で言う理由が見えない。何故、今から死ぬ言葉を言わねばならないのだ。


「な、なんで…? 急にそんなこと言わなきゃいけないんですか?」


 見るからに年下の女の子なのに、俺の口からは自然と丁寧な言葉が飛び出した。



「はぁーっぁっ! 分かんないかなぁ!? お前は今から()()()()()()()()んだよ!」



 次の瞬間、女の子はプツンとキレ出した。


 その言葉に俺の頭にいくつものクエスチョンマークが浮かび、思考の湖を埋め尽くす。


 『食う』と言ったのか? この女の子は。自分を?



 冗談だ、と一瞬だけ思った。しかしその言葉はすぐにかき消される。



 本気(マジ)だ。この女の子は本気(マジ)に俺を食おうとしている。その証拠に、この子の目が、瞳が、人間の子供とは思えないほど、鋭く、禍々(まがまが)しく、獰猛(どうもう)に尖ったのだ。


「まっ! 待って! お願いっ! 助けて!」


 その瞳を前に、俺は骨の(ずい)まで震え上がって、反射的にそう叫んでいた。やっとあの地獄から解放されたのに、ここからまたやり直せると思ったのに、こんな化物に食われて死ぬなんて、そんなの真っ向からお断りだ。


 俺は必死に言葉を連ねた。死にたくない、まだ俺はこの姿になって何もしていない。生きたい、今度こそ生き抜いてみせたい、その生への執着だけで俺は何度も言葉を吐き出した。



「ふぅん……そんなに助けて欲しいの……?」



 すると女の子は、まるでその言葉を待ってました、と言わんばかりに荒らげていた口調をケロンと消した。

 そしてニタァッと悪魔のような笑みを浮かべると、心そのものに語りかけるような、聞いていて心が安らぐような、先ほどまでの恐怖とはまた別の恐怖を植え付けるような、そんな感じたこともない言葉が俺の体をスプスプと貫いていく。



「ねえ……『悪魔とのお約束』、してみる?」



 悪魔のお言葉に、俺は(うなず)く他なかった。

次回の投稿もお楽しみに

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