行くところ無き男の行く道
おまたせしました
トイレの個室の中で恐ろしい気配を感じた俺は静かに息を殺していた。このままやり過ごせればいい、あんなやつらと関わる必要は無い、と蹲りながら。
そう、俺は怯えているのだ。純粋な敵意と殺意を持った者達が近くに来ているという事態に。
(どうした? 戦わないのか?)
そんな俺に魔神は煽るように言うが、怯え切った俺の心は動かなかった。
「う、うるさい…、あんなのと戦うわけないだろっ」
俺は魔神にそう言いながらちゃんと扉に鍵がかかっているか確認した。見ると鍵はかかって無かったので、慌ててがちりと鍵を閉めて完全に自分の周りを固めた。そしてトイレの個室の中で1人隠れながら、その敵意の塊が自分の側から去るのを待つ。
しかし、
(へぇ、貴様が戦わないって言うんなら、俺も無理にやれとは言わんけどなぁ。けどなぁ、アイツらが無関係の人間を傷付けないって保証は何処にもないぜ? 何せ明確に分かるくらいの殺意を持ってんだからよ)
魔神はニタニタと笑いながら言った。まるでこちらの心を見透かしているみたいに。
「……っ!」
それを聞いて俺はハッとさせられる。たしかにあれほどの殺意を持ってるようなやつが、無関係の人間を一切傷付けないわけがない。むしろ目的達成のためならいかなる犠牲をも問わないって感じだ。
(けど…そんなの…俺には関係ないことだ…)
だがそれでも俺の結論は変わらない。あいつらが誰を殺そうと、俺には関係ないことだ。他人の恨みに首を突っ込むような、そんな馬鹿な真似が出来るわけない。
(そうだな、無関係の人間が死んでも貴様には関係ないもんな。悪かったよ水差して。分かってるけど、このまま見殺しにするのが1番だもんな)
すると魔神はわざとらしく残念そうにしながら言った。
「お、おいっ…魔神っ…」
俺はその言葉に反論しようとするが、いくら問いかけても魔神は何の反応もしなかった。帰ってくる言葉も無かった。だから俺は1人で答えを出さなくてはならなかった。相変わらず殺気はまだ消えない中で。いや、さっきよりずっと近くに来ている。
ここでこの殺気の根源を止めるのか、立ち向かわなくてはならないのか。
それを決めるのは、俺の意思なのだ。体に宿った魔神でもなければ、他の人間でもない。俺が、俺だけが決断を出さなければならないのだ。
俺は…
ガチッ…
外に出た。
正義だとか、俺がやらなきゃっていうチンケな衝動に駆られたわけじゃない。魔神の言った、見殺しって単語が気に食わなかっただけかも、俺の敵だからやらなきゃいけないって思ったのかもしれない。それとも何か、まだ取り戻せてない自分自身の中の何かが、外に出るのを求めたのかもしれない。
何で自分がそんなことしたのか分かんけど、外に踏み出たのは事実なんだ。今はそれだけを持って、俺は殺気の集う場所へと向かった。歩いているうちにあれほど感じていた恐怖心は薄れ、呼吸は落ち着きを取り戻していた。
何故自分がこんなに落ち着いているのか、さっきまであんなに怯えていたというのに。それに何故これほど殺気を感じ取れるのか、果たしてこの殺気が本物なのかも分からない。しかし俺は自身の力に確信を持ち、そこへと向かっていた。
向かった先は病院の外、いわば中庭のようなところであり患者の精神的リハビリになるような場所だった。幸い人は少なく、手入れの作業員もいないようだ。
だがそこには俺が感じた通り、いや目で捉えればそれ以上の殺気を放つ者がいた。いたのは3人の男達で見るからにヤンキーっていう感じの格好をしている。
そんな男達を見た時、俺はやはり来るべきじゃなかったと後悔した反面、やはりここでコイツらを止めるべきだとも思っていた。
すると向こうもこっちに気付いたのか、ザクザクと花壇の土を踏み荒らしながら向かって来た。
「おいおい、まさか向こうから来てくれるとはなぁ」
「やはり噂は本当だったのか。ったく、何が死んでるだよ。死体もろくに見つけてねぇくせによぉ」
「まぁいいんじゃね。ここで俺らがアイツを死体にしてやりゃあ。それなら死んでることに出来るだろ」
男達は何か話しながらこちらに向かって来る。会話はよく聞こえなかったが、何やら俺のことを知ってるみたいな口ぶりだ。
つまり俺のことを知ってる人間、まだ思い出せない俺の過去に関係のある人間ということか。脇目も振らず真っ直ぐ向かって来るのを見る限り、やつらの標的は俺のようだ。
ってことは俺は、こんなに殺気を放つようなやつらに狙われているのか? いったい記憶を失う前の俺はどんなことをやっていて、どれだけの恨みを買っていたのだ?
だがコイツらの殺気を見る限り、魔神が言う通り、俺の敵であることは間違いない。
話し合いが叶うほど、俺とアイツらの溝は浅くない。
グォッ!
そう思った刹那、やつら3人は一斉に襲いかかって来た。
しかし瞬間、俺の体は無意識のうちに身構え、反射的に戦闘態勢に入っていた。そして自身の反射に驚く間も無く、体はなお反射的に動く。
サッ
シャッ
迫り来る敵の攻撃を反射的にかわしていく体に、俺の意識はただ驚くしかなかった。
するとだんだん相手の動きに意識が慣れて来たのか、向かって来る拳が然程大したことのないように思えて来てしまった。そのうち反射ではなく意識の中でかわせるようになって来てしまい、あまつさえ反撃も出来そうなくらいだった。
そうなって来ると、優越感というか心理的余裕というか、自分が相手より強いってことが分かってしまう。
そしてついに俺は反撃に転じた。敵は自分達の攻撃をすらすらとかわされるものだから、体力を消耗し切っている。そんな絶好な機会を見逃す筈がない。
ドゴッ!
「ぐぇぉっ!」
(…入った)
まず1発、急所でろう腹の中にぶち込んだ。
するとどうしたことか、人間が出せる筈もない音が俺の拳から響き、見れば貫かんばかりに突き刺さっているのが分かる。そして喰らったやつはというと、
「……ァ……ェッ……」
白目をひん剥き、口を開き、そこから胃酸混じりの体液を垂らしながら立っている。だがそれも束の間、次に見た時はもう失神していた。
(呆気ない…けど、何故だ、この感覚…。俺は…俺は戦い方を、この感じを知っている…)
自分の腕を腹から引き抜くと、ソイツはゴトーンッとマネキンみたく地面にぶっ倒れた。しかし俺の意識はもう次のことに移っていた。
それは自分の持っている力、そして前にも感じたことのある感覚だった。自分は前にもこうして敵を殴り、潰し、倒れる姿を見たことがある、と。
ふと意識を戻せば、他のやつらは仲間の崩れる姿を見て呆気に取られている。俺のことなど見向きもしないで。
(戦闘中に止まるなど馬鹿なやつらだ)
そう思いながら俺はソイツらにも容赦無く拳を振るった。
ピリピリッ…
その時、腕を通じて頭の中に電流が流れるみたく、脳の神経が唸る。
瞬間、脳の中にある光景が浮かび、しかもそれが目の前に倒れる敵達の姿と重なる。
まさにそれは、喧嘩の後に倒れるやつらを見下ろす快楽に浸る自分の姿。
ヤンキーとして、鬼として、他者を潰している姿だった。
「……」
思い出した、俺は、俺は…前にもこうして戦っていたのだ。鬼と呼ばれ、ヤンキーとして、他者を潰していたのだ。
(おうおう、思い出したか。そうだぜ、貴様は前にもこうやって敵を打ちのめしてたんだ。いやぁ、あん時の貴様はカッコよかったぜぇ? 何者も寄せ付けない、鬼だってなっ)
すると感慨にふけっている俺に魔神は馴れ馴れしく話しかけて来た。話からして魔神はヤンキーとして名を馳せていた頃のことを知っているらしく、その時の俺をカッコいいと嬉しくない褒め言葉を連ねた。知ってるなら話してくれてもよかったのに、と思いながら俺は自分の手にふと目を落とす。
それは俺がかつて数多の人々を傷付けて来たものであり、ここに幾多の血がこびり付いていた。
だがまだ全ての記憶が戻ったわけじゃない。先程思い出したことだって自分がヤンキーとして名を馳せていて、多くの者達を殴り倒していたぐらい。自分が誰と関わりを持ち、どうして病院にいる理由もまだ分からない。
「俺は…まだ全部思い出したわけじゃない。自分が何者なのか、分かってないからな」
俺はそう言って自分を知る旅に出る決意を固めた。パズルのピースはまだまだ足りない。
(いいじゃん、目つきも変わったな)
「さっきの力は…やはりお前の…魔神のものなのか?」
(そりゃそうだ。貴様が産まれた時から、俺は力を貸してやってたのよ。貴様はいわば、俺に選ばれた人間なのさ。現にのびてるソイツらは大したことなかっただろ?)
「つまり…俺は、特別な人間…?」
俺がそう尋ねると、魔神はそうだと頷く。つまり先程の力は全部魔神が手助けしてくれてたものだったのだ。恐らく俺みたいなガキがヤンキーとして人を殴れていたのも、魔神の力が力を貸してくれていたからだったのか。
だがそれでも別に構わない。
魔神の言う通り毎日供物を捧げれば、その力は俺が使えるのだから。
(さぁて、これこらどうする? コイツらの息の根でも止めとくか? 誰かに見られたら面倒だろうし、さっさとトンズラしようぜ)
「いや、そんなことはしない…」
(お?)
「俺は…」
俺は…俺はこの力を使って、
「犯した罪の償いぐらいはやるさ」
自身の犯した罪を償うと決めた。
(おぉっ? どうしたどうした、突然。まさか正義の心に目覚めただとか、臭い台詞吐く気じゃないだろうな?)
「まさか、そんなこと言わねぇよ。ただ…何となくだ。何となくだよ」
(マジかよ)
たしかに正義の心に目覚めたなんてわけじゃない。でも、さっき見た光景が何処となく信じられなかったんだ、敵をひたすら殴打する姿が。これが自分自身だと思いたくなかった。
けどきっと事実なんだろう。記憶を失う前の俺は、想像よりずっと大きな罪を犯したんだ。
だからせめてもの償いに…なるのかも分からないが、この力を使って人に尽くしてみたいのだ。
でも、もしも本当の自分を取り戻した時、俺はどうなってしまうんだろう。そもそも自分の名前すらも、まだはっきりしてないのに…
(名前って…貴様、胸に付いてるプレート見りゃいいじゃねぇか、馬鹿かよ)
「えっ」
魔神に言われるがまま胸元を見るとそこには、プラスチック製のプレートが服にピン留めされていた。それを取り外すとそこには、
「『松田穏雅』…俺の名前なのか?」
(そうだよ、それが貴様の名前だ。何で気付かないんだ…)
『松田穏雅』という、俺の名前があった。
次回の投稿もお楽しみに
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