選ばれし少年の生き様
おまたせしました
昔々のその昔、とは言ったもののせいぜい100年ほど前のお話。かつて『鬼』と呼ばれた男がその悪名を轟かせていた。それはそれは極悪非道な男であり、名を耳にすれば力無き者はたちまち逃げ出すほどであったそうな。そして男はいつも人を無情に殴るものだから、拳はいつも紅く染まっていた。
では何故こんな男が産まれたのか、そしてその生き様は。
ある日の昼下がり、その命は産まれた。それはごく一般的な家庭であり、母親が赤子を産むのはこれで2度目だった。1人目である長男は弟の誕生を待ちわび、喜び、その瞬間に立ち会った時はわぁっと声も上げずに泣いてしまった。そうしてここに7歳離れた兄弟が誕生したのだった。
兄の名は、『八津飛』。意味は何事にも興味を示し、溢れ、無限大の可能性を持って羽ばたいて欲しいから。
そして弟の名は、『穏雅』。意味は穏やかかつ、雅で清らか者に育って欲しいから。
そんな両親の願いを込めて、ここに2人の兄弟が産まれたのだった。ごくありふれた家庭のごく普通な幸せ、家族が増える喜び。
だが天の悪戯はこの家族に最悪の不幸を降り注がせた。
最初の不幸、それは弟の穏雅が1歳、兄の八津飛が8歳の頃のことだった。八津飛は力強くも優しい子供に育ち、両親にとっても自慢の息子だった。その姿に無限の可能性を感じ、名のごとく青空へと存分に羽ばたいてくれると両親は信じていた。
幸福な時間は何も起きずに過ぎて行く。
そんな日々が続いたある日のこと。先日にサァサァと弱い雨が降ったことで、家族は家の中にいることを余儀なくされていた。その翌日、雲の切れ間から太陽が顔を出し、前日の雨で濡れた地面をジリジリと照らしている。そんな天気のいい日に3人の家族は買い物へと出かけていた。
「大丈夫なの、やっちゃん」
「へーきへーき、おーがの世話くらいみれるさ」
夕食の買い物を終えた家族は、未だに太陽の光が乾かし切れてない水たまりの残ったアスファルトの上を歩いていた。母親にやっちゃんと呼ばれる八津飛は穏雅が乗った乳母車を笑顔で引いている。両親は当然であり、そして彼にとっても待望の弟なのだ。精一杯可愛がってやりたくなる気持ちは抑えられない。
ここ最近八津飛は毎日のように穏雅に寄り添い、可愛がっていた。時に両親が彼自身に構ってくれず、孤独な時を過ごすことになろうとも、それにジッと我慢することも出来た。
だってそれで弟が笑顔になってくれるのだから。
しかし、運命とは残酷にも八津飛に牙を剥く。
「ママ、信号変わっちゃうよ」
「ちょっと間に合わないなぁ、やっちゃん」
「いや…走れば間に合うよっ」
「待って、やっちゃん」
そう言って八津飛はタッタッと乳母車を押して、今にも信号が変わりそうになる交差点へと駆けて行く。買い物の荷物を持っている母親は彼の足に追い付けないが、どうせ間に合わないと思ってゆっくり歩いた。そして母親の考えはちゃんと当たり、
パッ
「ああっ…」
八津飛が渡る前に信号は赤へと変わってしまう。親からも学校からも赤信号の時は渡っていけないと教わっている彼は、残念そうに道路付近に止まる。そして彼の母親は息子が止まっている隙に追い付こうと少しだけ歩行速度を上げた。
その時、
ギャアアアアアッ!!
「っ…?」
辺りを切り裂くかのごときやかましい音が響き渡ったと思えば、
「あっ…」
ドギャアンッ!!
瞬間、先程まで八津飛が立っていた場所に中型のトラックが突っ込んで来た。その勢いはいとも容易く彼の体を吹き飛ばし、そして若き命を奪ってしまった。
しかし、
カラララッ……
「……ウゥン?」
八津飛が反射的にとった行動なのか、穏雅が乗っていた乳母車はトラックの魔の手から逃げ延びていた。もちろん中に乗っていた赤子も無事であり、むにゃむにゃと眠そうに目を開けた。だが今の穏雅に状況を把握する力は無く、少し遠くで見ていた母親もまた現実を受け止め切れていなかった。
だがいくらその場に立ち尽くそうと、時が戻るわけでもなければ、失われた命が帰って来るわけでもない。八津飛はもう死んでしまったのだ、この世にはいないのだ。
これが家族に降りかかった最初の不幸だった。
そして次なる不幸は…
ガンッ!
「……お、穏雅…もうやめて……」
「あ?」
「ヒッ…」
「ふんっ、何も言えねえなら止めんじゃねぇよ、クソ野郎がっ」
荒れに荒れた穏雅だった。何故こんなことになってしまったのかというと、理由は至極単純なものだった。それは彼があまりにも強く、乱暴であったからだ。保育園の頃から何かにつけて暴力を振るっていたが、その時はまだ母親や先生が止めてくれた。
だが彼が7歳になると、その凶暴性が徐々に露わになり始める。毎日何かに因縁を付けては他者に暴力を振るい、動かなくなるまで殴り付けたという。当然誰かが止めに入れば、その人も彼の餌食になった。それは周りの大人も例外で無く、まるで怖い物など無いと言わんばかりに彼は誰にでも噛み付いた。
そんな穏雅に両親はというと、亡くなった八津飛との雲泥の差にのたうっていた。それだけで無く、
「やっちゃんは…お兄ちゃんはあんなに優しかったのに…どうしてお前は…」
「は? 死んだ兄貴のことなんか知らねぇよ。それとも何? 兄貴が優しかったら俺も優しくなるってのか?」
「あなたのせいよ……あなたのせいで、あの人は……」
「あー、あのクソ親父か。俺にビビって逃げたんだろ。知ってる」
息子の荒々しさに耐えられなくなったのか、父親がある日を境に消えてしまったのだ。書き残した手紙には、穏雅を頼むとしか書かれておらず、その責任の無さに母親はしばらくその場に崩れ落ちてしまった。
だが自分を止める者が1人いなくなったことで、いよいよ穏雅の凶暴性は歯止めが効かなくなった。学校の先生はおろか、母親の言うことも聞かなくなり、特に理由もなく家具をぶち壊したり、夜どこかに出て行ったまましばらく帰らなかったりするのだ。
唯一マシなところがあるとすれば、母親や出て行った父親には暴力を振るわなかったことだろうか。それでも最悪であることに変わりはないが。
そんな日々が続いたある日、ついに母親の積もり積もった何かが爆発した。
「お前なんかっ!! お前なんかっ私の息子じゃないっ!!」
きっかけはせいぜい穏雅の顔を見たくらい。しかし母親にとってその顔はもう愛すべき息子の顔ではなく、家族を崩壊させた厄災としか映っていなかった。
「何もかもお前のせいだっ!! 八津飛もっ!! あの人もっ!! 何もかもお前がやったんだ!!」
ヒステリーを起こした母親は壊れた家具の破片を拾っては息子に投げつけながら叫んだ。抑え切れない感情をただ目の前の憎き存在にぶつけ、体力が尽きようと決してやめようとはしなかった。
そんな母親に穏雅はハァッとため息をつくと、くだらねぇと呟きながら場を後にした。
「出て行けェッ!! 二度と顔を見せるなっ!!」
「はいはい…」
すると玄関の方でガチッと扉が開く音がしたかと思えば、すぐさまバタンと閉じてしまった。しばらくフゥフゥと息を荒らげていた母親だったが、やがて時間が煮えくりかえった腹と頭を冷やし、冷静さを取り戻させた。
そうなると、次第に誰の気配もしないことに気づく。母親は恐る恐る家の玄関へと向かうが、そこにはもう誰もいなかった。
そしてその時を境に、もう二度と彼女が息子と会うことはおろか、顔を見ることは無かった。
「家を追い出されちゃったなぁ。まっ、いっか。さぁて、何処で寝よっかなぁ」
だが穏雅は家を追い出されたことなど気にも止めず、ウロウロと周辺を彷徨いながら今晩の寝ぐらを探していた。金も無ければ、行く宛もない彼はひとまず腹だけは満たそうと、かつて兄が死んだ交差点の先にあるスーパーを目指した。
そこに到着すると、何やらヤンキーの集団が入口付近に群れている。
パキッ…
それを視界に捉えた穏雅はパキパキと指を鳴らしながら近づくのだった。まるで来いよ、と挑発するかのように。
そこから穏雅の物語は始まるのだった。
その時、彼はもうすでに12歳になっていた。
次回の投稿もお楽しみに
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