罪滅ぼしのために
おまたせしました
バッテリー切れのロボをロボん家で充電させた後に、清を連れて我が家に帰って来た俺と美奈。寝室からは小さな娘の寝息が聞こえて来る。何故かロボの家にいた娘は俺の腕の中に抱かれるや、安心するかのように目を閉じて寝てしまったのだ。
そうやって娘を寝かしつけると、彼女は何故か般若顔で俺にカツ丼一人前を作らせた。腹でも空いたのかと思いつつ冷蔵庫に入れていたトンカツを白米が盛られた丼に乗せ、彼女の前に出す。
すると美奈は俺が差し出したカツ丼をグイッと俺の前に戻す。何すんのって尋ねようとした瞬間、彼女はジトッとした目つきで詰め寄った。
「…で? 何か言うことがあるでしょう?」
「いやほんと…冗談抜きに何も覚えて…」
「言い訳が聞きたいんじゃねぇんだよ、こっちは」
バンッ!!
「机を叩くな…」
美奈はバンッと力強く机を叩き、つばき混じりの怒号を俺に浴びせる。さらにその長い体を椅子や机の脚に巻き付けてはミシミシと音を立てて軋ませる。このままでは我が家の家具は皆破壊し尽くされてしまうだろう。しかし彼女の怒りの原因が分からない以上、謝りようが無い。何せ本当に何も覚えていないのだから。だがそれを言ったところで彼女は聞き入れようとしない、いわば八方塞がり状態だ。
とはいえ彼女の破壊活動を黙って見ているわけにもいかない。
「美奈っ、ごめんな。何も覚えてないけれど、その怒り方からして俺はきっと酷い事をしたんだよね。それに…悪いけれどマジに何も覚えてないんだ。その2つは本当に謝るよ、ごめん」
俺は机にゴンッと額を擦り付けるようにして謝った。今の俺に出来ることはそれぐらいしか思いつかなかったから。これでダメならもう手の内ようが無い。美奈の怒りが収まり、許してくれるの時まで罪を償うしか道はないだろう。そんな俺が彼女の返答を待っていると、
「……ふん、とりあえずカツ丼食いなさい」
と言って俺にカツ丼を喰うよう言った。
「あっ、はい。いただきます」
言われるがまま俺は箸を片手にカツ丼をガツガツと喰べ始める。その隙間から美奈の顔色を伺うと、少しずつではあるが怒りの色が消えていくのが見えた。俺の精が伝わったのか、その顔には落ち着きも伺える。しかしここで調子に乗ってこちらから色々尋ねるのは野暮だろう。ここは美奈が俺に何か言うのを待つのがベストだ。
そう思いながら俺はカツ丼を喰べていると、
「ほんとのほんとに…何も覚えてないの?」
と、何処か不安げな顔で美奈はそう尋ねて来る。それに俺はコクッと首を縦に振る。すると彼女ははぁっと大きくため息をついてから、呆れるようにして言葉を続けた。
「穏雅…あなた、私に拳を振るったのよ? 実際に殴られたわけじゃないけど、でもその気になればいつでもやれるって直感的に分かった」
「…えっ」
「それに何か地獄を支配しようとするわ、私を絞め殺そうとするわ、ほんっと怖かったんだから…まるで、穏雅じゃなかったみたいに…。ここまでやっといて覚えてないとか……ふざけてるけど、穏雅にそこまで言われたら…」
「……」
俺は絶句し、持っていた箸を思わず落としそうになる。守ると決めたこの腕がその愛する女に向けてしまったと思うと、恐怖で体に力が入らない。記憶がないとか、そんなんで許される筈がない大罪を犯していたのかと、俺は手で髪を握りながらその恐怖に体を震わせた。そして今一度美奈が言う以上に酷い事をしていたことを、
ガンッ!!
「ごめんっ!! そんな酷い事してたなんて…っ!!」
額を勢いよく机にぶつけて謝った。これで許されるなんて思ってないけど、こうでもしなきゃ俺の気がすまない。俺は机に手と額をさっき以上に擦り付けながら謝り続けた。
そんな俺に美奈はふぅっと強く鼻息を吐くと、
「冷めるよ、カツ丼。さっさと食いな」
と言って喰いかけのカツ丼を差し出した。
「ごめん、ほんっとにごめん」
俺はそのカツ丼をもっもっと力無く口の中に運んでいく。食欲が無いせいか腹にはまだ全然入るのに、箸は全く進まない。罪悪感が胸を締め付けて来るから変に息苦しい。するとだんだん喰べるペースは落ちて来て、丼の中身が4分の1くらいになる頃には、じっくり味わうわけでもないのに、のっそのっそと箸を動かしていた。
そして30分もかけて俺はやっとカツ丼を平らげた。カツに加えて罪の重さも腹の中に溜めたもんだから、その日の夕食が無かろうと全く腹は空かなかった。
しかし時間というものは不思議なもので、一晩寝ればその罪悪感による脱力感はかなり軽減されてしまった。もちろん全ての罪悪感が消化出来たわけではないが、トイレに5分ほどこもれば少なくとも昨日の分は出せた気がする。
そしていつも通りトレーニングを終え、朝食を作り、美奈を起こす。
「くぁあ……あっ、穏雅…おはよ。顔色、だいぶよくなったね」
「…そう?」
「うん、昨日の顔ヤバかったもん。死人より死んでたよ」
「ふっ、そりゃたしかにヤバイな」
すると美奈は欠伸しながらジョークをかまして来た。それに思わず吹き出してしまう、そんな自分の精神的な回復力に驚きながら俺は自分の作った朝食を口に運ぶ。昨日は喉を通らなかったのに、今となればスルスルと通っていく。こんな化物みたいな回復力を持ったのもきっと今まで手に入れて来た力の副産物なのだろう。
そう思いながら俺は朝食を済ませ、仕事にいく準備をする。記憶がない間でも俺はちゃんと仕事をしていたのだろうか、もしずっとサボっていたとしたら、とそう考えるとちょっと不安になる。それを取っ払うためにも、そして美奈と清の生活を守るためにも、俺は死神仕事を今まで以上に頑張らなくちゃならない。
「んじゃ行ってくる」
「美味しい夕飯、楽しみにしてるからね」
「はいはい…ん?」
準備を整え、いざ家を出ようとしたその時、何か郵便受けの中に手紙が入っているのが見えた。そういえば罪滅ぼしについてずうっと考えていたからトレーニング後に確認するのを忘れていた。俺はその手紙を取り出して宛名を確認すると、とんでもない者から手紙が届いていた。
「…まじかよ」
「えっ、誰から来たの? その手紙」
「…ごめん、ちょっと行って来る。夕飯までにはきっと帰るから」
俺はその手紙をポケットの中に入れるや、すぐさまそこに向かって走り出した。
「えっ!? ちょっと! 何なのよーっ!」
すると背後から美奈の声が聞こえて来る。
「すっごい偉いとこから来たーっ! 今はそれしか言えないーっ!」
俺は走りながら美奈にそう返し、そのまま目的の場所へと向かった。
そのポケットの中にある手紙には、
「差出人、『大天使』。仲介人、『閻魔大王』」
と書かれていたのだ。
俺が向かった先は死者の行く先を決める場所、いわば閻魔大王のいるところだ。手紙の内容は、「今日この手紙を見たらすぐにでも閻魔大王のところへ向かえ」とのことだ。それが何を意味するかは分からないが、差出人に『大天使』、仲介人に『閻魔大王』とある以上、立場が上の者からのお呼び出しにはすぐさま行かなくてはならない。
ましてや美奈から、自分は地獄の世界をこの手に握ろうとしたのだと言われた後となると尚更だ。きっとその処罰を言い渡されるに違いないと覚悟しつつ、俺は閻魔大王の元へと向かう。
そこは数多の生物の魂が集う場所であり、多くの魂があれやこれやと生前のことを他者と話し合っていた。こんな魂を自分ら死神が狩り取っているのだなぁと感慨深く思いつつ、俺は閻魔大王がいる建物へと向かう。途中何度か見張りの者に、列に戻れと怒られたが、その度に手紙を見せて自分は用ありで来たのだと言った。
そしてついに俺は閻魔大王と約100年ぶりの再会を果たした。
「来たか、松田 穏雅」
「俺を呼び出したのはやはり地獄の件ですか」
閻魔大王は俺を見るや野太い声で名を呼んだ。その堂々とした貫禄は大王とつくに何の疑問も抱かせない。
俺は呼び出されたのはきっと地獄の件だろうと言うと、閻魔大王は静かに頷いた。やはりそうかと思いながら俺は、せめて家族だけには寄り添ってあげたいと言おうとすると、それを遮るようにして閻魔大王は続けた。
「君の行いに関して、地獄側はまた処刑執行人として働かせたいという申し出があったのだがな。同時に罪を償う機会を与えたいと死神側と天界側から要請が来たのだ。最後にどちらを選ぶかは君次第だが、個人的な意見を持ち込ませてもらうと、出来れば死神側と天界側の言い分を聞き入れてもらいたい」
「…? どういうことですか」
「今回の君が引き起こした異変に関して、それを止めたのは佐藤 央力なんだ。彼は今まで以上の力を天界で身につけ、そして君を止めた。一部の者達はそんな彼の刑期を終わらせろと言っているが…それは今はどうでもいい。個人的には君にも彼と同等の実力を天界で身につけて来て欲しいのだ。力の均衡を保つためにな」
閻魔大王はその後、決断はいつでも構わないがなるべく早い方が良いとだけ言った。もちろん俺もここで今すぐ決断をするわけにもいかなかった。
俺は一度その場を後にすると、いつも通りの死神仕事に向かった。張り合いのない死霊を屠る仕事、地獄でも力無い罪人を捌くのみ。
けれど、もし天界に行けば…
そう考えた時にはもう俺の意思は決まっていた。
次回の投稿もお楽しみに




