第二十二話:光姫の救出
アルフレッド=アーシアが異変に気づいたのは、内乱が起こって大分時間が経ってからだった。
城の方が明るく喧騒に満ちているのは、夜通しの宴が続いているのだろうと思っていた。
しかし、何か雰囲気の声が離宮の周りでも聞こえる声に次第に違和感を覚え始める。
この宮を護衛している門兵に聞いても、答えを返してくれるとは思えない。
しかし状況はきちんと把握しなけれはけれどどのようなことが起きているのか知りたくて、彼女は神経を張り巡らせる。
闇が支配する夜のためあまり効果は高くないが、光があるばしょであればある程度、彼女はその能力を使い外を覗くことができた。
「なに………これ?」
見えたのは逃げて切り伏せられる人……降伏して捕まる人……その身を汚される人……この奥宮にも彼らは向かって来ようとしている。
「いったい、何が」
今日はソルディスの誕生前夜の宴で、城は祝賀のムードに包まれているのではなかったのか。
しかし、能力により映し出される光景は到底華やかなパーティーとは程遠いものであった。
先ほど見た兵士が奥宮についたようだ。
塀の向こうから剣戟が聞こえる。やがて断末魔とともに人の倒れる音、閉ざされていた外壁のドアが開き、荒々しく息を乱した男達が乱入する。
「ほう、これはこれは」
集団の中で一番身なりのいい男が、隠されていた獲物を見て舌なめずりをした。
細い腰、豊かな胸、少し幼すら感じる顔立ち、そしてそれらを彩る暗闇の中でも光り輝く髪………王位継承者に類似する彼女の姿は、血で興奮した男達にはご褒美にしか見えていない。
「バルガスの愛人だな?」
どうやら自分の事を然程知らない人物だとわかり、アーシアは少し後じさった。
その姿を『怯えている』と彼等は勘違いした更に追い詰めようと踏み出す。
「光よ、炎よ、意思をもって狼藉者を貫け、光炎の矢」
詠唱とともに、彼女の手からまぶしい光を放つ炎の矢が現れた。
それらは狙い澄ましたように、近づこうとしていた男たちに襲い掛かり、容赦なくその身を焼く。
「貴様っ!魔術師かっ!!」
仲間を焼き殺された男は憤り、血塗れた剣を構え直した。
ただの王の愛人ならば適当に陵辱し自ら囲ってやろうと思ったが、人を焼き殺せるほどの魔法を一瞬にして出せるほどの魔術師ではそうはいかない。取りあえずは詠唱を行う声と魔方陣を結ぶ手をどうにかしなければならない。
「咽喉を焼き、指を落として、魔法を仕えなくしてやる」
目の前の女はそうして手に入れても惜しくはないほどの美貌だ。剣の腕に覚えのある男は間合いをもって彼女と対峙する。
理力魔法は詠唱なくしては発動しない。ならばその詠唱が始まる瞬間を狙えばどうにでもなるのだ。
「光の精霊・グローリア」
しかし彼女は悠然と微笑むと、詠唱ではなく、高らかに精霊の名前を呼んだ。
現れたのは光を纏う上級の精霊。それは彼女が単なる魔術師ではなくそれよりも上級な精霊魔術師であることを示していた。
「炎の精霊も、呼びましょうか?」
艶やかな笑顔から発せられた言葉に、男はかっとなり剣を振り上げた。
「そこまでです!」
男が踏み出す直前に、鋭い声が止めに入った。
声をかけたこげ茶色の髪と同色の瞳を持つ上品な感じの女騎士は、素早い動きで剣を抜くと男の咽喉下にその切っ先を突きつけた。
「どういうつもりだ、ルーヴェント卿」
怒りに目を滾らせている男に、彼女は冷たい視線で答える。
「どういうつもりは、こちらの言葉です。ラングライド卿。この方がディナラーデ卿の妹と知っての狼藉ですか?」
ルーヴェントの問いかけに、ラングライドはさっと顔色を変える。
そして自分が手に入れようとした女性を再度見た。
顔立ちはあまりディナラーデ卿と似ていない。どちらかというと彼の従姉妹であるルアンリルに似ている。髪の色、瞳の色は彼等の父親であるアルガスと同じだ。
ウィルフレッドが父親似の顔で母親から色を受け継いでいるのを考えると丁度入れ替えっこという感じだろうか。
その女性はルーヴェントの言葉に不思議そうに問いかける。
「兄を、知っているのですか?」
では今起きている騒動に兄がかかわっているのだろうか。アーシアは襲い来る不安に顔を歪ませた。
ルーヴェントは剣を鞘に収め、そんな彼女の前に跪いた。
「挨拶が遅れ、申し訳ありません。私はディナラーデ卿の配下、ルーヴェント卿の一子アントワーヌと申します。かの君の命によりお迎えに上がりました」
「私は同じくディナラーデ卿に組するものでラングライド卿カドゥーンです」
先ほどの態度とは打って変わり、跪き丁寧に挨拶をしたラングライドに呆れながらも、兄の使いを名乗る二人にアーシアは腰を曲げて挨拶をする。
「ディナラーデ卿ウィルフレッドの妹でアルフレッド=アーシアです。いったい外では何が起きているのですか?
それに、この宮は王しか入れないはずなのにあなたはどうしてここに?」
アーシアの問いに、アントワーヌは落ち着けるようににっこり笑う。
「ディナラーデ卿が反乱を起こしました。アーシア姫………あなたは、もう自由の身なのです」
その言葉にアーシアは眉を顰めた。
何を、今更、そんなことを起こしたのだろうか。
自分が無理矢理ここに連れてこられてすでに6年の月日が流れている。
その間、恋人と引き離された苦しみと実の叔父に襲われそうになる恐怖を相手にずっと一人で戦ってきた。
常に女性体でいるのは、あの男が来たときにすぐに女である『アーシア』から男である『アルフレッド』に変われるようにするため。
自分で戦うしか、自分の身を守るしかなかった。
誰も自分を助けてはくれないと諦めていた。
その生活の中に現れた光明は憎悪の対象でしかない男の息子だった。
優しい王子は、自分を開放してくれると約束してくれた。
それと並行するように、自分の恋人が自分がここにいることを見つけてくれた。王の目を盗んでの2人との度重なる逢瀬はこの6年の中で唯一の安らぎの記憶であった。
優しい思い出の中で、彼女の頭の中に不吉な言葉がよぎった。
「王子……たちは?」
自分が王として認めた王子……彼は無事なのだろうか。
明日、やっと王冠をその身に抱くことになる予定だったのに。
「ソルディスたちは未だ見つかっておりません。ですが目立つ容姿ですからね。すぐ見つかるでしょう」
いきまいて答えたのはカドゥーンだった。
アーシアの心情など読みもせず、王子たちの捕捉や処刑を望んでいると思っている彼は「なんでしたら俺がその首をとってきますよ」と宣言している。
「兄に、会います。今、あの人は、どこにいます?」
王子を殺すなど以ての外だ。
アーシアは未だ媚び諂っているカドゥーンを無視し、アントワーヌに問い掛けた。
彼女は恭しく礼をすると優雅に立ち上がり、少女の手を引いて王の間へと向かったのだった。




