5話
「別に、ただの汚いホームですねえ。ひと月は掃除が入っていない倉庫のような汚さですよ」
スニーカーでコンクリート床を歩けばうっすらと足跡が付くような汚さ。薄くほこりが積もっている。
片側ホームの中央にベンチと無機質な壁掛け時計。
広告の入っていない真っ白い掲示板と山積みの段ボール。
切れかけた照明。蛍光灯は3本に1本の割合で光っているため薄暗い。
「この段ボールも汚いわね。なんか湿ってるし、なんだか土に還りかけみたいな」
指先だけで摘み、慎重に段ボールをひっくり返すアカネさん。
「なにか文字らしきものが書かれてはいるけど、読めないわね。……なんとかなんとかムニョ?」
「段ボールに書く文字で『ムニョ』なんてありえないでしょう」
「嘘だと思うならこっちに来て見て見なさい」
ちょうど拾い上げていた缶(中身無しの空き缶)をベンチに置き、段ボールへと目を向ける。
「……ムリョ?」
ほらね?と勝ち誇ったように笑うアカネさん。いや、なぜ誇らしげなんだ?
「それでですけど、これからどうしましょう。出口に向かうか電車に乗るかですけど」
そうね…とアカネさんはあごに人差し指を当てて考えるような仕草をする。
「こんなに汚いホーム、床に足跡もないし、出口も封鎖されていると考えるのが普通じゃないかしら?」
「でも電気はついてますよ?ならまだ管理されているんじゃ」
「どこかの電気配線とつながっていて、ここのホームだけの電気を切れないとか?」
「でも、電車は止まるみたいですけど?」
むむむと腕を組むアカネさん、そんな風に腕を組むと胸が……って。
「いやいや、そもそもなんですが、ちっとも電車来ないですけど。……これ、絶対に次が来るとは限らないですよね?」
今の時間がわからない。そこまで遅い時間ではないはずだが、こういう事態だ。僕たちが乗っていた電車が最終電車である可能性もあり得る。
そして、出口が使えず、電車も来ないとするならば、いや。ど、どうすれば!?
「やっぱり出口に向かいましょうよ。封鎖されていたとしても封鎖がボロボロになっていて簡単に蹴破れるかもしれませんよ」
「そうだけどさ、でも」
アカネさんはやはり気が進まないようで煮え切らないようだ。
チラチラと(やはり目は見えないが)出口とホームとを目線を行ったり来たり。右腕の時計を気にしているような素振り。
「こうなっては考えるよりも行動ですよ。……行きます」
僕は出口へと足を踏み出す。
アカネさんは何も言わない。消極的な賛成と言うことだろう。
僕は出口前の階段の一番下まで歩くと立ち止まり、上を見た。
ボロボロで、ドアの隙間から外の光でも見えればという淡い期待ははずれ、ずっと闇が広がっている。階段は想像以上に上へと続いている。蛍光灯はすべて切れている。
「では……」
僕は目線を下へ向け、その誇りの詰まった階段に一歩踏み――――――
「たくみくん!」
アカネさんに揺さぶられて一気に目が覚めた。
僕は……僕はベンチに座っていた。
至近距離にアカネさんの顔と、前髪から覗く目が心配そうに僕を見ている。
「だだ……その大丈夫?です」
どうして座っているのか、どうして意識が無かったのか、さっぱりわからない。
ふと頭に手をやるとじんじんと痛む。
「その……君が階段の方へ足を踏み出したら、ごみを踏んで転んじゃったのよ。そこからベンチまで運ぶのは大変だったわ」
アカネさんはなぜか早口にまくしたてた。
「ほらこれ、この缶が転がっててね」
「そう……なんですか?でもどうして缶が……」
律儀?にも奥が踏んで転んだという缶を差し出されたので反射的に受け取ってしまった。
何の変哲もないアルミ缶……炭酸ジュースの赤い缶だ。一通り見た後に僕は両手で上下からぐしゃりと潰した。




