2話
「じゃあさ、落ち着くついでにもう一度車内を調べてみない?次の駅まで時間もありそうだし」
「次の駅……の時間がわかるんですか?」
聞くとアカネさんはこともなげに言った。
「だいたい10分間隔で駅に到着するみたいなの」
右手首の内側をひらりとこちらに向ける。そこにはきらりと輝く腕時計があった。
「時計見てたんですね。僕はてっきり爪でも見てるのかと」
「もちろん見てたけれど……別に数秒を測るわけじゃないんだし。駅が来た時にだけ見れば足りるでしょう?」
アカネさんはチラと意味ありげにこちらを見た……ような気がしたが、前髪に阻まれて見えなかった。だが視線は感じる。
「……じゃあもういっかい見てみます」
僕は立ち上がり周囲を見渡した。
窓の向こうはひたすらに真っ黒。地下とはいえ、どこかに照明か、柱か、行き先表示など、なにかしら見えても良いものだが全くの漆黒だ。なにもない空間をただ地下鉄だけが走っているような錯覚さえ覚える。
ときおり揺れる車両と線路の揺れを感じるから地面と線路はあるようだ。
騒音はほどほど。地下鉄特有のほこりっぽい雰囲気があるが、それは本当にそう感じるのか、地下という思い込みでそう感じているだけなのかわからない。
「とは言っても、普通の地下鉄ですね。向かいあう形の長い緑色のクッションの椅子です。ドアは4つ」
「たまに1両にドア3つの車両あるわね。地上の鉄道だけど」
まぎらわしくて面倒よね……とアカネさんはつぶやく。
「壁は……まあ白っぽいけど、薄汚れてます。経年劣化というか、日焼けですね」
「漂白剤でも使えば奇麗になるでしょうけど、そこまでの必要性は感じないのでしょうね」
「そういえば車内の広告が無いのっていつからでしたっけ?乗った時には見た記憶があるんですけど」
「駆け込み乗車の注意だけあるの、変よね。……猫好きとか?」
僕は駆け込み乗車のポスターを見た。ドアのガラスに貼ってあるタイプ。デフォルメされた三毛猫らしきものがドアに挟まっている。
「猫……じゃなくて動物なのが重要とか?」
「わからないけれど、ほかの広告はすべて消えてるわね。中づり広告なんかも」
僕は長椅子に目を向けた。
「普通の長椅子ですよね…クッションも普通。しいて言えばちょっと黒っぽくなってます」
「壁と同じね。通常の使用による汚れ。ついでに言うと、長椅子下のヒーターはオフ」
「特に変わったことは無いですね。問題は僕たちがどこに向かっているか不明なところ。到着する駅が不気味なことです」
「ほかにもあるわよ。ホラ、耳を澄ませて」
アカネさんは右耳に手をやり音を拾おうと手のひらをお椀の形にした。
「聞こえない?スピーカー。何か言ってるけどうまく聞き取れない。これが聞こえたらそろそろ駅よ」
「……まったくわかりませんでした。そうなんですね。ということは前の駅から10分ですか?」
アカネさんは右腕の時計をのぞき込みながら答えた。
「ん~~。実際は10分じゃあなかったみたいね、8分ちょっと。それよりもたくみくん」
アカネさんは僕の方へ振り返った。赤っぽい目が前髪の隙間からチラリと見えた。
「次の駅、降りて見ない?車内にいるのも疲れたし」
アカネさんはいたずらっぽく笑った。




