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夢の中で生きていた僕は、ある日目を覚まさなくなった  作者: 月白
最終章

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第三十八話(最終話)

家を飛び出した瞬間、私は走り出した。


どこへ向かえばいいのかなんて、聞かなくても分かっていた。


あの大樹。


お父さんが話していた、ミナトが眠っている場所。


「セレナ!」


後ろからカイルの声が聞こえる。


それでも足を止めなかった。


「待てって!」


聞こえている。


でも、今は振り返ることができなかった。


涙で視界が滲む。


何度拭っても、次から次へと溢れてくる。


「嘘つき......」


走りながら、小さく呟く。


『必ず戻ってくる』


確かにそう言った。


私の目を見て。

約束してくれた。


だから信じていた。

ミナトなら絶対に帰ってくるって。


それなのに。


「なんで......」


息が苦しい。


それでも私は走り続けた。


――――――――――


ルミナ山を登っていく。


大樹へ近付くにつれて、胸の鼓動が速くなっていく。


「ミナト......」


そして、大樹の前まで辿り着いた瞬間。

私は息を呑んだ。


幹の中。


淡い光に包まれながら、一人の青年が眠っている。


「......ミナト」


間違えるはずがなかった。


そこにいるのに。


すぐ目の前にいるのに。


手を伸ばしても、触れることができない。


私は震える手で幹へ触れた。


「ミナト......?」


返事はない。


「ねぇ」


もう一度呼ぶ。


「ミナト」


それでも、瞼が開くことはなかった。


「......なんで」


声が震える。


「なんで寝てるのよ」


「帰ってくるって言ったじゃない」


胸の奥から、抑えていたものが一気に溢れだした。


「約束したじゃない!」


拳で幹を叩く。


「絶対戻ってくるって言ったじゃない!なのに......」


「こんなの......帰ってきたって言わないよ......」


力が抜ける。


そのまま幹へ額をつけた。


「嘘つき......」


涙が止まらなかった。


「ミナトの......嘘つき......」


その時。

後ろから足音が聞こえた。


「セレナ......」


カイルだった。


少し遅れて、ノクティアもやってくる。


二人とも、大樹の中に眠るミナトを見た瞬間、言葉を失っていた。


「......本当に、いたんだな」


カイルが小さく呟く。


私は何も答えなかった。

答えられなかった。


カイルが私の隣まで来る。


「ミナト......」


拳を強く握り締める。


「馬鹿野郎......」


その声は震えていた。


「ミナトは、分かっていたんだろう」


ノクティアも静かに大樹へ近付く。


「こうなることを......」


しばらく、誰も言葉を発することができなかった。

聞こえるのは、風に揺れる木々の音だけ。


私は涙を拭う。


「......ねぇ、ミナト」


返事はない。


「私、待ってるから」


幹へそっと手を添える。


「どれだけ時間がかかっても。絶対に待ってる」


そして、大樹の中で眠るミナトを真っ直ぐ見つめた。


「だから......今度こそ、約束守ってよ」


風が吹く。


大樹の葉が一斉に揺れた。


まるで何かに応えるように、白い花びらが空へ舞い上がっていく。


私はそれを見上げる。


そして、もう一度。

眠るミナトへ視線を戻した。


「帰ってきて。ミナト」


その声に答えることなく、ミナトは大樹の中で、静かに眠り続けていた。


――――――――――


ーーミナトさん。


どこか遠くから、声が聞こえる。


ーーミナトさん。


「.......ん」


ゆっくりと目を開ける。


眩しい光の中に、一人の女性が立っていた。


「......アルカイア?」


「お待たせして、ごめんなさい」


アルカイアは優しく微笑みながら、俺の元へ近付いてくる。


「どうして......ここに?」


「あなたを迎えに来ました」


「俺を......?」


アルカイアは静かに頷く。


「ミナトさんがここで眠り、歪みを抑えてくれている間に、

私は失っていた力を取り戻すことができました」


「力を......?」


アルカイアは静かに頷いた。


「以前、お話しましたよね。私は自然から生まれたエルフだと」


「ああ......」


覚えている。

アルカイアは、アルケアの力によって自然から生み出された存在。


アルカイアは自分の手のひらへ視線を落とす。


「私はずっと、アルケア様に生み出されたのだと思っていました」


そこで一度、言葉を止める。


「ですが......」


「アルケア様......いえ、アルス様と言うべきでしょうか」


「......!」


俺はその言葉の意味をすぐに理解した。


一万年前。


アルケアの身体の中にいたのは、アルスだった。


つまりーー。


「私を生み出したのは、アルケア様の身体を使っていたアルス様だった」


アルカイアは静かに続ける。


「だから私の中には、アルス様の力が残されていたんです」


「それが......戻ったんですか?」


「ええ、封印を解いたことで」


アルカイアは微笑んだ。


「完全に取り戻すまで、少し時間がかかってしまいましたけど」


そして、俺の前まで来ると、そっと手を差し出した。


「もう大丈夫です」


「えっ?」


「ミナトさん」


アルカイアは俺の手を握った。


「ありがとう」


握られた手から、温かな光が広がっていく。


「だからーー」


もう、あなたは自由になってください」


「待ってください。それって......」


次の瞬間。


俺の身体が眩い光に包まれた。


「......っ!」


身体の奥から、何かが抜けていく。


今まで俺の中にあった力が、アルカイアへ流れ込んでいく。


「アルカイアさん......何を......」


「あなたの中にある力を、私が受け継ぎます」


アルカイアの身体もまた、強い光を放ち始める。


「私自身の力だけでは、あなたの代わりになるには足りません」


「ですが、アルス様から受け継いだ私の力と、あなたが持つ力があればーー」


アルカイアは俺を見つめ、優しく微笑んだ。


「これからは、私がこの世界を守っていけます」


「でも、それじゃアルカイアさんが......!」


「大丈夫です」


アルカイアは俺の手を強く握る。


「私は自然から生まれた存在です。この世界と共に在ることが、私の生き方ですから」


光がさらに強くなる。


身体から力が抜けていく。


けれど、不思議と苦しくはなかった。


むしろ。


ずっと背負っていたものが、少しずつ軽くなっていくようだった。


「ミナトさん」


アルカイアの姿が、光の向こうへ遠ざかっていく。


「あなたの役目は、もう終わりました」


「これからは――。あなたの人生を生きてください」


「アルカイアさん!」


俺は必死に手を伸ばした。


だが、その手が届くより先に。

視界は真っ白な光に包まれた。


――――――――――


「......っ!」


目を開ける。


眩しい青空が視界いっぱいに広がっていた。


「ここは......」


ゆっくりと身体を起こす。


自分の手を見る。


動く。


足も。


身体も。


全部、自分の意思で動かすことができる。


俺は慌てて後ろを振り返った。


そこには、巨大な大樹が立っていた。


「俺.......」


大樹の外に出ている。


「アルカイアさん!」


辺りを見回す。

だが、どこにも姿はない。


見えるのは、大きな樹だけ。


その時。


――――あなたは、あなたの人生を生きてください。


大樹からアルカイアの声が聞こえた。


――――私はこれで、やっと本当に眠ることができます。


「待ってください!」


俺は大樹へ手を伸ばす。


「まだ......ちゃんとお礼も言えてない!」


だが。


返事はなかった。


「アルカイアさん!」


幹へ触れる。


何も感じない。


何度呼んでも、もう声が返ってくることはなかった。


「そんな......」


胸が締め付けられる。

悲しい。

それなのに。

同時に、どこか安堵している自分もいた。


ずっと身体の奥にあった力は、もう感じない。


俺はただの人間に戻った。


終わったんだ。


本当に。


全部。


その時だった。


「......ミナト?」


聞き覚えのある声がした。


振り返る。


少し離れた場所に、一人の女性が立っていた。


その腕には、何本もの花が抱えられている。


「......姉さん」


俺がそう呼んだ瞬間。


セレナの手から花が零れ落ちた。


「ミナト......?」


目を大きく見開いたまま、動かない。


信じられないものを見るように、俺を見つめている。


「姉さん」


もう一度呼ぶ。


その瞬間。


「ミナト!」


セレナは走り出した。


そのまま勢いよく俺へ飛び付いてくる。


「うわっ!」


咄嗟にその身体を受け止める。


「......遅いじゃない」


震える声が胸元から聞こえる。


「どれだけ......どれだけ待ったと思ってるのよ......」


「......ごめん」


「馬鹿......」


背中へ回された腕に力がこもる。


「本当に......馬鹿」


「うん......ごめん」


しばらくして、セレナが顔を上げた。


涙でぐしゃぐしゃになった顔で、それでも笑っていた。


「よかった......」


「本当に......よかった」


そして。


「おかえりなさい......ミナト」


俺は小さく笑った。


「ただいま」


――――――――――


後から聞いた話では、俺はあの大樹の中で一年もの間、

眠り続けていたらしい。


「一年......」


最初に聞いた時は、さすがに言葉を失った。


セレナはあの日から何度も大樹へ足を運び、俺が目を覚ますのを待っていてくれたらしい。


あの日も、花を供えに来たところだった。


家へ帰ると、父さんと母さんにも泣きながら抱き締められた。


父さんは少しずつこの世界での記憶を取り戻しているようで、

今ではすっかりこちらでの暮らしにも馴染んでいる。


カイルやノクティア。


そして皆とも再会した。


たくさん怒られた。


たくさん泣かれた。


それでも。


俺は帰ってくることができた。


約束を守るには、随分と時間がかかってしまったけれど。


――――――――――


それから、数年が経った。


あの日以来。


俺は一度も向こうの世界の夢を見ていない。


いや。


正確にはーー


向こうで、目を覚まさなくなった。


もう二つの世界を行き来することはない。


歪みも消えた。


誰かが犠牲になる必要もない。


ようやく。


二つの世界は、それぞれの時間を歩き始めたのだ。


俺も今は、穏やかな毎日を過ごしている。


時々、向こうのことを思い出す。


翔。


そしてーー


湊。


「元気にしてるかな......」


きっと、元気に生きている。


そう信じている。


俺は一輪のルミナ草を手に、今日もルミナ山を登っていた。


やがて、あの大樹が見えてくる。


アルカイアが眠る場所。


あの日から何年経っても、大樹は変わらずそこに立っている。


俺はその根元へ、そっとルミナ草を置いた。


「アルカイアさん......ありがとう」


風が吹く。


木々が優しく揺れる。


俺は空を見上げた。


いつか。


ずっと先の未来。


もし、もう一度"向こう”で会うことができたなら。


その時は、ちゃんと伝えよう。


あなたのおかげで。


俺は、自分の人生を生きることができたって。


「また、いつか」


大樹の葉が、優しく揺れた。


まるで。


その言葉に応えてくれたかのように。


俺は小さく笑い、大樹に背を向ける。


そして。


自分の帰る場所へ向かって、ゆっくりと歩き出した。



ーー完ーー

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