第二十九話
ルナリア......?
どういうことだ?
確かに俺は向こうの世界にいたはずだ。
ベッドから起き上がり、部屋のドアを開ける。
「っ......!」
廊下の窓の向こうに広がる光景を見た瞬間、思わず足が止まった。
まだ外は暗い。
確か俺はアルスと話をしていた。
――――――あなたの身体、もらうわね。
あの言葉が、頭の奥で何度も反響する。
気が付けば、俺はルナリアへ戻っていた。
「誰だ?......って、ミナト?」
「物音に気付いたのか、剣を片手にカイルが隣の部屋から飛び出してくる。
「その顔......向こうで何かあったんだな?」
「ああ」
俺は短く頷いた。
――――
「すまない、こんな時間に」
「いいのよ。それより、何があったの?」
カイルが皆を起こしてくれたらしく、広間にはすでに全員が集まっていた。
俺は向こうで起きた出来事を、最初から順番に話していく。
アルスとの会話。
そして、最後に告げられた言葉。
話し終える頃には、広間は重い沈黙に包まれていた。
「アルス様が、そのようなことを......」
レイシェルが信じられないという表情で呟く。
「身体をもらうって......それって、もう向こうへ戻れないってことじゃない?」
セレナが不安そうに言った。
「確かに、その可能性はありそうだな」
カイルも腕を組みながら頷く。
「アルカイア様なら、何か知っておるのではないか?」
アルディオンが静かに口を開いた。
その言葉に、皆の視線が集まる。
「ひとまず、日が昇るまでは休みましょう」
レイシェルがそう言うと、全員が小さく頷いた。
今は考えても答えは出ない。
俺たちはそれぞれの客室へ戻った。
――――
本当にーーもう向こうへ行けないのだろうか。
ベッドに横になりながら、天井を見上げる。
翔の顔が浮かぶ。
そして、父さんの顔も。
もし本当に戻れなくなったら。
翔はどうなる?
父さんは?
向こうには、まだ確かめなければならないことがたくさん残っている。
「大丈夫だろうか......」
不安を押し込めるように呟き、俺はゆっくりと目を閉じた。
――――――
だが、現実はそう甘くなかった。
「......行けないか」
目を開くと、そこはルナリアだった。
窓の外では、朝日に照らされた巨木の葉が静かに揺れている。
結局、向こうへ渡ることはできなかった。
アルディオンの言う通りだ。
アルカイアなら何か知っているかもしれない。
俺は身支度を整えると、アルカイアの眠る巨木へ向かった。
――――
巨木の前に立ち、そっと手を伸ばす。
白い光が辺りを包み込んだ。
「あら、もう来たの?早かったわね」
アルカイアが少し驚いたように笑う。
「アルカイア、聞きたいことがあるんだ」
言葉で説明するより早い。
俺は迷わずアルカイアの手を取った。
アルカイアは静かに目を閉じる。
流れ込む記憶を受け取るように。
やがて、ゆっくりと瞳を開いた。
「......そんなことが」
小さく呟き、考え込む。
「ですが、なぜアルス様が......」
アルカイアはしばらく黙り込んだあと、何かを思い出したように顔を上げた。
「もしかしたら、彼女の日記が役に立つかもしれません」
「彼女?」
「アルケア様の娘、スー様です」
「そのスーさんの日記が残っているのか?」
「ええ。確か、アルディオンさんの屋敷の書庫に保管されていたはずですよ」
ディストラへ戻らなければならない。
あの場所には、まだ魔物が残っているかもしれない。
それでもーー行くしかない。
「ありがとう。アルディオンさんのところへ行って聞いてみるよ」
「ええ。お気をつけて」
アルカイアは優しく微笑んだ。
俺は巨木を後にし、レイシェルの屋敷へと戻った。




