第22話 愛しの我が家へ
「あのう、ハルのお姉さま、さっきからハルにべたべたしすぎじゃありませんか?」
ひとがせっかくいい気持でハルに寄り添っているのに、なんだこのジョアンナと言う娘は! 失礼だな。まったく! ぷんぷんだ!
ハルは困った顔をしている。なんでだろう。今は、久しぶりに会った姉とのスキンシップタイムだと言うのに。
アタシらは今、高級リムジンの展望室内で、サラとかいうエリナの後輩の子が作ってくれたカクテルを飲みながら、夜の街を眺めチョモランマ・スカイスクライパーを目指し、ひた走っている。
このサラって子はなかなか器用だ。昔、バイトでバーテンダーをやっていたと言っていたが、その道でも十分食えそうな腕前だ。
うちで雇おうかな。バーテンダーとして、あのダサイ社長の会社で研究員するより高い給料出してあげると言ったら来てくれるだろうか?
それはないか。この子、とてもまじめそうなんだもの。研究はお金じゃないって言われそうだ。
さてさて、ハルの店からチョモランマ・スカイスクライパーは、時間にして、約30分というところだ。超特急走行なら10分程度だが、それだと気分が萎える。通勤中のビジネスマンじゃあるまいし。
しかし、この光景、なんだかすごく久しぶりって感じがする。昔は和樹と聖子とよく展望リムジンで、クルージングしたものだ。あの子、今、どうしているかしら。もう、5歳になったのよね。
誕生日のプレゼントは確かカズと届けに行った・・・・、行ったわ。覚えている、12月25日、確かに行った。もう宗教なんてすたれちゃって、一部の人たちしか信仰してないけど、日本の人は昔からそういうの関係なしに、いろいろな宗教のものをお祭りみたいに楽しんでたわね。
あの子、おじいちゃんとおばあちゃんに預けているのはいいけど、自然と仲良くなってるかしら、落ち着いたら日本に行かないとね。いい加減合わないと、忘れ去られてしまうわね。
でも、不思議。聖子のこと考えていたら、急に心が穏やかになって来たわ。やっぱり、母親の心に目覚めるのかしらね。
「姉さん、急に落ち着いたね。カズ兄さんと聖子ちゃんが恋しくなった?」
まるで、よい間を見つけたかのように、ハルが優しく問いかける。ハルはやはり気配りの天才だな。
ジョアンナという娘は、膨れ顔で、アタシとは距離を置いてこっちを見ている。
あれ? アタシらって、数か月もの間、手狭なトラクター生活で寝食を共にした姉妹のような仲睦まじい間柄じゃなかったんだっけか?
ま、いっか。
このジョアンナって子は、見た目よりもまだまだ、おこちゃまだから、大人の対応が出来ないってことなのよ。この子のことはとりあえず無視して、アタシは、ハルの問いかけに答えよう。
「そ、今、それ思ってた。聖子に今、すごーく会いたくなっちゃった。アタシ、家に着いたらおばあちゃん家に速攻でバーチャル通信するわ。
そして、落ち着いたら日本に行くの。和樹も合流させるわ、2、3試合くらいすっぽかさせるわよ!」
「姉さん、その前に彼らと話し合いしてくれよ。姉さんの家庭のことになったら、そっちに掛かりつけになっちゃうだろう。
ましてや、聖子ちゃんの顔なんか見たら、自室に閉じこもりかねないかね。それじゃあ、彼らとの騒動の収集がつかないんだよ。頼むよ」
「ああ、そうだったわね。すっかり忘れてたわ」
「ちょっと、姉さん。さっきまで、大騒動してたのに、このタイミングで忘れてしまうの?」
「で、なんの話をするんだっけ? 話しするなら、ここでもよくない?」
あれれ、ハルが頭抱え込んでしまったわ。大きなため息もついてる。周囲のギャラリーもそんな感じのようね。
まずは、深呼吸しようね、ハル。っとアタシは、ハルの背中をさすってあげた。ハルは落ち着いたようで話を続けるようだ。
「ザック兄さんやキースさんは、姉さんの家に行けばあるものが確認できるって、言ってるんだよ。ボクには何のことかさっぱりだけど。
姉さんの家に行くことも目的のひとつなんだ」
確かに言われみればもっともな話だ。アタシはさっき突然、自分を自覚した。ハルのとんでもない起こし方で眠りから覚めたわけだが、眠りに落ちる前、アタシは何をしていたのか、全く思い出せないのだ。
そもそも、アタシ。なんでハルの店に居たの? そして、ハルが以前、二十一歳の誕生日にプレゼントすると前に言ってくれた浴衣を着ていた。今はクロエへのお土産にとお揃いのガラで色違いの浴衣をいただいているし。
そうだったわ。アタシ、今日で二十一歳になったんだったわ。
目覚めて出会ったハルは、少し大人っぽくなっていた。ハルとは2年くらい会っていない筈なのだ。2年前、アタシは一大決心をして何かを行った。
そのため、その1年前、つまり3年前に、2歳になった聖子を日本の母方の祖父母の家に預けた。幼いうちは自然の中で暮らすことが、後々の感性を養うのに効果があると考えてのことだった。
アタシも妹の晴香も、上の兄たちも、幼少時は日本の山村部で暮らしていた。ハルの一家も同じような考えを持っていて、カズとハルはご近所だった。アタシらは毎日のように野山を駆け回った。
アタシらは、幼いながらも、時には狩りをし、時には釣りをし、山菜を集め、畑を耕し、生活に必要なものをほぼ自給自足していた。電気もガスも、下水道もあるのに、あえて不便と言える生活を楽しんだのだ。この経験がアタシの好奇心を高め、独立心を養ってくれた。
だから、我が愛娘である聖子にも同じ経験をさせたかったのだ。あの子は、カズとアタシの子なのだ。日本の自然が優しく彼女を育んでくれているはずだ。
考え事している内にリムジンは、チョモランマ・スカイスクライパーの地下駐車場に止まった。ここからはアタシの指示がないと行けない場所だ。
車は自動運転車。アタシは端末を使ってビルのセキュリティシステムにつなぎ、認証作業を行う。超連打の素早い撃ち込みをするわけだが、周囲にはアタシが何をやっているかさっぱり分からないことだろう。
そして、壁と思われた壁が中央から水平に割れて、開くと更に地下に降りる道が現れた。アタシは車をそこに移動させた。そして、車ごと床が上昇するのには皆、度肝を抜かれたという感じだった。
急激に上がると三半規管がおかしくなるので、エレベータはゆっくり上昇していった。
「クラリッサさん、ボクもペントハウスに居住しているのだけど。車で上がれるエレベータなんて、ボクのところには無いのだけど」
エレナの彼氏さんて、ここのペントハウスに住んでいたのか。なかなかのお金持ちのようね。一般住居とはいえ、相当に高いわよここ。
「キースさんが住まわれているところは、一般居住区だからですわ。私が住まいしておりますのは、オーナー居住区ですから。
もうじき分かりますけど、大きさの違いをその目でご覧ください」
アタシは含み笑いをして、キースさんを見つめた。
さあ、愛しの我が家だ。クロエはまだ起きてるかしら、まあでも、宴会じゃないから別の機会に呼ぶか。しばらく家開けてたから、大騒動になるのも嫌だし。
あ、 アタシ、家開けていることを思い出してる。何で、家開けたのだろう。
何か思い出せそうな気がする。いったい何を忘れているの。




