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第12話 トロイメライ

 リムジンのスライドドアが開き、兄貴が降り、ボクが続いた。今日の兄貴は3割増しの男前だ。

 一応、優良企業の大社長なのだから、落ち着く場所かどうかはどうあれ、セレブとしての顔がさんさんと光っている。


 ボクは差し出された兄貴の手を軽く添えて、ヒール歩きも、もつれることなく、今どきは死語であろうが、しゃなりしゃなりと歩いて見せると、周囲の人々が羨望の眼差しで見はじめた。


 そこまで、ボクら目立ってるの?


 あとから、所長さんとエレナさん、更に後ろから、ラボに居た研究員の方々も別の車から降りて、後に続いている。なのになのに、注目の眼差しはボクらに注がれていると実感した。


 特に若い殿方からの視線が熱すぎる!


 動く家の中では、ボクがどんなに着飾っても、皆の視線は、自分の妹や娘、孫を見る目線だったので、こうも性的興奮に満ちた視線を感じることはなかったんだ!


 まるで、ショタネゴに強烈なベロチューされた時のような緊張感に襲われている!


 こんなことになるなら、男装のまま来るのだった。

 いや、男装してても同じだったかも、今度は若い女性のみならず、お金持ちのマダムからも標的にされかねない!


 罪なのは、ボクのこの愛くるしさなのだ。調子こいて、おめかしに柔順になりすぎたよ!


 でも、なんで、ボクは嫌がらなかったのだろう。

 押しに弱い、いや違う突き進むときは突き進んでいる。


 多分、もともとのボクがオシャレ好きなのだ。だから拒否ら無いし、いじられた結果を楽しんでいるんだ!

 ボクは記憶喪失しながらも、本能的に本質行動をとっているんだ!


 じゃあ、このボクという人格をつかさどっている本体って、いったい誰なんだ!?


「おい、トロイ。どうしたんだ、さっきから下向いて。

 珍しいじゃないか、最近ははファッションモデルのように歩いて見せたりしてるのに、こういうゴージャスなところは緊張するのかな!」


 兄貴の言葉にハッとなって、よくよくあたりを見回せば、僕らは兄貴の会社をも凌駕するほどの建物の前にいた。

 車降りて、すぐに気づかないほどに、殿方の熱い視線で火照ってしまったみたいだった。


 ここって、セレブが来る場所じゃないか!!


「これのどこが食堂?、超高給のレストランじゃないか!」

「いや、広義じゃ食堂だろう!それに、トロイは和食とか知らないのじゃ無いかと思ってさ。

 和牛ってヤツは、すごいんだぜ、肉なのに口の中でとろけて極上の味わいなんだよ、これが!

 大衆食堂のようなキッチンの料理もいいけど、たまにはハブらないとな!」

「じゃあ、ここはジョアンナの彼氏の店なの?」

「ああそうだな。仕事はこっちが本業だ。道場はあくまでも副業。そして、大衆食堂はジョアンナの師匠の息子夫婦がやってるんだ。

 ジョアンナの彼氏はなあ、なかなかの男前なんだぜ。さらに、この街の外食産業の頂点に君臨しててなあ、空手、柔道、剣道、合気道、全て黒帯だ。世界大会でも優勝してる人なんだ!」

「そんな凄い人がジョアンナの彼氏なの?ふたりはどうやって知り合ったの?」

「いや、単に料理の師匠の孫ってだけだから」

「それじゃ、棚ボタじゃないか」

「棚ボタ結構、運も実力の内だよ。ジョアンナは、強い幸運の持ち主で、料理で皆を幸せする天使のようなものさ。

 だから、彼女の結婚はこの上ない祝福で満たされるべきだと俺は思うんだ」


 それは同感だ。ジョアンナが居なかったら、ボクは今ある状況じゃなかったと思うから。


「ちょっと、兄さん、何、彼の店先で大声で恥ずかしいことくっちゃべってるのよ!

 店の中から丸聞こえよ!」


 お~っと、場内の爆笑の渦の中から未来の外食王社長夫人のジョアンナ様が、お目見えだ!

 何だか見慣れない服を着ている。あれは、なんと言ったっけ?えええっと。


「ジョアンナ、なかなか決まってるじゃない。キモノ姿!」

「ええ、そうですか、なんだかちょっと、嬉しいな」


 ジョアンナは、細く結った髪先をいじりながら、頬を赤らめた。彼女にしては珍しいな、いつもカラッと、さばさばして、動きもはつらつなのに、今日は、お淑やかで、くねくねしている。

 好きなオトコが目の前に居ると、しおらしくなるのかな?


 それよりも、所長さんの目つきがちょっと怪しいのですよ。ボクが女の子だととわかってから、目つきがギラギラしてきて、鼻息も荒くて。

 小声で、さっきから、「俺はノーマルだった、彼は女だった」と、連呼してるのが聞こえるのだけど。

 ボクの男装姿に惚れたと思っていたら、女の子だったと分かって安心したって言ってるのかな?


 こっちは、ちっとも、安心じゃないのですが、そんなことを後ろから小声で囁かれたら。ボクの貞操が危ないような気がしてくるのです。


「ねえ、あなた見慣れない顔だけど、誰なの?」


 所長さんの素行に身の危険を感じて、不安がっているボクに、ジョアンナがふいに話しかけて来た。


「あなた、キースさんの新しい彼女さんなのかしら?」


 へー、そういう風に見えているの?

 所長さんの彼女というのは、ちょっと心外だけど。これはエレナさんのいじりが成功したみたいだ。ジョアンナが全くボクだと気づいていない。


「もう、言っても無駄かもしれないけど。この人、いい感じの大人に見えるけど、結構な女たらしよ。

 ちょっとでも気を許してたら最後。自宅に上げられてベットに連れ込まれて、妊娠させられちゃうから。

 もしも、そういうことになったら、彼に言い含められないようにして、慰謝料と養育費をたんまりせしめてあげなさい!」


「おい、おい、ジョアンナちゃん。何てこと言うんだよ。昔は、『キースお兄ちゃん』って言って、まとわえりついてくれてたのに」

「それ、いつの話よ。ローティーンの頃でしょう」

「ボクはキミのお父さんとは戦友でさ、共に命を預けて、祖国のために若い命をささげて戦っていたんだよ。キミらの年齢の頃にさ」

「それは知ってる。何度も聞かされたから。それは凄いことだと思うし、それについては尊敬もしている。でも、それは昔の話、キースおぢさんの女性遍歴の話については尊敬はできないと言ってるの」

「キミらの家族とは昔から付き合ってきて、ボクはキミらの頼れる兄貴のつもりでいたのに、あんまりじゃないか。

 それに、ボクはちゃんと法律に基づいた上で、女性と交際して、子作りしてるんだから、いきなり有無を言わさず家に連れ込んで、種付けとかしてないからな。

 ボクは大人の付き合いを嗜んでいるんだよ」

 なんか、所長さん、ダメな大人の言い方になっている気がする。

「どうだかねえ、エレナさんに手つけるの早かったわよね。入社一年目からアプローチしまくりだったし。一年も経たないうちに、妊娠させていたからね。あぶない、あぶない」

 ジョアンナは完ぺきにだらしない男をしかとする女みたいだ。

「それは、エレナが優秀で、好みタイプだったんだよ。この女性にボクの優秀な遺伝子を持った子供を産んでほしいと思えたんだよ。

 愛は時間を縮めるのだよ。君も本当の恋をすれば、わかるよ!」

 うわあ、歯の浮くようなせりふ。恥ずかしい大人の酔いセリフ。

「もう、キース、公でそんな話、大声でしないで、恥ずかしいから!」


 エレナさんがたまりかねて、すっ飛んで来て、両手で所長さんの口をふさぐと、周囲に大爆笑が起こった。まるで夫婦漫才だ。


 ボクは、所長さんとエレナさんのやりとりがおかしくて、つい、いつものようにケタケタと笑ってしまった。ボクの笑い方を見たジョアンナのボクを見る目つきが変わった!

 不穏な息を呑むような空気が漂った。ジョアンナが、睨みつけるようにボクをじーと見つめて、ひとこと言った。


「あなた、もしかして、トロイなの?」


 ジョアンナに嘘がつけないボクは、コクリとうなずいてしまった。その瞬間、ジョアンナの目がきらりと光ったような輝きを見せ、彼女はボクに飛びついて来た。


「キャ~、ヤダ、どうしたの。その服、お化粧も素敵、カワイイ!!超カワイイ!!

 兄貴、今日、このコ、お持ち帰りしていいかしら?」

「外泊は許可してないから、もとから帰るんだぞ。オマエもな。

 晴信はすぐにでも欲しいだろうが、俺はお前をまだ嫁に出すつもりなんかないんだからな!」

「つーか、兄貴、いつからアタシの父親になったんだ」

「親父が居ないところでは、オレが親父の代理なんだよ!」

「いい加減、子供扱いはやめて欲しいなあ。あたし、17歳だよ。もうとっくに大人だよ。

 トロイだって15歳で大人だよ」

「そんなの国が税金対策に立てた、ただの建前だ。

 実際、お前たちは20歳まで連邦警察の要監視観察下にあるんだぞ。ここは地方都市だからそんなもの無いも同然だがな!」

「それって、犯罪起こすような人の話でしょ!」

「荒野地帯のように法の目が行き届きにくいところで10年以上も暮らしてる20歳未満の子供も対象なんだよ。

 とにかく、ジョアンナ、お前は、まだガキだ!、自覚して自重しろ!」


 今日は、珍しく兄貴とジョアンナが真っ向から喧嘩している。動く家じゃ、一方的にジョアンナに譲っているのに、今日は、全く譲らない。

 兄貴も世間体を考えるのかな。


「お兄さん、今日は、そのくらいにしていただけませんか、せっかく、皆さん集まっているのですから、早く、店にお入りください」

 黒髪の和装の男性が、優しいながらも、キリッとした口調で、兄貴に語りかけた。

「おお、すまん。晴信。オレとしたことが、大人気無いことを」

 兄貴は乱れた髪型と服装を正して、晴信さんにお辞儀をした。

「晴信、いや、ハル、今日は大勢で押しかけてすまん。昼に行くと言っておきながら夜になってしまって、特別室まで用意してもらって、本当にすまない」

「いいんですよ。お兄さん、たまたま予約してたお客様がキャンセルされたので、こちらも助かってます。食材が無駄にならずに済みました。うちの食事を皆さんで楽しんでください」

 兄貴とハルさんは、相当に仲がいいようで、両手をひろげあって、熱く抱擁しあっている。

 しかし、この凛とした嫋やかな佇まいの人が、ジョアンナのオトコなのかな。かっこいい、とても、もの静かな感じなのに、静かに燃えるようなオーラを感じるよ!


「キミがジョアンナの妹さんのトロイメライさんかな?

 初めまして、ボクはキミのお姉さんの婚約者の加藤晴信といいます。ハルと呼んでください。今後ともよろしくお願いします」

 ボクはハルさんの優しい問いかけに、何故か胸キュンしてしまった!

 しかも顔が、カッと熱くなった。これは、いけない。きっと血の気がよって顔ばかりか耳まで真っ赤になってるに違いない。これはまずい、さすがに隠せない!


「トロイ、顔が真っ赤だよ!

 さては、ハルのもの静かな佇まいに惚れたな!

 姉妹でオトコの趣味が同じとは、恐れいった!

 しかし、これは困ったぞ!

 アタシの恋のライバルが出来てしまった! アハハ」


 ジョアンナ、何てこと言うのだ。


 ここで、「そんなんじゃ無い!」とかふくれツラで強がったら、お決まりのツンデレキャラになってしまうじゃないか!


 ジョアンナのボクへのいじりは、もっと長くなるかなと思ったけど、さすがに未来のダンナの前では、自制が効くようだ。早々にオフザケをやめて、ハルさんの横に立ち、しとやかに挨拶をした。


 そして、ボクらは、ハルさんの引率でVIP専用のエレベーターで展望ラウンジへと招待された。


 エレベーターはシースルーでこの街が一望できたが、本当に大きな街だと実感した。


 夜の街の光は、きらびやかで、美しい、と普通の女の子なら、そうときめくのだろうけど、何故かボクはそこまで感動はしなかった。

 きれいとは思うのだけれども、よく見るきれいな風景という感じに思っている。


「ちょっと、トロイく、ちゃん?顔よく見せてくれないかな?」


 エレナさんが、ボクの頬を両手で固定して、神妙な面持ちでボクの顔を見入っている。

 そして、ボクの顔に何かを感じたのか、目の輝きが凛々と強くなってきた!


 え、もしかして、エレナさんは、百合っ気があるの?

 いやいや、冗談を言ってる場合では無い。エレナさんは真剣そのものなんだ。


「あなたって、トロイメライって言うの? それって、本名なの?」


 何だ、この真剣な食らいつきは? トロイメライはエレナさんにとっては、とても重要なキーワードなんだね。ここは丁寧に、誠実に言わないと。


「実感は無いのですけど、身分証明情報にそうあるので、一応、本名ということにしてますけど、でも、トロイでいいですよ!」

 ボクは笑顔で答えた。


 けれども、エレナさんは、ラウンジ階ににつくなり、ボクの手を引っ張って、周囲の制止も振り切って、強引にドレッシングルームにつれ込み、ウィグを外し、髪ばらつかせ、化粧を落として、顔をじーっと見入った!

 この時ばかりは、肉食獣に襲われる草食獣の気持ちを理解した。


 エレナさんは、ものすごい形相でボクを見つめ、やがて、目じりから涙を潤ませはじめ、ぽとぽと涙がこぼれ、ボクの顔に痛いと感じさせるかのようなほどの涙が落ちた。


「トロイメライ! やっぱり、アンタだ!

 久しぶり!

 これ、いったい、何のサプライズよ!

 手が混んでるわね。まったくもう!

 一ヶ月前、急にアンタ、ネットに出なくなるし、どこにいるかも知らないから、アタシすごく心配したのよ!

 近くに居たなら、連絡くらいよこしなさいよ」


 エレナさん、何言い出すの? ボクのことを知ってるの?


 エレナさんは、泣き崩れ、ボクを抱きしめて、うおんうおんと泣き出した。記憶を亡くす前のボクはエレナさんと親友だったの?

 ボクって、本当にトロイメライだったの?


 初めて、過去のボクを知る人物が現れた。やっと、ボクが何者だったのかを知るきっかけを得ることができたのだ。

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