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XXX.断章Ⅳ-Ⅵ

 アランが、去ってから。

 王は悲しげな表情でいることが、多くなった。


 あのとき、アランが去ったときも。

 アランの想いを伝えた時も、悲しげに、


「そう……行ってしまったのね……」


 本当に、アランは馬鹿よ。

 王のためにって言いながら、王を悲しませて。

 アランにとって王が大切だったように。

 わたしにとって、アランが大切だったように。

 王も、わたしたちが大切なのに。

 そんな人が、何も言わずいなくなるなんて、そんなの、悲しむに決まっているじゃない……。


 予想通り、《深きものどもディープ・ワン》たちはアランがここを離れたことに、怒り狂っていた。

 あのときは、私が抑えるといったけれど、正直、わたしだけでは何もできなかっただろう。

 王が、アランをかばってくださったおかげで、なんとか《深きものどもディープ・ワン》たちが収まったのだ。

 だけど、正直、ずっとこのままとは思えない。

 いつかまた、アランを連れ戻そうという話が出てくるだろう。

 そのときは、今度こそは、王にご負担をおかけしないよう、わたしだけで抑えなくては。


 アランから託された、王の守護。

 すこしでも、王が寄り添えるように。

 わたしは王の御側おそばを片時も離れない。


 そんな、ある日のことだった……。


†††


「えっ……」


 いつか、笑顔になられた、あのときのように。

 王は突然、戸惑いの声を漏らした。


 だけど、今回はあの時のような、喜びの色はない。

 恐怖にも似た、焦りを浮かべている。

 唇が、かすかにふるえている。恐怖に。


「ど、どうなされましたか、王よ」


 わたしの言葉に、王はなにも返さない。

 いや、そんな余裕もないのか。


 王はその瞳で、なにかを見つめ続ける。


「そんな……まずい、時間がない……」


 そうして、慌ただしく王座から立ち上がると。

《ヘラスの門》を、開いて。


「ああっ、王よ! そんな無茶な……わたしが開きますので、落ち着いてください!」


 だめだ。

 今の王には、何も聞こえていない。

 どれほどにわたしが呼び掛けても、王へは伝わらない。


 王は誰かへと呼びかける。

 ここではない、ずっとずっと向こう、おそらくは地上にいる誰かへと。

 両手を広げて。


「お願い……間に合って……!」


 その祈りに応えるかのように、《ヘラスの門》が開かれた。


 この暗がりをやさしく照らす燐光に包まれて。

 門の向こうに見える、少年の姿。

 まだ幼い少年。

 本来であれば、朗らかに今を生きているであろう、年齢の少年。

 だけど、そんな少年は、今、全身を鎖で縛られて、重りをつけられている。

 意識を失っているようだ。


 いったいこの少年に何があったのか。

 わからないが、このままでは少年がほどなく死を迎えてしまう。


「どうか……生きて……あなただけは……」


 再度開かれる《ヘラスの門》。

 どれだけ王のご負担になっているか想像に難くない。

 この少年は、それほどまでに王が助けたい相手なのか。


 少年は《ヘラスの門》を越えて、再度向こう側へと送られた。

 王はそれでも門を閉じず、少年を見つめ続けている。


 少年が贈られたのは、浜辺。

 その少年に気づいたのか、大人たちが少年のもとへ走っていった。

 少年が助かった、その事実に王はほっと一息ついて。


「よかった……」


 満足げに、微笑んで。


《ヘラスの門》の向こう側で、少年が混濁した瞳でこちらを向くのを見ながら。

 ゆっくりと、《ヘラスの門》が閉じられた。




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