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巻三之二

ホモが出ます。

庵(いおり)を追い出されるようにして後にした独禮(どくらい)と崇範(そうはん)は、再び山深い道を掻き分けて帰ることとなった。

独禮は難しそうな顔をして首を捻っている。

「なんだか怒らせてしまったようだが……、何がいけなかったんだろう」

崇範はやや呆れたような顔を浮かべている。

「独禮さまがあんまりに急で強引だからじゃないですか?」

独禮はキョトンとした顔で崇範を見返した。

「雲照寺(うんしょうじ)はまだ富川(とみかわ)家の配下ですからあの強引さも通用しましたけどねえ。だいたいこんな得体のしれない妖怪兵隊に入れなんて、どれだけ丁寧に言ったって強引ですよ。しかも前もって決めたでもなく、その場で急に指名ですもん、そりゃ断られるのが当然というものでしょう」

独禮はうーんと唸って考え込んだ。

「それにしたって頑固じゃないと思わないか? なかなかの逸材だったんだけどなあ、永兼(えいけん)くん……」

「……まあ確かに、なんだか頑なだったような気もしなくはなかったですね。よほどあの小僧さんのことがお気に入りだったんじゃないですか? 入道(にゅうどう)殿」

「はあ……。まあ、しょうがないな。次を当たろうか……」

独禮はため息をついて歩き出した。

そうして山を下り始めてからすぐのことだった。まだ庵からさほど離れてはいない。

茂った草の奥から、突然がさがさと近づいてくる何者かがあった。

咄嗟に崇範が脇差(わきざし)を抜いて構える。近付いて来た何者かは、慌てて声を上げた。

「わあっ、待って! 斬らないで!」

切りつけようと踏み込んでいた崇範は、前につんのめりそうになりながらも、なんとか踏みとどまった。

茂みの奥から現れた人物は、崇範の殺気に気圧されたのか、その場にずるりと転ぶようにへたり込んでしまった。

その顔を見て、独禮と崇範はまた驚く。

「君は……、永兼?」

独禮が抜けたような声で言った。

そこにへたり込んでいたのは、先ほどの入道の脇に仕えていた少年僧、永兼だったのだ。

「は、はい、そうです、永兼です」

永兼はたじたじとしながら答えた。

崇範が身を引きながら脇差を収めると、永兼はがばりと立ち上がって独禮の方へずいと身を乗り出した。

そしてその両手を合わせ、地面に膝をついて、叫ぶように言ったのだ。

「独禮さま、お願いです、僕をここから連れ出して!」

「え」

独禮は永兼に勢いに圧されるようにして、やや身を引いた。

永兼は必死の表情だった。

「も、もう嫌なんだ、こんな所にいるのは! どこでもいいから僕を連れて行って! 独禮さまは僕が欲しいんでしょ!? ねえお願いだ、稚児にでも小姓にでもなんにでもなるからあ!」

そのつぶらな瞳には涙さえ浮かべて懇願するのだ。

独禮はなだめるように、手のひらを永兼へ向けた。

「お、落ち着いて」

「はいっ!」

永兼は飛び退くように身を引き、山道の地面の上だというのに、ざっとその場に正座をしてしまった。

独禮は崇範と戸惑った顔を見合わせた。

永兼は思いつめた表情で独禮の返事を待っている。独禮は頬を掻きながら小さくため息をついた。

「えっと……、事情がよく分からないんだけど……、君は入道殿の弟子なんだよな?」

永兼は俯き、悲しげな表情になって頷いた。

「はい……。和尚(おしょう)さまには、御山(おやま)にいた頃からたくさんお世話になっていました……」

「その入道殿の許しは?」

永兼は悲しい表情のまま、力なく首を振った。

独禮は難しい表情を浮かべる。

「……なぜ? そんなにも世話になっている師僧が留めるのも聞かず、ここを出ようだなんて……」

永兼は黒い袖でそっと目頭を拭った。

「和尚さまは僕をたくさん可愛がってくれた。僕だけを愛してくれた……。けど、可愛がるあまりに、僕の自由を縛るんです。僕が自分で何かを決めたり、ひとりで行動することを決して許してはくれない……。僕はずっと和尚さまの元から離れられず、監視され、管理され、ずうっと窮屈な毎日を送ってる……。もう、僕は耐えられない……」

「……。そうか、それは同情するけど……」

続けて永兼はぐっと拳を握って訴える。

「独占欲が強すぎるんだ。僕が他の男とちょっと喋っただけでネチネチネチネチと……、これってれっきとしたデートDVだよ! だいたい和尚さまだってそろそろ歳も歳だ。体も口もくさいし、床(とこ)の上でもとにかくしつこいったらありゃしない。あんな年寄りに愛玩され続けるだけに、僕は青春を費やしたくないんだ!」

独禮はもう一度手を出して永兼をなだめた。

「落ち着こう」

「はいっ!」

永兼はびしりと正座の姿勢を正す。

独禮は腕を組んでため息をついた。

「うん、事情は分かった。君の境遇には同情しよう。……でも、申し訳ないが、入道殿の許可のないままに君を引き取るわけにはいかない」

そう言って首をふると、永兼は悲痛な表情になった。

「ど、どうして!? 独禮さまは僕が欲しいんでしょう……? 僕、なんでもしますよ。全身全霊誠心誠意を以って独禮さまに仕えます! だから、ねえ……」

「そんなことをしたら入道殿の怒りを買ってしまうからだよ。私が入道殿に非礼をはたらけば、私を紹介してくれた父上にだって迷惑がかかるし、富川家の信用にだって関わりかねない。そういうわけにはいかないんだよ」

独禮は落ち着いた声で言った。永兼は悲痛な表情のまま、言葉を失ってしまう。

「……入道殿の所へ戻るんだ、永兼。今こうして私と話していることだって、知られたらマズイだろう」

そう言われ、永兼は俯いて沈黙した。

しかしやがて、小さく、はい、と言って頷き、ゆっくりと立ち上がった。

衣についた泥を払いながら、ぺこりとおじぎをする。

「……無理を言って申し訳ありませんでした。僕、戻りますね……」

そうしてとぼとぼと、草庵への道を引き返していく。独禮と林揺は黙ってその背中を見送った。

「なんか、かわいそうですねえ……」

崇範が零すように言った。

独禮は黙って、永兼の去った方を眺めていた。

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