élément perturbateur/きっかけ、ドラマのはじまり
「男性パート、譲ってあげるよ。君の方が背が高いし」
リュシアンに手を差し出されたローズは観念してその手を取り、他方の手でリュシアンの腰に手を添えた。
リュシアンは、奇妙な感触に肌が粟立つのを感じた。
──戦神の彫像にでも抱かれたかのようだ。
リュシアンは思わず一歩後退った。ローズは一歩前に出た。また腕の中に閉じ込められた。
そのままふたりで、どこかぎこちなくフロアを揺蕩う。
屈強な騎士の腕に抱かれた優男の姿は、傍から見ればどこか物憂げで、退廃的だ。
リュシアンが自分の手を取る長い指への違和感を形にする前に、ローズが口を開いた。
「──リュシアン様は、もっと女性に優しい方なのかと──花を替えただけで、あのような」
少し棘のある、責めるような言い方に、リュシアンは鼻を鳴らした。
「だから、何さ。女の子の顔なんて、いちいち覚えちゃいられないよ」
ぴしゃりと返され、ローズは鼻白んだように口を噤んだ。リュシアンは話題を変えるように先ほどの違和感を口にする。
「ローズの指、細くて長い。身体もゴリマッチョかと思ったのに。でも、なんか変。……硬い?」
ローズは頷いた。
「勿論鍛えてはおりますが、自分の場合は魔力で力を高めているので、然程の筋肉を必要としません」
きゅ、と重ねた手を握られる。手袋越しではあるが、人の手とは思えないほどつるりと冷たい。
まるでティーカップだ。
「攻撃魔法が不得手なので魔法騎士にはなれませんでした。ですが魔力だけは有り余っておりますので、物理強化に全振りしております。触れると固く感じるのは」
ツンと鉄と殺気の臭いがしたかと思えば、ローズがターンに似た動きでリュシアンをくるりと回して、腕の中に抱え込んだ。
──キィン。と、ナイフで皿を叩いたような音が響いた。
「全身に身体強化を巡らせているからでしょう。ちょっと切ったぐらいでは、びくともしません」
抱かれた腕から抜け出してみれば、ローズが給仕の服を着た男を踏んづけていた。 男のお仕着せは妙に新しく、傍らにはナイフが転がっている。
「リュシアン様、帰りましょう。このような事件が起きたとあっては王族が座を辞しても非礼にはなりますまい」
リュシアンはまるでダンスの続きかのように、仮面の騎士にエスコートされながらその場を去った。




