第12話①
その日、カイラの家の前に、随分と立派な馬に乗った人物が三名ほど訪れた。
一人は地味ながら高級そうな防具を身に着けており、明らかに高貴な身分であることがわかる。
「何?仕事の依頼か?」
家からのっそりと出てきたカイラは、その男達に対して一切臆することなく偉そうに言った。
高貴な身分らしい男は、カイラを見るなり、膝をついて頭を下げた。
「私は、ここから少し離れた場所にある、ユースト市国の王子、リダ=ルーズと申します。
大魔法使いカイラ殿、お願いがあって参りました」
リダの丁寧な挨拶に、カイラはフン、と鼻を鳴らしながらも家に招き入れた。
「話を聞こう。ただし、リダ、貴様だけ家に入れ。俺は人を殺す武器を持った者を家に入れる趣味はない」
カイラは、リダの横に立つ従者の腰の銃を指さした。
リダは少し考えたようだったが、すぐに「わかりました」と答えて、従者にここで待つよう命令し、カイラの家に入って行った。
「リダといったな。依頼は何だ?」
単刀直入にカイラはたずねる。
「はい、実は我が国のスパイからの連絡により、近々国に危機があると……」
「理由も経緯もいらない。依頼内容だけ言え」
「依頼内容だけ?」
「理由を聞くと、情が入る。俺は機械的に、依頼をこなすだけにしたい」
カイラはそっけなく言うが、顔はニヤリと笑っていた。
「ま、貴様は以前会ったこともある仲だからな。相当な依頼でない限りは受け付けてやろうと思っている」
「ああ、お気づきでしたか」
リダは少しだけ気を許したように笑う。
「あの時はお世話になりました。野盗に襲われて、荷物を全て奪われてしまっていたのです。あの時は食事をありがとうございます」
「気にする必要なんてない。こっちも呪いの効果を試すために貴様を利用させてもらったんだからな」
カイラも気を許したように笑う。
そう、リダは一度ここに来た、あのチャラい旅人だった。
リダはそんな機嫌の良さそうなカイラを見て、少し考え込むと、意を決したように言った。
「カイラ様、無理を承知でお願いでございます。
あなたの家で匿っている『疫病の魔女』を、こちらに引き渡して頂きたい」
「……誰だ、それは」
カイラは怪訝そうな顔でリダを見つめた。
「疫病の魔女だと?私はそんな人物を匿っていない。勘違いなら早く帰れ」
「いえ。確かにおります」
リダはそう言うと、素早く立ち上がり、腰から剣を取り出した。
その剣先は、ある部屋へと向いていた。
「疫病の魔女・ユキ。彼女がここにいることは、あの時にわかったのです。入念に準備を整え、今こうして参ったわけであります」
リダは険しい顔で、ユキの住み着いている部屋へ剣を向けている。
部屋のドアが開く。
「ああ、貴方がまさかあの小国の王子様だったなんてね」
そう残念そうに言いながら無表情のユキが現れ、リダの顔をじっと見つめた。もちろん眼鏡はしていない。
「おい!目を見るな!」
カイラは一瞬にして理解し、そして、叫んだ。
しかし間に合わなかった。
リダはユキの目を見た瞬間に膝をついて倒れ込んだのだ。
ユキはリダに近寄り、リダの髪の毛を掴んで無理やり顔を上げさせた。
「王子様?ご機嫌はいかがですか?」
「……ああ、なんて美しい人だろう」
髪の毛を掴まれたままなのに、リダはうっとりとユキを見つめた。手から剣が滑り、高い音を立てて床に落ちた。
「こんなに胸が苦しいのは初めてだ。貴方を私のものにしたい……。何でもする。どうか一緒に城に来てもらえないだろうか」
「あら素敵ね。でも、剣とか銃とか怖いわ。そういうのは、お城に持って帰って欲しいわ。ねえお願い」
ユキがそう優しく言うと、リダは惚けた顔のままコクコクと頷き、剣を拾い上げて立ち上がるとふらふらと家の外に行ってしまった。
「ふう、これで物騒なものは持って帰ってもらえますね。普通の人は冷たい水をかけられるか一日経たないと誘惑魔法は解けないので、今夜くらいまでは大丈夫でしょう」
「ユキ、どういうことだ?」
ニコニコと微笑むユキに、カイラは怖い顔で近づいた。もちろん、目を合わせないように。
ユキは困ったように首をかしげた。
「あの、私魔力は強いんですが、素早く魔法を発動できないんですよ。だから、自分に呪いをかけたんです。そうすれば目を見ただけで相手を戦闘不要に出来るので。私、頭良くないですか?」
無邪気に言うユキを、カイラは蔑むような目で睨む。
「そんな事を聞いているのではない。疫病の魔女とはなんだ。なぜリダはお前を狙ってきた。俺のところに来た目的は何だ。自分で呪いをかけたのなら解呪が目的ではないだろう!」
「そんなにいっぺんに問われても答えられません」
ユキはニコニコと言う。
「それに、カイラ様は理由や経緯は聞かない主義ではなかったですか?情が移るから。さっき王子様にそうおっしゃってたと思いますが……」
「それは依頼に限った話だ」
カイラはイライラと言った。
次の瞬間ユキの足元から木の根のようなものが飛び出してきて、ユキの身体を拘束した。さらに葉のようなものがユキの目を覆う。
「悪いが、事情がわかるまで拘束させてもらう」
「ああ、カイラ様は拘束プレイがお好きでしたもんね。あ、あれは思い違いだったんですっけ。懐かしい」
こんな事をされているのに、ユキが一切動揺していないのを見て、カイラはかゾッとした。
「俺としたことが、すっかり貴様のような小娘に騙されていたようだな……」
「私より、あの王子様の事を信じるんですか?寂しいですね。あんなにニャンニャン言ってくれていたのに……」
ユキが寂しそうに言うのをカイラは鼻で笑う。
「ふん、それは貴様の誘惑魔法だろう。まあ一応、共に数日暮らしたよしみで言い訳だけは聞いてやろう」
カイラの言葉に、ユキは少しだけ考え込み、そして小さな声で話し始めた。
「……例えば、私がかつてあの小国から迫害されて命からがら逃げ出した魔女で、復讐の為にあの小国に疫病の呪いをかけようとしていた、という話を聞いても、カイラ様は私を引き渡しますか?」
ユキの言葉に、カイラは一瞬言葉を失う。
ユキは小さく微笑んだ。
「もう百年近く前になります。まだ私が魔女として国に仕えていた頃、流行り病が国に現れました。後から、原因は別の国からやってきたネズミから変異したウイルスだったと判明しましたが、当時は理由も分からず、人がバタバタ死ぬので国中が混乱しました」
カイラは記憶を辿る。そういえば百年ほど前に流行り病で消滅寸前までいった小国があった気がする。当時は今よりもっと戦争も多かったので、他の国は支援するどころか、それに乗じて攻め入ろうとする計画もあったとか無かったとか。あまりにも見苦しい人間の業に、当時カイラは呆れ果てて関わらないようにしていた覚えがある。
「私は医学やそれに準じた魔法に詳しかったので、当時の王様に頼まれて何とかしようと試みましたが、病の流行の早さに力及ばずで……。
そうしているうちに、流行り病を国に広めたのは私だというデマが流れました。疫病の魔女という通り名がついたのもその時です。結局私の力を見限った当時の王族が、市民の悲しみをどうにかしようと、私を生贄……エスケープゴートにしたのです。私は拷問の上、処刑されることになりました。まあ、処刑の前に逃げ出せたので、こうして生きてますけど」
「……今の話は、本当なのか?」
カイラがそうたずね、そしてユキに近づいた時だった。
ユキを拘束していた木の根が一瞬にして枯れ、拘束が解かれた。
「チッ、貴様も相当な魔女らしいな」
カイラは目を合わせないようにしながら舌打ちをする。
ユキは余裕の声を発した。
「まあ、時間をかければそこそこ私だって解呪くらいできますので」
「ふん、そうか、さすがだな」
カイラはイライラと、再度目隠しだけでもしようと魔法をかけようとしたが、弾かれてしまった。
「やめましょう。カイラ様は優しいお方だから、今の話を聞いて本気になれないでしょう」
「あはは、ナメられたものだ」
カイラは小さくため息をついた。
ユキは、そんなカイラに対して優しい口調で言った。
「別に、私はカイラ様に危害を加えるつもりはありません。ちょっとお願いがあるだけです。
……カイラ様の開発した治療薬を、こちらに渡して頂きたいのです」
ユキの言葉に、カイラは少し考え、そしてフッと笑った。
「ああ、なるほど、疫病の呪いをかけた後に、すぐに治療薬で治されちゃ困るってわけか。そこで、俺の治療薬を解析して、薬じゃ治らない疫病の呪いを生み出したい、そういうわけだな?」
「わあ、さすがカイラ様、御名答です」
ユキは単純に感心してみせた。
「解呪のプロであるカイラ様、そしてそんなカイラ様の作り出した治療薬は、どんな病でも治すことができると噂で聞いておりました。ですので、まずはそういった治療薬の希望を潰し、疫病による絶望を味あわせたかったのです。そのためにカイラ様のお家にお邪魔させて頂いたのです」
「ふん、誘惑魔法で惑わせて、そのスキに治療薬の分析でもしようとしたのか?」
「ええ、しかし私は、カイラ様を侮っておりました。十分かそこらですぐ戻ってしまうのはさすが大魔法使いですね。せっかくカイラ様自身が風邪を引いて治療薬を使う機会もあったのに、すぐにもとに戻ってしまうので解析まではできない……って困ったものでしたよ」
ユキは、どこか懐かしむような口調でフウとため息をついた。
「それでもあの時は在処と形状が分かっただけでもよしとしました。その後、カイラ様の目を盗んで解析でも持ち逃げでもすればいいんですから。あ、そういえばあの魔力を増殖させるペンダント!あれも欲しかったんですよねぇ。あれがあればもっと……おっと」
ユキの目の前で火花が散った。カイラが攻撃し、それを既のところでユキが防いだのだ。
「話の途中です」
ユキが不貞腐れたように言う。カイラはそんなユキの目を見ないようにしながらも、じっと睨みつけた。
「もういい。貴様の目的は分かった」
「じゃあ治療薬、渡してくれるんですね」
ニコニコとユキが微笑む。そんなユキに、カイラもあえて笑って見せた。
「そんなわけ無いだろう。貴様の話が嘘か本当かなんてどうでもいいが、俺は、戦争だの国を滅ぼすだの、そういう下賤で品のない事柄には関わるほど暇じゃない」
そう言って、再度ユキに向かって攻撃魔法の姿勢を取った、その時だった。
「なっ!!」
ユキの住み着いていた部屋から、突然何か獣のようなものが飛び出してきた。
カイラは思いがけない獣の襲撃に、思わず体勢を崩してしまった。
その獣は、魔法により巨大化しており、強い力でカイラを抑え付ける。
「一体何だ!?この畜生……ね、猫!?」
それは、カイラの庭に集まっていた猫達のうちの一匹だった。明らかに目の色が違い、操られている。
「ユキ、貴様、動物は誘惑できないとか言っていなかったか」
カイラは、巨大化した猫に押さえつけられながらも、動揺を悟られないよう努めて冷静にたずねた。
ユキは肩をすくめた。
「まあ動物はちょっと時間がかかるんですよ。ここに来た時から時間をかけてゆっくりと魔力を注ぎ込んでようやく……。たまに部屋で夜な夜な魔力を注ぎ込んで……。いやあ、部屋に監視魔法がかけられていたと聞いたときは、バレるんじゃないかとハラハラしましたけど、まさかの泣き落としが通じるとは思いませんでしたよ」
「……随分と嫌味な言い方だな」
カイラはムスッと言うと、ユキはキラキラした顔で首を振った。
「嫌味なんてとんでもない。私、カイラ様お優しいなって思いましたよ。まあ甘いな、とも思いましたけど」
そう言いながら、ユキはゆっくりとカイラに近寄った。
「まあ、正体がバレてしまってはここにはいられません。早く治療薬の解析をして、あの小国に地獄を見せなければ。
さてカイラ様、私の目、見ていただけますね?十分もあれば、この家の治療薬を全て奪って立ち去ることは可能ですから」
ユキは、巨大化猫に押さえつけられたままのカイラの顔を両手で掴んだ。
カイラは目をつぶり、ユキを見ないようにしていたようだが、顔を掴まれた途端に、突然大きな声で笑い出した。
「ユキ、貴様、俺とそこそこ長く一緒にいて、何度も誘惑魔法をかけたくせに、俺のことは何も分かっていないようだな」
「な、何を……?」
ユキは今日初めで動揺した声をあげた。
「偉そうに。誘惑にかかると、ただほ甘えん坊になっちゃうくせに」
「ふん、誘惑にかかっていようがいまいが、甘えん坊だろうがなんだろうが、俺は俺だ。ユキ、貴様は俺が、惚れた相手をみすみす逃がすような馬鹿な男だと思っているのか?」
そう偉そうに言い放ったカイラは、目を見開き、自らユキの目を見つめた。
「なっ!?」
思いがけないカイラの行動に、ユキは魔法が狂い、カイラを押さえつけていた猫の魔法は解けてしまった。
ユキは慌ててカイラを警戒した。
しかし、カイラの「ユキちゃぁん……」という甘い声が聞こえ、ユキはホッと息をはいた。
――大丈夫、あんなのただのハッタリだわ。あんな甘えん坊、恐れるに足りない。
そう思い、ユキは甘えん坊を放置して、急いで魔法薬の保管庫に向かった。




