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第10話

 それは天候の悪い夜の事だった。


 雨が降る直前のような強い風がガタガタと窓を揺らす中、カイラはネズミの死骸を使って何やら薬を作っていた。


「カイラ様は怖いものとか無いんですか」


 ユキが、カイラによって鷲掴みにされているネズミを、不気味な物を見るような目でちらりと見ながらたずねた。カイラは肩をすくめてみせる。


「俺は大魔法使いだ。この俺に怖いものがあると思うのか?もしかしてこのネズミのことか?ネズミは魔法薬の材料の基本だ。怖がってどうする」

 そう言いながら真っ黒な鍋にネズミを投入する。


 その様子を見ながら、ユキは不安げにたずねた。

「……まさかあの激マズの治癒薬にもネズミが入ってたり……」

「しない。さすがにな」

 カイラは苦笑いを浮かべる。


「ユキはネズミが怖いのか?」

「怖いです。噛まれたことがあるし、あの子たち、病気を運ぶとか言うじゃないですか。病気、怖いです」

 ユキはぶるぶると震えてみせた。


 そんなユキをカイラは鼻で笑う。

「そう言えば前も物音をネズミじゃないかって大騒ぎしたしな」

 そう言いながら、カイラは魔法薬の入っている鍋の蓋をしめた。グツグツとおどろおどろしい色の湯気をまき散らす鍋を、ユキは不気味そうに眺めていた。


「そんなに期待に満ちた目で見なくてもいい。さて、あとは明日の作業だ。もう寝る。ユキも早く寝ろ……」


 その時だった。


 ピカッという強い光と、ドーン!という強い音が響いた。


「うわ、強い雷ですね」

 ユキが窓を見て言った。

「凄い音。近くに落ちたんですかね」

「……そう、だな」

「早く収まればいいですね。では私も寝ますね。おやすみなさ……」


「ちょっと待て」


 ユキはカイラに思いっきり腕をつかまれ、転びかける。


「な、何でしょうか」

「……今日は俺の部屋で寝ろ」

「え?」

「寝ろと言っている」

「え?何でですか」


 聞いたことのない必死な声での聞いたことの無い命令に、ユキはただただキョトンとした。カイラはユキの腕を更に強くつかんだ。

「えっと……ネズミ」

「はい?」

「午前中、ネズミを、貴様の部屋で見たから」

「えっ、そうなんですか!?」

「そう、だから、俺の部屋で、寝たほうがいい。前も言ったが、俺は貴様のような赤子のような身体には興味がないから貞操の危機など心配しなくてもいいしな」

「いや、でもカイラ様の部屋なんて申し訳無いので、台所か居間で寝ますね」

 ユキがそう言って、カイラから腕を振り払おうとした。しかしカイラは怖い顔になっていた。

「この俺がいいって言ってるんだ。俺の部屋で寝……うぁっ!!」


 ピカッ、とまた強い光が部屋の中に入ってきて、地響きでもしそうなゴロゴロという音が同時に響く。


「……カイラ様……もしかして雷が怖いんですか」


 ユキがおそるおそるたずねると、カイラはキッと睨みつけてきた。


「そんなわけ無いだろう!この大魔法使いの俺に怖いものなんて……ひぃっ!!」


 雷の間隔が近くなってきた。

 ユキは、腕に必死でしがみつくカイラの手をさすった。これ、完全に怖いんじゃん。

 ネズミがいたなんて誤魔化して……。

 ユキは呆れて、腕にしがみついているカイラを見つめた。


 でもカイラは素直に怖いなんて言わない人である。


 ならば。


「えっと……うん、わかりました。私お言葉に甘えて、カイラ様の部屋で寝ますね」

 ニッコリと言って、ユキはカイラの手をひいてカイラの部屋へ向かった。

 カイラは無意識なのか、ぎゅっとユキの手を強く握っていた。


 カイラの部屋に一緒に入り、二人でベットに腰掛ける。ユキはカイラに言った。

「あ、カイラ様、私、カイラ様の目を見ちゃった気がします」

「は?」

 カイラは、ユキの突然の発言の意味が分からず、ポカンとした。

  しかしそれに構わずにユキは続ける。

「目を見ちゃったと思うので、カイラ様は甘えん坊になるかもしれません」

「は?何を言ってる。俺は全然甘えん坊になんかなったりは……」

「甘えん坊に、なっちゃった。困ったなあ」

 ユキは棒読みでそう言うと、カイラをぎゅっと抱きしめた。

「おい、ユキ。貴様何をして……」

 その時、また雷が鳴った。


 ビクッと震えるカイラを、ユキは更に強く抱きしめる。


「甘えん坊に、なっちゃってるから、雷みたいなもの、怖がっても仕方ないかなぁ」


「……」

 カイラは察したようだ。

 そして、一瞬戸惑ったようだったが、すぐにユキを抱きしめ返した。


「よしよし、怖くないですよ。私が今夜一緒に寝ますからね。ずっと抱いててあげるので大丈夫ですよ」

「……ずっと、抱いていろ。離したら承知しない」

「離さないです。安心してください」

「絶対だぞ。ずっとギューってしてろ」

「はい、もちろんです」

「朝までだからな。途中でいなくなったら承知しないからな」

「はい。朝までだっこしてあげます」

「……だっことか言うな。恥ずかしい」


『ギュー』はいいのに『だっこ』は恥ずかしいんだな、変なの、とユキは不思議に思った。


 それでも、不器用に甘えるカイラを、ユキは寝るまで抱きしめていた。


 ※※※


 次の日は、驚くほどの晴天だった。


「おはよう御座います」


 ユキは、先に起きていたらしいカイラに声をかけた。


 カイラはユキをみると、苦虫を噛み潰したような顔になった。

「貴様、昨日は……」

「すみませんでした。昨日もまたカイラ様に誘惑魔法をかけてしまって。また甘えん坊にしちゃいましたね」

「……ああ」

 カイラは気まずそうに頷くと、目も合わせずに言った。

「そうだな。また目が合ってしまったな。今後気をつけるように」

「はい」

 ユキは元気に返事をした。


 雷が怖いんだ。いいこと聞いちゃったな、あれはあれで可愛かったな、とユキが少し上機嫌だったのは、カイラには秘密である。

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