第60話 既視感
何とか一週間が終わり、今日は土曜日である。少しだが、記憶も戻ってきた。
例えば「詩織さん」ではなく「姉ちゃん」だったり、「中野さん」ではなく「那月」といった呼び方。最近は何か一つの目的をもって行動していたこと。
まだはっきりとしないことが多いが、関わることの多かった人についてはある程度記憶が戻ってきた(石崎や瀬川、莉子と姉ちゃんと那月、それから両親)。
それでもイマイチ思い出せないことが多かった。頭の中で霧がかかったように霞んでいて、輪郭だけがぼんやりと見えた。
そして今日は、今まで行ったことのある場所に行くらしい。
「優希、準備は出来た?」
「出来たよ、姉ちゃん」
「むぅ……私も行きたかった」
「莉子はお留守番よ」
駅に集合して遊園地に行くらしい。その遊園地には莉子は着いてきていなかったらしく、留守番になって拗ねていた。
帰ってきてから埋め合わせと言うのか、莉子のやりたい事をやると約束し、僕たちは駅に向かう。
僕たちが駅に着く頃には既に他のメンバーは揃っていて、丁度駅に停まっていた電車に乗って遊園地へ向かう。
「優希、どう? 何か思い出せそう?」
「何とも……見覚えがあるような気がするだけで」
「まぁ、あの日と同じように回れば少しは思い出すんじゃないかな」
大きい遊園地で、入口には列が出来ている。少し潮の匂いがして、海が近いことが分かる。ここからは観覧車が見え、どこか見覚えのあるような気がする。
少し時間がかかったが僕たちは遊園地に入り、コーヒーカップに乗る。
石崎が全力で回したせいで全員酔ってしまってダウンし、比較的マシだった僕は近くにあるチュロスと飲み物を買いに行く。
「すいません、チュロス5本下さい」
「はい、お待ちください」
どこか既視感のあるやり取りをして、僕は続いて飲み物を買いに行く。
飲み物を買いに行こうと歩き出し、しばらくしたところで頭にズキッとした痛みを感じ、僕は道の端に寄って少し休む。
頭に浮かんだのは若い男女で、女性の方は左手の薬指に指輪を嵌めていた。顔はボヤけてハッキリとは分からないが、男性の方はよく知る人物のような気がする。
しかし今思い出した中のどの人物にも当てはまらず、僕は少し疑問に思ったが、皆が待っているため飲み物を買いに歩き出した。
☆☆☆
その後、この遊園地で一番大きいジェットコースターに乗ったり、迷路やお化け屋敷に行ったりした。
那月や姉ちゃん、石崎が絶叫系や高いところが苦手なことや、那月が迷子になりやすい事。姉ちゃんが「氷の玉砕姫」と呼ばれるくらいのオーラを出せることを思い出した。
それでも、何か僕にとって重要なことを忘れているような気がしてならなかった。
既に日は傾いていたが、最後に観覧車に乗るようだった。
「優希くん、何か思い出せそう?」
「まだあんまり……ごめんね」
「いやいや、優希くんが謝る事じゃないよ。まぁ、私と詩織先輩と莉子ちゃんのことは思い出して欲しいなぁ」
「がんばる……」
僕は自信なさげにそう呟く。
何を頑張るのかは分からないが、取り敢えず頑張ろうと思う。
もしかしたら、それが”重要なこと”なのかもしれない。
あっという間に僕たちの順番が回ってきて、僕たちは観覧車に乗る。
3人で並んで座るには狭いため、僕が反対側に1人で座る。
「優希、今日は楽しかった?」
「うん。楽しかったよ」
「それは良かったわ」
僕がそう言って微笑むと、姉ちゃんは嬉しそうにニコニコとした笑顔になった。
そして、その横で那月がニヤニヤと笑っている。
「……何よ」
「いや、ブラコンだなぁと思って」
「失礼ねっ、likeじゃなくてloveよ。弟としてじゃなくて……ん゛っ、何でもないわ」
とてもいい発音で姉ちゃんはそう言った。途中まで言ったところでチラと僕を見て、急に話すのを止めてしまった。
ライクではなくラブ。僕を好きだとしても愛しているだとしても、家族なのだから関係ないのではないだろうか。
そう思ったが、姉ちゃんが話すのをやめたのを見て僕はその質問を引っ込めた。
そして、姉ちゃんは話を逸らすように別の話題を始める。
「あら、海が見えるわよ? 優希、こっち来る?」
「そう言えば前もそうだったね。優希くん、見てみたら?」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
夕方の海といえば、綺麗なイメージがある。上から見る海はどんな感じになるのだろうか。
僕はそう思い、姉ちゃんの方に寄る。
すると、姉ちゃんに腕を掴まれ、僕は姉ちゃんに急接近してしまう。
近くで見ると、姉ちゃんはとても顔が整っているのがよく分かる。
僕と同じサラサラとした黒髪に、黒曜石のような黒の瞳、長い睫毛に小さめの口。
義姉だとしても、やっぱり少しドキッとしてしまう。
そして、僕がそう思った瞬間、頭の中に電撃が走り、様々な光景が流れる。
情報量の多さに、僕は頭を抑えて元の席に戻る。
「優希、どうしたの? 調子悪いの?」
「うぅ……」
「優希くん! 大丈夫?」
「うぁぁ……」
あまりの恥ずかしさに、僕は膝に顔を埋める。
思い出したのは、那月と姉ちゃんと莉子とした約束のこと。そして、それまでに3人からされたことの全てである。
一緒に風呂に入ったり、下着の那月や姉ちゃんと寝たり、莉子に指をしゃぶられたり……。
それらのあまりの恥ずかしさで、僕は小さく呻いていたのだ。
「思い出したよ……那月と姉ちゃんと莉子のこと」
「本当? 本当に思い出したの? ……やったー!」
「うわぁっ!」
僕が思い出したことを伝えると、2人は顔をパッと輝かせて僕に抱きついてくる。
思い出した内容と2人の行動によって、僕はショートして人形のようになってしまう。
その状態で2人に頭を擦り付けられながら、僕は家に帰ったら同じことがあるかもしれないと思い、また少し恥ずかしくなる。
3人のことを思い出したにも関わらず、胸の中の霧は晴れなかったため、僕は何を忘れているのかと不思議に思った。
次話、再起です。
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