第31話 一つの感情
飲み物を持って戻り、しばらくして全員が回復してからまた瀬川に着いて回ることにした。
「次はどれ乗るんだ?」
「ふふふ。アレだよ」
そう言って瀬川が指さした先には、この遊園地で1番大きいジェットコースターがあった。
全長2000m、高さは最大で90m。途中で何周もぐるぐる回っていて、今乗るものじゃない気がする。
「なぁ、ホントに乗るのか?」
「もちろん乗るよ!」
「…お前なんで震えてるんだ? もしかして高いとこ苦手だったりするか?」
「そ、そんな訳ないだろ! スカ○ツリーの透明な床でジャンプ出来るわ!」
そういう割には脚ガクガク震えてるんだけど。
まぁ、言ったところで認めなさそうなので、そのまま連行していく。
「なぁ、ホントに…」
「乗るぞ。無理ならやめといた方が」
「……いや、大丈夫だ。大丈夫」
ホントに大丈夫なのだろうか。
まだ列に並んでいる最中なので、引き返すなら今のうちなのだが。
このジェットコースターは結構人気らしく、待ち時間が思ったより長かった。
そう考えると、早めに乗るのには納得である。
あともう1つ心配な点があるとすれば、後ろの2人だ。
那月と姉ちゃんが、2人で抱き着きながらブルブルと震えている。
絶叫系はダメなんだろうか。
3人とも、無理そうなら戻った方がいいと思うのだが、なんでこうも意地を張るのかな。
30分ほどして、俺たちの順番が回ってきた。
もう乗ってしまったので降りることは出来ない。3人を見ると、青ざめていて、一言も発することができないようである。
瀬川も、3人のことを心配そうに見ている。
すると、ジェットコースターが動き出した。
さすがに変な方向を向いている訳にも行かないので、前を向く。
最初から結構高い所まで行くタイプのやつで、ジェットコースターはジワジワと上へ向かっていく。
そろそろ頂点に達しようかというところで、後ろから小さく悲鳴が聞こえた。俺と瀬川は1番前なので、後ろのことは分からないが、那月か姉ちゃんのどちらかだと思う。
頂点に達し、下り始めようとするところで後ろからこんな言葉が聞こえた。
「ひぃっ、やっぱ無理無理。助けて…」
「ち、ちょっと、那月。がんばって…」
「無理…目眩してきた」
「ちょっと、大丈……キャァァァァ!」
分かったのはそこまでで、姉ちゃんの悲鳴が聞こえたあとは風の音で何も聞こえなかった。
「ーーふう、楽しかったね!」
「そうだな。俺と瀬川は、だけどな」
「う、うん。なんか申し訳ないね」
「いや、戻らなかったアイツらが悪いだろ…」
ジェットコースターから降りて、外に出ると、石崎は真っ直ぐトイレに向かった。
色々と限界だったんだろう。
那月と姉ちゃんはと言うと、那月は殆ど意識が無くて、姉ちゃんは完全にダウンしていた。
「ホント、なんで乗ったんだ…」
「あはは…」
昼ご飯を食べて、その後は少し休憩して、また別のアトラクションに乗ることにした。
最初に向かったのは迷路。鏡で出来たやつ。
案の定、那月は迷子になって、何故か入口から戻ってきたのだが、よっぽど怖かったのか、半泣きになっていた。
もう那月を迷路に連れていくのはやめようと思った。
次に向かったのはお化け屋敷。
先に瀬川と石崎に行かせたら、結構な大きさの悲鳴が聞こえてきた。
俺も結構期待して入ったのだが、全く怖くなかった。
むしろ、全く驚かない俺を怯えてるようですらあった。あなた達、お化け役なんだから怯えてちゃダメでしょ。
最後に入った姉ちゃんと那月は、何故か男の人の悲鳴が聞こえてきた。
何があったのか聞くと、お化け役の人が逃げていったらしい。
那月によると、姉ちゃんが学校でのオーラを全開で出して進んだらしい。
そりゃ怖くもなるよな。
思ったよりも時間がなかったので、最後に観覧車に乗ることにした。
石崎はちょっとダメそうだったので、乗らないかと思ったが、乗りたいらしい。
石崎いわく、観覧車って青春って感じしないか? との事だった。
元気そうでよかった。
先に俺と那月と姉ちゃんが乗った。
「ふぅ。今日は疲れたけど楽しかったね!」
「まぁね。でも無理せずジェットコースターとかは止めとけば良かったのに」
「いや、皆で一緒に遊びたくて…」
「なるほどね。姉ちゃんも?」
「勿論そうよ」
そういうことだったのか。
待ってる間に残った人達で別のアトラクションに行って来ればいいのにと思っていたが、皆で遊ぶことの方が大切だったらしい。
俺にはそこら辺のものが欠けてしまっている気がする。また取り戻していきたいね。
「あ、見て! こっち側から海見えるよ!」
「「ホント!?」」
「うん。ホントホント。こっち来て」
もう時間も夕方で、今見たら凄い綺麗なのではないか。
そう思い、那月の方へ近寄る。
すると、那月に腕を掴まれ、那月と物凄く顔が近くなってしまった。
「ほら、見て優希くん! めっちゃ綺麗だよ!」
夕焼け色に染まり、急に近づいた那月の顔に、俺は思わずドキッとして、見とれてしまった。
その時、頭の中で何か電気が流れたような感覚がした。なんだろうか。
那月は俺が見つめていることに気づいたのか、こちらを向く。
正面から見た那月の顔は凄く整っていた。思い返すと、こうやって近くから那月の顔を見たことは無いかもしれない。
パッチリとした二重の大きな瞳、長い睫毛、整った鼻筋。愛嬌のある優しい顔立ちだ。
俺たちが見つめ合ったまま固まっていると、
「お二人さん、私がいることを忘れないでもらえるかしら?」
「「あっ!」」
「全く……優希、こっち向いて」
「なに? っ!」
俺の顔と姉ちゃんの顔がくっつく位近い。唇には柔らかい感触。キスされてる?
10秒程そのままでいただろうか。ようやく姉ちゃんは俺を離してくれた。
「ぷはっ…姉ちゃん、何するんだよ」
「優希こそ忘れてるのかしら。私たち、本当の姉弟じゃないのよ」
「えっ? ……あっ!」
そういえばそうだった。なんで忘れてたんだろう。
とすると、今までやってきた事って……。
なんだ急に恥ずかしくなってきた。
「やっぱり。…まさか忘れてるなんて思わなかったわ。そうでもなきゃ、私のアピールが全く通じないのはおかしかったしね」
「え、あ、うん。そうだね。…なんだか懐かしい感覚だ。久しぶりにこんな気持ちになったかも」
「「?」」
2人は分かっていないようだが、俺はあの日から今日まで、抜け落ちてしまった感情がある。
恐らく、その内の1つに、「好き」という感情があったのだと思う。
そうでもなきゃ、あんな事されて何も考えないはずは無い。
血の繋がっていないと分かった後の姉ちゃんに何も感じなかったのもおかしい事だ。
…今考えると恥ずかしくなってくるな。
何がきっかけかは分からないが、何故かその感情が戻ってきた。まだ他の感情は戻っていないが、これでようやく1つ、俺自身があの日から変われたのだ。
その後は、俺は何らいつもと変わらない態度で、普通に観覧車を楽しんだ。
まだアイツらに仕返しを出来てはいないが、俺が変わらなければならない事に変わりは無い。
その為には、まずは抜け落ちた感情を取り戻さなければならない。
他にも、やる事はある。仕返しをする為には、まだ準備が必要だ。
俺は今後やる事を確認し、遊園地を後にし、石崎の別荘に戻った
はい。今回は少し話を進めました。これで、那月やお姉ちゃんの恋が進展するかもしれませんね。
次話、2日目 夜です。
誤字脱字、アドバイスなどよろしくお願いします。




