スプートニク・ショック15
涙で目の前の景色が滲む。透子さんの顔はぼやけ、奥の席の女子高生たちの姿も万華鏡のように歪んで見えた。
そうこうしていると料理がテーブルに運ばれてきた。店員は事務的に料理名を復唱し注文したメニューを私たちの前に並べる。黒とピンクの二種類のパスタ、そして申し訳程度の小さなサラダ。そんな私の心を移したように粗末な料理だ。
「まったく……。ここの店員は情緒の欠片もないのね」
店員が引き上げてから透子さんが非難めいた言葉を吐き捨てた。
「いえ……。すいません」
「陽子ちゃんが謝ることないよ。悪いのは惣介! アイツは本当にどうしようもないんだ」
透子さんは苦虫を噛みつぶしたような顔で言うと深いため息を吐いた。
「あなたと付き合ったのが京介なら良かったのに……。あの子ならきっとあなたを大切にするわ。ほら、京介って私に全く似てないじゃない? プラス父親にも似てない……。不思議よね。確実にあの子は私とあの人の子供なのに」
透子さんは絞り出したように言うと首を横に振った。きっとこの首を振る仕草は透子さんの癖なのだ。そしてその癖はちゃんと息子にも受け継がれている……。
「ま、とりあえずご飯食べちゃおう! 冷めたら不味くなっちゃうからね」
「はい」
そう言うと透子はイカスミパスとを口いっぱいに頬張った。桃色の唇がイカスミで黒く染まる。
パスタを口に運びながら私たちは当たり障りがある話をたくさんした。……と言っても私はほとんど聞き役で九割は透子さんの恋愛遍歴みたいな話だ。アラフォーバツイチ女の恋愛事情。女性週刊誌に載りそうな脂ぎった話。
私は透子さんの自由奔放な生き方をまるで恋愛小説でも読んでいるような気分で聞き続けた。数々の男たちと関係を持ち、時には一晩だけの関係になり、時には男にストーカーみたいなことをされて警察沙汰になり、時には結婚までこぎ着けたらしい。(もちろん結婚した相手は惣介の父親だ)
不思議なことに彼女の話にはどれも面白おかしいオチが付いていた。全ての恋愛がまるで落語みたいに綺麗に完結していた。もしかしたらオチありきで恋愛してるのか? そんな意味の分からない錯覚さえ覚えるほどだ。
やはりそんな話を淡々とするこの人はただ者ではない。ある種の尊敬と軽蔑を持ってそう思った――。
「とにかく! 陽子ちゃんは私みたいな恋愛しちゃダメよ? 悪い見本で反面教師! そう思ってくれた方が賢明だと思う」
一通り恋愛遍歴を語り終わると透子さんが戯けたように言った。きっと彼女なりのエールなのだと思う。彼氏の母親から前向きに息子と別れろと言われるのは変な気持ちだけれど……。
「分かりました。とにかく惣介と一度話してみます!」
「そうしなぁ。それでもし惣介がうっさいこと言うようなら私に言ってね。とっちめてあげるから」
透子さんはそう言うと子供のような笑顔を浮かべた。その笑みは男をたらし込むあの顔ではない。幼い少女のように純粋な。そんな可愛らしい笑顔だった。




