スプートニク・ショック13
それから私たちは大学から少し離れたファミレスに移動した。廉価なイタリアンレストラン。この前の高級フレンチとはかなり対照的な店だと思う。
「ここでいい?」
そう訊く透子さんの横顔には少しの申し訳なさが滲んでいた。『安い店でごめんね。今月ピンチなの』そんな心の声が漏れ聞こえるようだ。
「大丈夫です」
「ありがと。今度はもっと良い店連れてくからね」
そう言って透子さんは舌の先を出して戯けて見せた。いちいち癇にさわるオンナだ。と心の中だけで毒づく。
店内に入るとすぐに私と同い年ぐらいの女性店員がやってきた。そして「空いている席にどうぞ」とだけ言ってすぐ引っ込んでしまった。おそらくかなり忙しいのだろう。その様子は他のホールスタッフの動きからも察することが出来た。
「けっこう混んでるわね」
透子さんは店内を見回しながら独り言のように呟いた。そして窓際でバカ騒ぎしている女子高生に冷たい視線を向ける。
「若いって良いわね」
透子さんは冷ややかな口調でそんなことを言った。言葉のままの意味ではない。どちらかと言えば嘲笑だと思う。『可哀想に。あなたたちも将来は小うるさいババアになるのよ。ご愁傷様』。そんな意味が込められているようだ。
それから私たちは化粧室前の四人がけの席に座った。幸いなことに周りに客は居ない。ここなら密談しても他人に聞かれる心配はなさそうだ。
「さて……。好きなもの頼んでちょうだい。ここは私が持つから」
透子さんはそう言うと私にメニューを差し出した。
「はい……。じゃあお言葉に甘えて」
「うん。好きなの頼んでいいよ。ここは吐くほど食べたって五千円掛かんないしね」
この前の上品さはどこへやら……。透子さんはあっけらかんと言うとだるそうに立ち上がった。
「ちょっとタバコ吸ってくるからねぇ。私はイカスミパスタとドリンクバーだから陽子ちゃん決まったら一緒に頼んどいてちょうだい」
透子さんが喫煙所に行ってしまうと急に心細い気持ちになった。相変わらず女子高生たちは下ネタ全開の恋話に夢中だし、少し離れた席に居る男子大学生はこちらをチラチラ見ている。酷くアウェイな気分だ。
それから私は明太子パスタとサラダのセットを注文した。控えめに言ってかなり粗末な食事だ。まぁいい。どうせここで食べるものになんて期待はしていないのだ。彼氏の母親との会食するための食事。本当にただそれだけだ。
注文を終えると少し肩の荷が下りた気がした。タスク終了。そしてこれから新たなタスクが始まる。そんな気分だ。
ふと店内の壁紙に目を遣る。そこにはルネサンス期の絵画が壁紙として貼られていた。ビーナスの誕生。ボッティチェリの作品だ。確かこのビーナスは某デザイン系ソフトのアイコンにもなっているらしい。
それから私はその絵画を眺めながら透子さんが戻ってくるのを待った。海から誕生した愛と美の女神ビーナス、彼女の左側には西風の神ゼフュロスとその妻である花の神フローラ。向かって右側には裸のビーナスに衣を纏わせようとする季節の神ホーラー。そんな構図の絵だ。眉唾な知識だけれどおそらく間違いないと思う。これでも美術は好きなのだ。特にルネサンス期の絵画は気に入っている。
私がそんな拙い絵画鑑賞をしているとやっと透子さんが戻ってきた。出て行ったときと同じように手にはタバコが握られている。
「お待たせ。注文してくれた?」
「はい!」
「ありがと。……じゃあご飯来る前に話しちゃおうか」
透子さんはそう言うと眉間に皺を寄せた。どうやら彼女にとっても頭が痛い話のようだ。




