月不知のセレネー33
柏木くんとそんな話をしていると私のスマホに着信が入った。画面には『京極裏月』と表示されている。
「はい、お疲れ様です」
『もしもしー。お疲れ様です。陽子さん今電話大丈夫?』
電話越しに京極さんの明るい声が聞こえた。柏木くんはそんなこと意に介さないみたいにおつまみに手を伸ばす。
「うん。大丈夫よ。どうしたの?」
『ありがと。ジュンから聞いてるかもだけど……。明日時間空いてたら例のプロジェクトのことで話したいんだよねぇ。ウチらのサマーツアーのこともあるからちょっと話詰めときたくてね』
「ツアー? まぁ……。大丈夫よ。明日は午前中は空いてるから。西浦さんいても良いなら発掘部まで来る?」
『うん! そうするよ。てか西浦さんいてくれた方がウチらとしても都合良いからね。じゃ! 明日よろしくです』
「了解! じゃあ九時半に発掘部で待ってるね」
そう言って電話を切る。どうやらこれで明日の午前中の予定は埋まったらしい。
「『バービナ』の歌い手さん?」
電話が終わるとすぐに柏木くんにそう聞かれた。
「そう。明日午前中に打ち合わせしたいんだってさ」
「そう。彼女熱心だよねぇ。若いのに礼儀正しいしさ。それでいてヤンキー気質ってとこがまたいいよねぇ」
柏木くんは京極さんをべた褒めすると冷め切ってしまった残りの軟骨唐揚げを自分の取り皿に流し込んだ。
「まぁねぇ。あの子根は良い子だからね。ちょっと融通利かないとこあるけど……。それもあの子の個性だとは思うね」
「そうそう! 京極さんってこだわり強いもんね。俺も何回か絡んだことあるけど感じ良い子だったなぁ」
「随分とあの子にご執心なのね?」
「そりゃそうだよ。だって京極さん美人だし、ノリ良いし、オタクに理解あるし。いやマジ最高だよね」
柏木くんはそう言うと「マジで!」とダメ押しみたいに付け加えた――。
思えば京極さんは良くも悪くも社内では有名人だった。いや、一応メジャーアーティストではあるので有名人なのは当たり前なのだけれど、それを差し置いても彼女は話題に事欠かない人物なのだ。
良く言えばフレンドリーでノリの良いおバカキャラ。悪く言えば融通の利かない頑固娘。そんな感じだ。まぁ私自身彼女のことは好きだし、これから先も応援してきたいとは思うのだけれど。
「今日はご馳走様でした……。本当におごって貰っちゃっていいの?」
「いいよ。言ったでしょ? 今日は君の歓迎会。主役は黙って飲み食いすれば良いのよ」
私はそんな風にまるで上司みたいに振る舞うとテーブルの下に置かれた伝票を手に取った。二人で飲んだにしては安すぎる。そんな伝票を。




