8 リョーマの先生
「ニコラス先生~」
イヤに目立つ金の装いの竜人……エリィが、既に開いている戸を叩いた。
「クロガネなら広場ですよ」
「おまえの名前を呼んだでしょう? 誤魔化すのはよしなさい」
(クロガネの世話で手一杯なんだがなぁ……突然何なのか)
ここはニコラスが営む診療所……の、真隣にある彼の自宅だ。彼はほとんどの時間を診療所で過ごすので、自宅には最低限のもの、例えばベッドや、ランプなどしか置いていない。
彼は寝起きだ。しかも、ちょうど起きたところ。エリィは狙いすましてこの時間に訪ねてきたのだろうか?
「一人ですか?」
「いいえ、リョーマと来ました」
あたりを見回してみるが、彼の姿はどこにもない。
「どこですか?」
「クロガネに見つかってしまって。連れ去られましたわ」
(アレも大変だな)
クロガネは常日頃から、リョーマと再戦したいとばかり言っている。基本的には適当にあしらっているが、たまに爆発することがあり……そういう時は隙を見て魔法で眠らせたり、子供を買収して遊びに付き合ってもらったりする。
しかし、本人を見つけてしまっては、どうしようもない。この辺鄙な村が破壊されないことを祈るばかりだ。
「ご用件は?」
「あら、あら。ふふ、お話をしに来ただけですわ。そんなに構えないでくださいな」
(無茶を言う……)
竜人などという高貴な生物に、個人的な要件で訪ねられるなど、無限に等しい命があっても滅多にないことだ。ほとんどの人間は、竜人との縁など築く前に死を迎え入れるはず。警戒するのが自然だ。
「お茶、ありまして?」
「…………ここにはない。あっちに行こう」
親指で、真隣の建物を指した。
そんなこんなで、二人はラウンジの、丸い机の周りに向かい合って座った。
日光が程よく差し込むよう、建物の向きと窓の大きさに、窓の目の前に生い茂った草花までもが調整されている。ここは診療所の、もっとも人が通る廊下に面している。万人にとっての憩いの場となるように、最大限の配慮がされていのだ。
テーブルの上には、紅茶が入れられたカップが二つ。香りの立った、いい茶葉だ。
「この紅茶……ずっと北の方のものでは? こだわってらっしゃるのね、意外ですわ」
「お察しの通り、この村を訪れた旅人が残していったものですよ。ここは浮世離れしていますからね……たまに、変な人が訪れるんです」
何かしらの達人が、気を休めるために訪ねてくることもある。しかし、村の人間が相手の凄さに気付くことはまずない。
「失礼、無駄話でしたね。要件は?」
「リョーマのことで、いくつか聞いてみたいことがありまして」
(えらく好かれたもんだな。それほどの魅力がアレにあるとは思えないが)
捕まってしまったのだから仕方がない。正直に答えて、さっさと解放してもらうとしよう。
「ニコラスさんが、彼に魔法を教えたのですか?」
「……なるほど、そういう話ですか。ええ、私が教えました」
リョーマが大工として一人前になって、あらゆる情熱を失っていた時期の話だ。村の人間がみな心配していたから、何かさせた方がいいだろうと思い、ありきたりに魔法を教えた。
「はっきり言って彼、天才ですわ」
「……ええ、私もそう思います」
「しかし、彼はあまり自覚がないようですわね。日々の生活の中で、魔法を使うことはほとんどありませんの」
「それは、少し違いますね。アレはバカですが、それはアレが勉学というものに全く励んでこなかったからです。実は、意外と鋭いところもあるでしょう、ねぇエリィさん?」
エリィには心当たりがあった。直近のことで言うと、リョーマに秘密で大きなダイヤモンドのついたティアラを手に入れたのだが、その日の食事で、
「なんかいいもん手に入れたのか」
彼に気付かれた。とはいえ、共に暮らし始めて結構経つから、そういうこともあるだろう……最初は笑っていた。
「今回は……ダイヤモンドだろ。ネックレスか? ……違うのか。なら、ティアラかなぁ?」
言葉は一言も返さなかったのに、表情のわずかな変化で見抜かれた。普段はそんな感じしないのに、たまに見せる観察眼の鋭さに、感心したものだ。
「使おうと思えば、もっと頭を使えますよアレは。……使わずに千歳を超えてしまったようなので、今から叩き込むのは骨が折れるでしょうがね」
「あら、あら。面倒だから避けたのですか?」
「そりゃそうでしょう。なにより、アレにその気がありませんでしたから。やる気のないものに、知恵を授けることはできません」
才能が全てではないのだ。努力が伴わなければ、真の意味で大成することはできない。
「魔法も同じです」
「……! リョーマは、魔法の才に気付いていながら……その気がないと?」
「そのようです。まあ、全く興味がないというわけでもないように思いますが……もっと大事なモノが、彼にはあるのでしょう。あるいは、”あった”か」
エリィはその手の話題に覚えがあった。彼自身から聞いた話だ。
「なるほど、前世での……それほどとは……」
「彼の才能に興味がありますか。正直、期待するだけ無駄だと思いますよ」
「ふふ、そんなことはありませんわ」
リョーマが何を思って足踏みしているのか。人の身で、千年(正確には七百年)も何もせず暮らすなど、”普通ではない”。
「空っぽであるなら、新しく与えればよいのです。情熱が湧き出るものを」
「おやおや……随分気に入ってらっしゃるご様子で。アレのどこがそんなにいいのか、参考までに聞かせてもらっても?」
ニコラスが尋ねると、彼女はしばらくポカンとしていた。不自然な間だった。
「……欲しいのです」
「……?」
「私は価値のあるものを愛しています。価値とは、希少であるもの、卓越しているもの、美しいものについてまわるものです。リョーマには価値があります。だから、欲しいのです」
(ふむ、アレの魔法の才能に魅入られたか……しかし、竜人ともあろうものがそれだけでここまで執心するものか?)
エリィの目は本気だった。嘘は全くついていない。よほどリョーマが気に入ったようだ。欲しいという言葉は、宝石や絵画を求めるかのような、コレクター的な精神を連想させるが……そうではないと、ニコラスは見抜いた。
(……まさかな)
ありえないとは思いながらも、好奇心を抑えられなかった。
「もしかしてだが、顔が好みだったり?」
エリィは沈黙した。長い沈黙だった。
「……オホホ」
(おやおや、これは驚いた……アレの容姿は至って平均的だったと思うが、竜人に好まれるとは。クロガネも気に入っているようだし……まさか、クロガネもアレの顔が……?)
衝撃の事実を暴いてしまったせいで、考えが迷走し始めた。あれこれとくだらないことを考えているうちに、エリィは紅茶を飲み干していた。
「美味しかったですわ」
「……おや、お帰りで?」
「ええ。お忙しいのに、付き合ってくださってありがとうございます」
(よく言うよ)
有無を言わさず付き合わされただけだ。
「待てぇい!! いざ、尋常に勝負じゃッ!!」
「だぁから!! 村のど真ん中でやるわきゃぁねェだろが!? 場所考えろ、場所!!」
クロガネとリョーマの、元気な声が聞こえた。楽しそうで何よりだ。
「さっさと持って帰っていただきたい。村が壊れる」
「うふふ、そうします」
帰り際、エリィは振り返って、ニコラスに問いかけた。
「クロガネはよくやっていますか?」
ニコラスは一瞬考えた。
「……あれは不思議な性格をしていますね。戦好きと聞いていましたが、他者を労わることにも長けている」
人間の心の機微を感じ取って、壊さず、癒すような接し方をする。第一印象とは真逆だ。
「子供が好きなのは本心でしょうが、親の苦労も憂いているらしい。彼女と初めて遊んだ子は、もう随分背が伸びてしまったが……今度は、思春期の悩みに親身に寄り添っている」
「ふふ、いい子でしょう? 今後も、仲良くしてあげてくださいね」
診療所の仕事が楽になるだけでなく、竜人についての調査も捗る。願ったり叶ったりだ。
「ああ、そちらこそ、アレを頼みますよ」
「もちろん」
彼女の笑顔はわざとらしかった。記憶の奥底に眠っていた、誰かの営業スマイルが急に思い出された。
「リョーマ、帰りましょう」
「なぬ!? 後にせんかエリィ!!」
「そっちが後にしろ!! お前と戦う気はねぇ! 帰る!!」
エリィとリョーマは、ほどなくして村を後にした。彼らが去っただけで、ずっと静かになった気がした。
「ケッ、せっかく相見えたというのに、戦えなんだか」
ラウンジまで帰ってきたクロガネが、乱暴に座りながら愚痴を吐いた。ニコラスは、ため息を吐いていた。
「村ではよせ。人が多い」
「フン!! 端からここで戦うつもりなどないわ。逃げるあやつを追いかけていただけのこと」
……クロガネは、竜人にしては人間に理解があり過ぎる。不気味なくらいだ。
「そうだ、今日も手伝ってほしいことがあるんだが、頼んでもいいかね」
「よかろう。……念のため言っておくんじゃが、手合わせの約束、忘れるでないぞ」
「はいはい。覚えているよ」
こうして、日常が戻ってきた。次にアレらが訪れるのは、百年後くらいになって欲しいなと思うニコラスであった。




