第8話 ブルー・ノートの滝
テンションの森を抜け、一行が辿り着いたのは、新大陸の最深部にある「ブルー・ノートの滝」だった。
この世のものとは思えない光景だった。滝の水は上から下へ流れるのではなく、重力に逆らうようにゆっくりと空へ向かって昇り、霧となって虹を描いている。その色は、深い海のような、あるいは泣き出しそうな夜空のような、不思議な「青」に輝いていた。
「……ビマさん、聴こえますか?」
ディマが、耳を澄ませる。
「この滝の音、『ド』でも『シ』でもないんです。その中間の、僕たちの法律には存在しない、ずっと低くて切ない音が鳴っている……」
それは、王国の法律が「不純な音」として切り捨ててきた「クォーター・トーン」――4分の1音の響きだった。人間が言葉にできない、喜びと悲しみが混ざり合った瞬間にだけ漏れる、溜息のような音。
アマが、そっと滝の飛沫に手を触れた。
その瞬間、彼女の瞳から、一筋の涙がこぼれた。
「……不思議」
アマは、涙を拭おうともせず、呟いた。
「この音を聴いていると、影武者として無理に笑っていた頃の自分を、許してあげられるような気がするわ。完璧に調律されなくても、この『ズレた音』のままで、生きていていいんだって……」
誰も、その言葉を遮らなかった。
ビマも、ディマも、それぞれの中に、同じような「許せなかった自分」を思い出していた。
滝の轟音は、次第に巨大な溜息のように聞こえ始め、三人を陶酔させていく。
その時、ビマは、激しく昇る水のカーテンの向こう側に、鏡のように反射する不自然な光を見つけた。
「……おい」
彼が、目を細める。
「この滝は、ただの自然現象じゃない。この裏側に、何かが隠されているぞ」
ビマが「♭5」の剣で水の帳を切り裂くと――そこには、見たこともない通路が、静かに口を開けていた。
地図の上では、王宮から最も遠いはずの場所。
だが、その扉の向こうに何が待っているのか、三人はまだ知らなかった。
**♪ 今日の音楽理論ひとくちメモ**
「クォーター・トーン(四分の一音)」は、半音よりもさらに細かい音の隙間。西洋の一般的な音楽理論では使われませんが、ブルースやアラブ音楽などでは、この「ちょうど間の音」が独特の切なさを生み出します。




