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ガラス越しに見えた嘘、俺は全てを捨てて歩き出す  作者: ledled


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第5話:代償と成功、同じ夜に

誠司が名古屋に来て、一年が過ぎた。


「スケーリル」のユーザー数は三万人を超え、法人向けのプレミアムプランも動き始めていた。売上は月に数十万円規模になり、フリーランスの案件と合わせると、広島で会社員をしていた頃より収入は上回っていた。誠司は特に派手な生活をするつもりもなかったが、仕事が形になっていくことへの手応えは確かだった。


咲との関係も、少しずつ変わっていた。


最初は「カフェの常連客と店主」だった。週に何度か訪れ、コーヒーを飲みながら少し話す、それだけの間柄だった。それがいつからか、閉店後に二人でご飯を食べに行くようになり、休日に映画を観るようになり、誠司がスケーリルの新機能について相談すると咲が真剣に耳を傾けてくれるようになった。


「北山さんって、怒らないですよね」


ある夜、居酒屋で咲が言った。


「怒る?」


「なんか、嫌なことがあっても、感情で動かない感じ。静かに処理するっていうか」


「昔から、そういう性格なんです」


「怖くないですか。怒れない方が、溜まりそうで」


誠司は少し考えた。


「怒りたいことが、なくなったのかもしれないです。最近は」


咲は「そっか」と笑って、ビールを飲んだ。


「それって、いいことだと思います」


「そうですね」


誠司も笑った。


そんな日常が続いていた、ある秋の夜のことだった。


午後七時頃、スマホにMINEの着信通知が入った。


奈緒だった。


「久しぶり。元気にしてる? 少し話せないかな」


一年以上ぶりの連絡だった。以前は短いメッセージが来ることもあったが、最近はずっと音沙汰がなかった。誠司はしばらくその文面を見てから、「ちょっと待ってもらえますか」と短く返信した。


その夜、田村から電話があった。


「誠司、大輔のこと聞いた?」


「いえ、何かありましたか」


「会社でちょっと問題が出たみたいで。詳しくは知らんけど、経費の使い込みがどうこうって話が出てるらしい。奈緒とも揉めてるって噂も聞いたよ」


「そうですか」


「冷静だな」


「昔の話なので」


田村は「まあそうか」と言って、本題の別の話に移った。誠司は電話を切って、冷えたビールを一口飲んだ。


大輔が問題を起こした。奈緒との関係も壊れかけている。


驚きはなかった。悲しみも、特になかった。ざまあみろとも思わなかった。ただ、そうなったか、という静かな感想だけがあった。


その翌週、誠司のスマホに一件の着信があった。


東京の大手IT企業「トワイライトテクノロジーズ」からだった。スケーリルのことを知り、ぜひ話を聞かせてほしい、という連絡だった。


翌週、東京でのミーティングが設定された。


会議室に入ると、相手方の役員が三人、資料を広げて待っていた。スケーリルのユーザー数、成長率、マネタイズの仕組み。誠司が説明する前に、相手はすでによく調べていた。


「率直に申し上げますと、買収のご提案をさせていただきたいと思っています」


役員の一人が言った。


誠司は静かに話を聞いた。数字も、条件も、スケジュールも。


「少し時間をいただけますか」


「もちろんです。一週間でもお待ちします」


新幹線で名古屋に戻りながら、誠司は車窓に映る夜景を見ていた。


一年前、広島を出たときには想像もしていなかった展開だった。あの頃の自分は、ただ逃げ出したかっただけだった。次がどうなるか、分からなかった。それでも動いた。動いたから、今ここにいる。


さきかぜについたのは夜の九時過ぎだった。閉店間際で、咲が店内を片付けていた。


「どうでしたか、東京」


「いい話が来ました」


誠司は簡単に経緯を話した。咲は黙って聞いていた。


「どうするつもりですか」


「受けようと思ってます。スケーリルをもっと大きくするためのリソースが必要なので」


「じゃあ、良かったですね」


咲は微笑んだ。


「北山さんが頑張ってたの、ずっと見てたので。嬉しいです」


誠司はその言葉を聞いて、少しだけ目元が緩んだ。


「ありがとう」


咲は「コーヒー入れますね」と言ってカウンターの奥へ歩いていった。誠司はスマホを取り出し、奈緒からの未読メッセージをもう一度確認した。


「少し話せないかな」


誠司は静かにメッセージを閉じた。


今夜は、返さなくていいと思った。


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