「命日」
8月31日の夏の終わりを迎えた頃、まだ陽は照っていて額には汗が滲む青空の下、僕は母親と祖父に連れられて田舎道を車で進んでいた。周りには田園風景が広がり、道路の両脇には青々とした街路樹が等間隔に生えていた。車に乗っていてもわかるほど、街路樹から蝉がミンミンと鳴き、残暑の厳しさをより一層感じさせていた。
祖父からパソコンを譲り受けてから数日が経過していた。僕は墓参りに向かっているのだ。母親が運転する車をスマホ画面片手にナビで案内をし、目的の父の墓所に向けて舵を切っているのである。対向車線を走る車には家族連れが多く見受けられ、これから入る山々の中にある墓所近くにある川辺で遊んできた様子が車外から見てとれる。うちの車内とは雰囲気がまるで違っていた。こちらの車内では重々しい空気が流れているにも関わらず、対向する車内は陽気で活気に満ちていた。
「父さん、どうしていなくなってしまったの」
父との記憶はそれほどない。幼少期から父は海外へ仕事の都合で出張することが多かったためだ。中学生になった頃、祖父伝てに父が亡くなったと聞かされた時はショックでどうにかなりそうであった。母親と祖父に何度も父が亡くなった理由を聞いては喚いていたのだ。しかし、どちらも父の死因については打ち明けてはくれなかった。
「不慮の事故で亡くなったのよ。今はそれしか言えないわ」
葬儀の終わり際に涙ながらに母にそう言われたのが最後であり、それ以上詮索しても何も出てこなかったのである。それから高校に上がった僕は祖父の部屋をよく尋ねるようになった。祖父と父に繋がりがあることは明白だったからだ。当時、祖父はAIを扱うテック企業の役員であり、その祖父が仕事終わりに一階の和室で言葉を絞り出すようにして生前の父のことを教えてくれた。父は天才的な工学博士だったのだ。量子コンピュータとAIを融合させた業界きっての最先端の研究をしていた研究者だったのだという。祖父の会社に勤務していた事実を聞かされ、それなら死因を教えてほしいとまた何度となく祖父に迫った。しかし、詳細は教えてくれなかった。
「お前にはまだ早い」
祖父はそう言って口を固く閉ざした。僕はその父と会うために、毎年こうして山間部にある墓所まで足を運んでいる。車から家族連れを見るたびに、もし父が生きていたら、と思うことさえある。仕事で忙しそうにしていた父であったが、僕がほしいと言ったものは必ず叶えてプレゼントしてくれていたからだ。どんなに海外出張で忙しくても、僕の誕生日やクリスマスイヴには必ず駆けつけてくれていたからだ。だからこそ、行き交う車内に映る家族像が眩しく、それでいて胸が締め付けられるほど羨ましかったのだ。
三人を乗せた車が大通りを逸れてじゃり道に差し掛かる。この先の山の尾根に僕の父の墓があるのだ。僕は運転する母を横目に手元のスマホ画面を見た。スマホ画面にはマップでナビが示されてあり、位置情報を衛星と通信しているせいかカメラの隣にあるインジケーターランプがずっと点灯しっぱなしであった。スマホに内蔵されている写真フォルダを見ても家族四人が写っている写真はあまりにも少ない。決まって写し出されるのは家族四人で祝った誕生日の時の写真であった。幼い僕がおもちゃを持ってはしゃいでいる横で僕を抱え込む父親の姿とその横で見守るように佇む母と祖父の写真である。僕はスマホ画面を写真フォルダから再度ナビに切り替えて母を案内することにした。父親との思い出はあまりにも少ないが、父は確かに僕の父親であった。そう思って僕は今残されている母と祖父二人を支える道の舵を切っているのである。
墓所はちょうど一年前の今日に来てからほど変わってはいなかった。周囲には雑草が生い茂ってはいたものの、墓石自体は汚れもなく綺麗な形を保っていた。僕は祖父と母を墓所まで案内し、近くの用水路で水を汲みに行った。用水路に流れる水は天然水そのものであり、触れる指が夏の残暑だというのに悴むほどの冷たさであった。その水をバケツに汲み入れ、墓石にかけてはない汚れを懸命に落とすように持ってきたスポンジで周囲を洗い流すのだ。
せめてもの親孝行になればいい…。今まで暑かったのだから、今日くらい涼しくして過ごしてほしい…。
その思いを込めて冷水で墓石を丁寧に洗い、周りの雑草を引っこ抜いて、買ってきたばかりの花を手向けて線香にライターを灯した。線香独特の匂いが鼻腔を貫く。母と祖父は墓前で手を合わせ、祈ったのだ。
墓前で手を合わせるたび、徹は思う。父は何が原因で亡くなったのだ、と。本当に事故だったのか、と。答えは闇の中ではあるが、祖父の言っていた「お前にはまだ早い」という言葉が頭の中をぐるぐると回りだす。それは僕が幼すぎたからか。もう年齢も今年で18歳になり、大人と言っても差し支えない時期のはずだ。祖父は何かを隠している。その考えが確信に変わろうとしていた。
墓石の片付けが終わった後の墓参りの帰り道、僕は祖父に声をかけようとして祖父を静止させた。先ほどまで頭の中を回り続けた言葉の答えを聞くためである。その答えを聞こうとして言葉を口から紡ぎ出そうとした時、母が声をかけてきた。
「徹。写真、撮ろうか」
「え?」
突然の母親の提案に僕は少し狼狽えた。道中も車内でほとんど喋らなかった母である。黙々と運転をしていたその母が口を開いたのだ。
「三人で写真、撮ってないでしょう。お墓をバックに写真撮りましょうよ」
僕は、うん。と頷いて祖父と母と共に墓石の前に立った。
「写真、僕のスマホでいいよね」
僕は自分のスマホを構えて三人をカメラに映し出した。その瞬間、カメラ横にある小さなインジケーターランプが見たことのない緑色に点灯した。
「あっ」
思わず声を上げつつ写真を撮る。スマホ画面を見返して写真を見直すが、そこには三人が墓所の前で佇む一枚の写真があった。ただ、僕は見てしまったのだ。写真を撮ろうと構えた数秒間、三人の背後にわずかな光の歪みがあったことを。それはまるで、もう一人が僕らの側に立っているような歪みであったことを。




