【59話】一歩
ティアレン森。
王国で最も危険な地域の一つである。
豊富な魔力の恩恵をたっぷりと受けたこの地域は、その恩恵ゆえの凶暴な環境であった。
その豊富な魔力の影響を受けた生物たちが、その強さを誇示しているからである。
少し冒険家の話をしよう。
冒険家の評価だが、環境や地域ごとに望まれる能力が異なる場合が多い。
例えば平和である王都近くでは、本来の冒険家の能力より、貴賓への接し方、マナーや秘書としての立ち回りを重んじる。
故に優秀な行政家も多い。
それが冒険家というと微妙だが。
話が戻るが、ティアレン森はとても危険だ。
頻繁に、飢餓や領域争いに負けた魔物が降りてくる。
それが重なると森に直接潜り込む。
これ全てを対応するのは冒険家だ。
ゆえにティアレン森の付近で活動する冒険家たちの、純粋な冒険家としての能力は、他地域の冒険家とは格が違うこととして有名であった。
同等級でも格の違いを見せてくる。
それが「ティアレン森の冒険家」である。
王都では品のない田舎者と貶す冒険家も多いが、実際のところは劣等感に過ぎない。
──
──ティアレン森、隠居地から離れて間もないところ
ルナとラークが森の中を歩いている。
森を成している巨樹は一つ一つがとても大きい。
見上げても天辺が見えないほどであり、太い巨樹の場合、直径数メートルにもなる。
周りにはその樹木がばら撒いた子らが若木になって育っている。
隠居地を出る時の天気はとても良かった。
ちょうどいい気温で、雲一つない青い空。
だが、森の密度の高い樹木の枝と葉っぱで、その空を覆い、地面には日陰を作り出していた。
また、ルナの目に映る範囲には木だろうが岩だろうが苔で覆われている。
誇張ではなく、ルナの目の前に見える景色は緑がほとんどであった。
隠居地は何故か魔物が近寄らない場所であった。
その安全地帯を抜け出して2時間ほど経つ。
随分と離れたが、今もとても平和な感じがする。
だが、ルナはふとある事に気づき、緊張し、警戒する。
それは鳥の音だ。
隠居地ではいつもチュンチュンと鳴く鳥の音が、気づくと今はすっかりと聞こえない。
シーンと静まり返っていて、聞こえる音と言えばラークと自分の歩く音のみであった。
──ガサガサッ
横から音が聞こえた。
その瞬間──
鋭い牙を見せつつ大きく口を開けた何かが襲う。
──ズバッ
ルナの目の前にその何かが血を流しながら飛んで行った。
そう遠くないところにそれが落ちる。
ラークを見る。
──ビューン
いつの間にか取り出したヴォルグを振るい血を払っている。
「油断するな。」
そういいながらヴォルグをしまい、斬ったものの方に近づく。
角が生えている兎だ。
目がおかしい。
瞳孔があり、白目があり、さらにその外側に真っ赤な丸がある。
その外側の真っ赤なところが気持ち悪く蠢いている。
後ろ足が切断されていて、お腹も切られたらしく内臓が丸出しだ。
辛うじて息をしているが、近づくラークを見ると唸る。
兎の鳴き声は聞いた事はないが、明らかにこれではないだろうとルナは確信する。
近づき、短剣で容赦なく首を刈り取るラーク。
首から血が吹き出し、それが弱まる。
そのまま兎を持ち上げルナに見せる。
気持ち悪く蠢いていた部分はもう動かない。
「目を見ろ。一般の獣と目に見える大きな違いだ。
こんな目をしているやつを魔物と呼ぶ。
基本的には食える部分が少ない。
毛皮だけ取って捨てろ。」
とボキっと背骨を折る。
脊髄反射だろうか、全身がビクンと大きく跳ねる兎。
そのまま毛皮の処理方法を教えながら解体していく。
「──魔物の肉は基本的にとても不味い。
あまり食えたものではない。
こいつの場合はないだろうが、体液が毒となっているやつらもいる。
下手したら死ぬぞ。
毒があるかないかを確認するときは、そいつから血を出して、草とかに垂らしてみろ。
何かの変化があれば、毒入りだ。それと──」
解体し終えて、残った肉と骨はそのまま遠くに投げ捨てる。
ブロンの時とは違う処理法。
こっちの方が雑だ。
これを機に色々と教えていく。
優先順位の決め方。
水場の探し方。
食べられる植物と食べられない植物。
動物を狩る為の簡易罠の作り方など。
キノコは例え知っている形であっても手すら出さないこと。
──気が付くと、日が大分傾いていた。
「──教える量が多すぎたな。
まあ、これからは繰り返しこれらをやる。
今は全部覚えなくてもいい。」
「そろそろ野営の準備をすっか。」
「はい。」
「まず、寝床も適当に選んではダメだ。いくつか守るべきものがある。」
魔物から安全な所。
夜は気温が落ちる為、風が吹かないか弱い所。
一本道ではなく、退路を確保すること、など。
そして適度な場所を見つける。
枝を拾ってくるように指示するラーク。
その間、ちょうどいいサイズの若木をヴォルグで切り倒す。
薪として割っておく。
本来の生木は水分が含まれている。
そのため、割るのはとても難しいが、ラークには構わなかった。
ルナが集めた枝を最初の薪として、火をつける。
その周りにラークが割った薪を置いて乾燥させる。
これらを教える。
「夜の火は基本的に危険である反面、自分を守る手段でもある。
何故なら、この火を見て襲ってくる魔物も、人間もいるんだ。
だが、夜に活動する魔物の中では、明るいことを恐れ近づこうとしないはずだ。
もちろん例外はいるがな。」
ルナが持ってきた枝をいくつかとり、短剣で串を作る。
それに隠居地から持ってきたパンやソーセージなどを刺して、焚き火の周りにその串を刺した。
「どうだ?外は。」
串を一つ抜きルナに渡す。
そしてもう一つを抜き齧りながらルナに感想を聞く。
「まだ、よくわかりません。色々と習ったものが多すぎて。」
「そういうのを聞いているんじゃない。」
苦笑するラーク。
ポケットからスキットルを取り出して蓋を開ける。
一口飲むラーク。
「──初めてじゃないか?」
──ドクン
ルナにとってティアレン森は事実上初めての外出である。
それを聞き、改めて実感するルナ。
「あっ。」
串からソーセージの食べかけが落ちる。
「わっ、早く拾って食え!3秒ルールだ!」
「え?」
急いでソーセージを拾ったものの、土まみれだ。
それを見たルナは苦笑しながら言う。
「──うーん、やっぱりそっちもまだよくわかりません。
感想...ですか。
うーん。」
ソーセージに着いた土を少しずつ指で払いながら悩むルナ。
指にソーセージの油が付く。
やっぱりこれは食べられないと思い、焚き火の中に投げる。
「そうだな。別に大したことじゃねーよ。
俺の初冒険ってどんなんだっけと忘れちまってよ。
お前はどうなんだって聞いてみたかっただけだ。」
「うーん、やっぱりわかりません。でも──」
──そう夜が更けていく。
綺麗な数多の星々と美しい月が樹木の狭間から見える。




