幻影の森 ─ 欠片を集める二人
森の奥へ進むほどに、幻影獣の気配は濃くなった。
木々の間から時折薄い靄が立ち上り、そこから赤い光の核を持つ魔物がじっと息を潜めていた。
蓮は剣を抜き、ゆっくりと間合いを詰める。
肩のリィが小さく翼を揺らすと、魔物はそれに気づき、低く唸った。
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「今だ」
蓮の声と同時に、リィが口を開く。
小さな体から溢れる青白い火線が、幻影獣の胴を正確に貫いた。
動きが止まった瞬間を逃さず、蓮は一気に踏み込む。
剣の刃が幻影獣の赤い核を真っ二つに裂き、霧のような体が四散した。
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次の瞬間、地面に淡い光が落ちる。
手を伸ばし、それを拾い上げる。
細かく輝く多面体――《幻獣印章の欠片》。
「これで……23個目か」
肩のリィが小さく鳴いて尻尾を巻く。
その柔らかな感触に、蓮はわずかに頬を緩めた。
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森は静かだ。
けれどその奥から時折、金属と金属がぶつかり合う音が響いてくる。
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しばらく狩りを続けるうちに、欠片は30に届こうとしていた。
剣の切っ先が少しずつ重く感じる。
だがリィのブレスに合わせる呼吸はどんどん研ぎ澄まされ、次第に互いの間合いが息をするように合っていく。
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そんな中。
少し先の木陰から、突然派手な破裂音と悲鳴が上がった。
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「くそっ……PKだ!撤退しろ!!」
「狩場取られるぞ!!死ぬな、ここで止まったら討伐ペース終わる!!」
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蓮は剣を下げ、そっと息をつく。
(欠片は奪われない……でも、あれじゃもう狩れないな)
狩場を奪われる。
それが何より痛い。
欠片は討伐数に比例する。
一度狩場を失えば、また遠い別の場所へ行く必要がある。
その間にライバルたちは先へ行く。
リナ、ブラッククロウ……あの辺りは絶対にそんな隙を見せない。
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SNSを確認すると、既に新しいログが溢れていた。
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【SNS】
「森西側、ブラッククロウが完全制圧www」
「討伐止められたやつら、みんな別の狩場へ移動中」
「リナは森東でソロ狩り継続。欠片35だってさ」
「PKされたけど欠片は無事。……でも狩場奪われた。あそこ効率良かったのに」
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リィが少し不安そうに瞳を揺らし、蓮の頬を突っつく。
蓮は軽く笑ってリィの小さな頭を撫でた。
「大丈夫だ。お前がいれば、どこに行っても狩りはできる」
リィは「キュッ」と短く鳴き、嬉しそうに尻尾を蓮の首に巻いた。
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森のさらに奥からは別のモンスターの気配があった。
PKや大規模ギルドの動きを避けて少し離れたルートを進むのは、効率こそ落ちるが狩りを続けるためには必要な選択だった。
蓮は剣を軽く肩に担ぎ、視線を前へ向ける。
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「次に行こう。もっと狩る。もっと欠片を――そして素材を手に入れるんだ」
リィが楽しそうに羽をばたつかせ、先へと飛んでいった。
森の奥へとさらに踏み込むほどに、幻影獣の群れは密度を増していった。
その分、一体あたりが落とす素材の質も少しずつ良くなっていく。
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肩のリィが素早く木々の上を滑空する。
柔らかく光る翼が、葉をわずかに揺らした。
その動きに反応して下の茂みから幻影獣が飛び出す。
「今だ!」
蓮が声を上げると、リィは小さな口を大きく開き、淡い光の奔流を吐き出した。
地面に火線が走り、幻影獣の脚を焼き切る。
動きが止まった一瞬を見逃さず、蓮は剣を一閃した。
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黒い刃が魔素を切り裂く。
幻影獣の赤い核が割れ、淡い光と共に素材と欠片が地面に落ちた。
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拾い上げると、それは欠片だけでなく
薄い銀色に透けた膜のような物質――《幻獣の薄膜》だった。
武器の柄巻に使うと軽量化と振り速度が上がる、高級な副素材。
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「……いい調子だな」
蓮が小さく息を吐き、リィの頭をそっと撫でる。
リィは尻尾を蓮の腕に軽く巻きつけて、誇らしげに小さく鳴いた。
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ステータスを確認すると、欠片はもう 38個。
リィも小さな体を揺らして、いつもより少しだけ羽ばたく音が軽い。
(お前も進化してるのかもしれねぇな)
蓮は小さく笑い、その笑みを剣の刃に映した。
そのとき。
遠くの森の奥から、わずかに鋭い破裂音が響いた。
空気を震わすそれは、矢が魔素を裂いた音だ。
(……リナか)
すぐにSNSを確認すると、最新の投稿が次々と流れていた。
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【SNS】
「森東側やばいwwwリナが30m超の射程から矢撃ち込んでる」
「PKじゃなくても弓で狩場追い払われるって地獄だなw」
「ブラッククロウは南の谷に移動したらしい。もう制圧気味」
「蓮どこ行った?欠片50は超えてるだろあのペースw」
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蓮は剣の柄を少し強く握る。
(気づいてる奴は気づいてるってわけか)
肩のリィが小さく「キュッ」と鳴き、蓮の頬を鼻先で突っついた。
「……大丈夫だ。今はまだ俺たちの狩場だ」
リィは目を細めて、安心したように喉を鳴らした。
その後も蓮は狩りを続けた。
幻影獣を3体倒すたびに欠片がまた5つ増え、さらに青い霧を抱えた個体から
《幻獣の鱗粉》が落ちた。
防具に塗り込めば、軽量化しつつ魔力伝導率を高める素材。
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「……これで剣と鎧、両方変えられるかもしれねぇな」
リィに話しかけると、小さな竜は楽しそうに尻尾を巻いて頬を擦りつけてきた。
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ただその頃には、森の奥から聞こえる破裂音がさらに頻繁になっていた。
遠くの視界で、黒い人影がいくつも動いている。
PKか、それとも別のギルドか。
クロスたちが森の南側に移動したというSNSの情報は本当らしく、
そちらから時折聞こえる鋼鉄を叩くような音が静かに恐怖を煽った。
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蓮は深く息を吸い、リィをそっと肩に乗せる。
小さな体は少し震えていた。
けれど蓮が頬をそっと寄せると、リィは安心したように短く鳴き、また前を向く。
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「……まだ狩れる。お前とならまだまだ行ける」
その声にリィが力強く頷き、翼を広げた。




