表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

10話 マーリス3ー皇国の真実、嘘で塗り固められた美し国1ー

ブックマークしていただきありがとうございます。


「故国の才女は存在自体がチートでした」10話になります。

お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

マーリス様はティーカップを傾けて喉を湿らせると話し始める。

その楽し気な様子はこれまでの発言に不信感を抱いていた私の苛立ちをさらに募らせ、胸の内にある反発心を強くさせた。


しかし、私の聞かせた聖マーリス教の聖典の話を「すべてデタラメね」と切り捨てたマーリス様の聖女様と勇者樣の真実がいったいどんな内容なのか興味がないわけではない。

胸の内にあった反発心も新たに芽生え膨らんでいく好奇心という強力な誘惑には勝てず、私は渋々ながらもマーリス様の話に耳を傾けることにした。


「あなたの話にもあったけれど、すべては私たちが信仰する十柱じゅっちゅうの神から神託がなされ、私が浄化の力を得たことが始まりよ。十柱の神については知っているかしら?」


「...はい、一応は。書物に書いてある程度ではありますが。」


ぶっきらぼうに答えた私にマーリス様はクスリと笑って頷いた。


十柱の神とはマーリス様の母国であるアストロメリア王国が国教としているアストロメリア聖教が崇拝する神々の呼称である。

この神々は示す通り十柱とはしら存在している。


創造の神・・・あまねく万物を創造した神。

光の神 ・・・光を司る神

闇の神 ・・・闇を司る神

力の神 ・・・力を司る神

熱の神 ・・・熱を司る神

火の神 ・・・火を司る神

雷の神 ・・・雷を司る神

水の神 ・・・水を司る神

地の神 ・・・地を司る神

聖(命)の神 ・・・聖(命)を司る神


このうち創造の神を除く九柱は『魔法九大神』と呼ばれ魔法を司る神とされており、九柱は創造の神によって生み出されたと考えられている。


これらの神を信仰するのはアストロメリア王国だけではなく大陸にある五つの国のうち聖マーリス教を国教とするル・バニア皇国を()()四つの国で各国はそれぞれに違った言語や文化を持っている為、信仰する対象は同じであるものの国ごとにその呼称も定める教義の内容も異なっていた。


そんな彼らの神は非常にごく稀に決まった形で人々に対して()()()()()を示し、選んだ者に力を授けるのである。


マーリス様の言う通り、それがこの話のすべての始まりなのだった。


「この話の登場人物は私、ル・バニア皇国初代皇帝となった勇者ル・バニア、魔物の王と言われていた、リーゼ・ナハト。それから、私の侍女。」


(侍女?マーリス様達はわかるけれど、よりにもよって侍女?)


口を開きかけた私にマーリス様はすっと手のひらをこちらに向けた。


「待って。あらかじめ言っておくべきだったわ。とにかく黙って話を最後まで聞いてちょうだい。私が思うに、間違いなく話が進まなくなる。きちんと順を追って説明するし、まとめて質問にも答えるつもりだから。」


(黙って聞く?間違いなく進まなくなる?)


マーリス様はこれからどんな話をしようというのか。不審に思ったが続きが聞きたい私は言われた通りしばらくは黙って話を聞くことにした。

私が了承の意を示し頷き返すとマーリス様は向けた手を下げて話を続ける。


「まずは、私についてから話すわ。あなたの話ではマーリスはアストロメリア王国の平民の女ということだけれど、実際はそうじゃない。私は貴族の家に生まれたの。家はそれなりの家格だったわ。だから私は家の財力と権力で不自由ない暮らしをしながら色々と好きなことをさせてもらっていた。その頃はとても楽しかったわね。」


(家の財力と権力を自分のしたいことに使うですって?よくもそんなことを。貴族として恥ずべき力の使い方だわ。)


「まぁ、それも今思い返してみれば、どうしてあんなお馬鹿なことをしていたのかと思うの。そのことで周りの貴族や王家から私はずいぶんと恨みを買っていたから。ふふふっ。」


マーリス様は昔の楽しかった思い出を思い出したのか目を細めた。私はその表情に軽蔑のまなざしを向ける。するとマーリス様はすぐに何かを思い出したのか私を見てぽんっと手を合わせた。


「そうだわ。侍女に教えてもらったのだけど、私みたいなのを先の俗世では()()()()と言うらしいのよ。物語の最後には必ず断罪されてしまう役柄なんですって。ふふふっ。面白いでしょ?アルスは聞いたことがあるかしら?」


「いえ...。私は聞いたことはありませんけど・・・。」


(悪役、令嬢・・・。聞いたことはなくても意味が分かるような気がするわ。それにしても、悪役令嬢に断罪って、それって楽しそうに言うこと?自分の事でしょうに。それを侍女に言われるなんて、いったい王家や貴族に対してどんなことをしてきたのかしら、この方は。)


「それから、もう一人の人物。ル・バニア(勇者)のことだけれど、彼はアストロメリア王家に連なる高貴な生まれの人よ。ところが、彼は生まれは高貴な人間だけれど困窮する人々を救うために何かするような高潔な人間ではなかった。彼はね。王家も手を焼く困った人だったの。」


「はぁ・・・、困った、人ですか?」


気持ちが口を衝いて出る。物語の主人公である御二人が断罪される悪役令嬢に困った人とは。私は呆れ、この先の話の方向性に不安を覚える。


「それがただの困った人で済んだのなら良かったのだけれど、厄介なことにひどく脳筋を拗らせた人だった。」


(の、のうきん?ひどく拗らせる?どういう意味よそれ。なにか病の一種?)


悪役令嬢はなんとなく理解できるが、のうきんを拗らせるとは?聞きなれない言葉に私は意味を計りかねた。続く話を聞きながら頭の片隅でのうきんの意味を考えてしまう。


「王国では王家が計画的に各地のホットスポットに王国軍を派兵してホード(大群)対策のために討伐作戦を実施していたのよ。彼は兵の訓練を兼ねて王国軍を率いて魔物討伐に出かけることが多かったの。討伐を率先してやっていたとも取れるわね。」


(ん~、それで困った人?勇者様のどこに困ったところがあるというのかしら?)


ホード対策として定期的な魔物の討伐は必要である。しかし、魔物の討伐は危険を伴うので自ら率先してそれをしようという貴族はほとんどいない。

であるならば、危険を伴い積極的にやりたいとは思わない魔物討伐を()()してすることのいったい何が問題だというのか。勇者様のしていることは感謝されこそすれ、疎まれるようなことではないはずだ。


「問題は彼が王家の立てた計画を無視して頻繁に派兵したこと。計画された範囲内で行われる討伐については王家は喜んで彼を送り出したでしょうね。でも、多すぎるとなれば話は別。どうしてか、わかるでしょう?」


(う~ん、ということは。のうきん...って浪費のことかしら?違うような?でも、なるほどね。それで困った人か。であれば王家がそう考えるのも無理はないわね。)


私は問いかけに頷き返した。

兵を動かせば、人、物、金が多く必要だ。計画的に行うのは限られたそれらを無駄なく必要な所に投入し見合った効果を得るということに他ならない。

王国のホットスポットは数もそれほどで魔力密度も低い場所が多く頻繁に討伐を行う必要はない。王家にしてみれば、勇者様のしていることは貴重な資源の無駄使い以外の何物でもないということである。


「王家や大臣は無意味な派兵をやめるように彼にさんざん言ったけれど、まったく聞く耳を持たなかったの。彼の討伐派兵はかなり国庫を圧迫したようね。でもまぁ、これは氷山の一角にすぎない。彼は他にもいろいろと脳筋事件をやらかしたのよ。」


(過度な派兵...のうきん事件...?のうきん...って、本当にどういう意味かしら?気になって集中できないわ。とりあえず後で聞けばいいかしらね。)


のうきんについて考えていた私は話に集中するためこれ以上意味について考えることを止めた。


「そんなことで、王家にとって私たちは目の上のタンコブ。何か理由をつけて国外に追い出してしまいたいと考えていた。」


(まぁ、そう思われても仕方がないでしょうね・・・。)


私はため息をつくとこめかみに手を当てアストロメリア王家に思いを馳せた。


「ただ、私も彼も王国内では力があった。だから、礼儀を知らない王太子のお気に入りの令嬢を少しばかりいびって泣かせた()()()()()だとか。必要以上に討伐派兵して国費を浪費する()()()だとか。そんなことで私たちを断罪して王国から追い出すことはできない。現実は物語と違う。」


(はぁ...どれも面白い罪状ね。現実だろうが物語だろうが、マーリス様も勇者様も十分に国外追放の理由になりそうだけど・・・。王家も心が広いというか我慢強いというか、心中お察しするわ・・・。あら?)


当時のアストロメリア王家に心から同情の念を抱いていた私はふと視界の隅に光を感じて顔を上げる。

すると視線の先のマーリス様は祈るように目を伏せ胸に手を当てていた。

ほのかに淡い光を纏ったマーリス様はゆっくりと視線を上げ、私と視線を交差させるとふわりと柔らかな笑みを見せる。私はその姿にドキリとした。


「そんな時だったわ。十七歳の暑い日の事だった。十柱の神から神託がなされたの。そして、私は魔物を浄化する力を授かったわ。」


(!!...なんで急にそんな顔するのよ...その光は...。)


ガセボに差し込む光のヴェールを纏うマーリス様の周囲には小さな光の粒子が舞う。そのお姿は華やかでありながらとても幻想的で美しく()()と呼ぶにふさわしい神々しい姿に見えた。私はまるで素敵なおとぎ話の中にいるような気分になる。記憶を司る女神は言葉を続けた。


「あれは忘れもしない...そのときの気持ちを今でも覚えているの。私は思ったわ。これはきっと十柱の神から()が下されたのだと。私はそんな余計な力欲しいなんてこと一度も神に祈ったことはないのだもの。それはそう、力は見るのも汚らわしい魔物にしか役に立たないのよ?これでもかというくらい気分は最悪だったわ...。」(にやり)


言い終えると最後にマーリス様は悪戯っぽい笑みを浮かべた。その瞬間、神々しい女神様も素敵な情景もすぐに消え去り私は現実に戻される。


「どう?普通にしゃべってもつまらないでしょう?少し光魔法で演出してそれっぽく演技してみたの。神託が降りた時の私の気持ちが伝わったかしら?」


(はぁ...そんなことの為に光魔法を使ったの?だいたい、神様から授かった力は栄誉の証のはず。それを罰だなんて。)


十柱の神を敬拝する国々にとって神託が下り、それによって神から何かしらの力を授かることは非常な栄誉とされている。しかも、浄化の力は魔物の脅威という人々の暮らしや生命に直結した問題を一瞬にして取り払うことが可能な神聖で強力な力だ。それを魔物にしか役に立たないだとか気分は最悪だとか、神はなぜ()()マーリス様をお選びになったのか・・・頭を抱えてしまう。


「はぁ...。そうなのですね。」


私は何度目かのため息をついた。

とはいえ、聖マーリス教の聖典には神託が下りる以前の聖女マーリス様と勇者様については詳しく触れられていない。聖典から御二人の人物像について分かることは平民出の女性と勇者様にいたっては出自不明であるということだけだ。御二人についての真実に大きな差があったとしてもそれは重要ではない。


・・・はず。この話の根幹はそこに至る過程はどうあれ神託の()()と授けられた力である。

特に()()()()()()()()()と示されたことがすべての始まりなのだ。すべてはここからの話である。

そのことによって聖女マーリス様、勇者様が民を救い慕われ、ひいては皇国の建国にまで繋がるのだから。


マーリス様はもう必要ないと思ったのか、光魔法で出した光のヴェールと粒子を手で払いのけるように消し去る。


「私が力を得たことに王家はとても喜んだわ。私にとっては神からの罰でも王家にとってはこの力は神からの贈り物だったの。王家にはしたいと思っていてもできない事があったから。私がたまたま力を得たことでそれを実行に移す()()()()の両方を手に入れた。」


(アストロメリア王家のしたいこと?手段と口実?それが神託によって告げられたことと、どう関係するというの?)


「王家は随分前から魔法による国力の増強を推し進めようとしていたの。要するに今のル・バニア皇国みたいな国にしたかったのよ。それには大量の魔力が必要になることが分かっていた。でも、アストロメリアの国土には魔力の供給源となりそうな場所はあまり多くない。」


(魔法による国力の増強の為...魔力の供給源...。どういうこと?神託はどうなったの?)


神託は何にもおいて絶対とされる。神託の内容に対していくらアストロメリア王家と言えど入り込む余地などない。無視することも、内容を改変することもできないのだ。

それは彼らの定める教義に反する行いであり国に住む人々の善悪の基準として秩序を維持するための規範を犯す行為である。


しかし、マーリス様の口から触れられるのは授けられた力についてのみで神託の内容はおろか、()の一言も出てきていない。そのことはつまり。


(これでは王家は教義を蔑ろにしているようにしか見えないわ。どうして?そんなことしてただで済むはずがないのに...。は!まさか...浄化の力を...。)


「そこで目をつけたのが大陸の中央部、今のル・バニア皇国の領土よ。そこには多くのホットスポットがあることが分かっていた。しかも、すでにそこを統治している国があるといっても、ろくな軍備もない小国か少数部族の寄せ集めに過ぎない。統治とは名ばかり。王国がその気になれば、大した兵力を使うこともなく征服して何かしらの方法で支配下に置くのは造作もない。」


(...そう、...そういうこと。アストロメリア王家は新たな領土を手に入れるために、神から授かった力を使ったのね。自分たちの教義を無視してまで。)


私はとても残念な気持ちになった。そう思ったのはアストロメリア王家が授けられた力を利の為にではなく魏の為に使った。ということよりも人の頂に立つ王家が規範として守るべき教義を蔑ろにしたということである。

私のアストロメリア王家に対する同情心は消え失せた。


そこまで言い終えたマーリス様は私の表情を見て話を区切る。


「大丈夫?ずいぶん疲れた顔をしているわよ?少し休憩が必要かしら?」


気分は沈んでいるけれど疲れたわけではない私はゆっくりと首を横に振って気遣いが不要である事を示した。

マーリス様は「分かったわ。疲れたらいつでも言ってね」とさらに気遣ってくれる。向けられる気遣いに少し気分が軽くなった私は気持ちを奮い立たせると話に集中した。


「でも、世の中思い通りにいくようにはできていないのね。地の支配者はか弱い彼らではなかったのだから。そこで三人目の人物、魔物の王、リーゼ・ナハトが登場するの。彼女はね・・・。」


「え...!?」


(彼女!?魔物の王が、リーゼ・ナハトは女性ということ!?)


目を丸くした私にマーリス様は思い出したかのように言った。


「あ、そういえば知らないわよね?リーゼは女の子なのよ。まぁ、それを知っているのはごく一部だけどね。」


(しかもリーゼ呼び!?まるで親しい間柄みたいな言い方じゃないの!どういう関係よ!)


討伐する対象であるリーゼ・ナハトを親しい友人を紹介するかのように話すマーリス様に私の表情は険しくなる。


(リーゼ・ナハトの正体は!?マーリス様との関係は!?)


マーリス様とリーゼ・ナハトとの関係が気になってしまった私はそれがマーリス様の口から語られるのを待った。


「知っての通りその地を事実上支配していたのは人間ではなくリーゼの率いる魔物の軍団だった。その数は一般的なホードの約五十倍、数にして大体八千から一万と考えられていたわ。そんな規模の魔物と普通なら一戦交えようなんて思わない。いくら土地が欲しくてもそれらとまともにやり合えばさすがの王国軍も間違いなく壊滅的な被害を被ってしまう。王国のみならず他国も長らくその地に手を出すことが出来なかったのよ。」


しかし、マーリス様はリーゼ・ナハトの正体についてそれ以上触れることはなく話を先に進めた。私はもやもやを抱えたままだ。ただ、あとで必ず確認しようと心に書き留めた。


「だから、神託が降りたのは正に渡りに船だったというわけ。浄化の力は魔物に対して絶対的な力を発揮して一気に殲滅できる。しかも、その力を得たのがなんとか理由をつけて国外に放り出したい思っていた悪役令嬢だった。王家はこの機を逃すまいと考えた。悪役令嬢と脳筋を一緒にしてリーゼにぶつけてやろうと考えたの。王家はすぐに私と彼を王宮に呼びつけたわ。」


「登城した私達に王家は王命として命じた。浄化の力を使い魔物の王、リーゼ・ナハトとそれが統べる魔物を倒せってね。」


「私は難色を示したけれど彼は二つ返事でそれを了承したわ。王家は今まで見たこともないような顔で笑ったわ。いやらしい笑み、と言えばわかってもらえるかしら。」


(いやらしい、笑み?)


「王命にはまだ続きがあったの。それは、討伐隊の人選と編成はすべて、指揮官であるル・バニアにさせるけれど、王家は一切の兵員や食料などの物資とそれらを調達するための資金は出さないと彼に告げた。」


「え?」


私は小さく声を上げた。


(アストロメリア王家の考えていることがわからないわ。いくらなんでもそんな命令を遂行できるはずがないってことくらい分かるでしょうに。)


相手は魔物の王と呼ばれる存在である。その討伐となれば多くの兵や武具、馬や食料などの物資が必要になる、当然それらを運搬、管理するため随行する人も必要になる。


勇者様は高位の貴族でいくらか人は抱えているだろうがそれで賄えるはずがない。足りない数を一人ですべて用意するのは困難であることは明白だ。にもかかわらず王家はすべての調達を勇者様にさせ、王家は一切出すことなく、命令するだけとは。


「それを言われても彼は態度を変えることはなかった。」


(え?どうして?そんなのはいくら王命でも遂行不能よ。どうやってそれだけの人と物資、資金を調達するというの?)


勇者様は満足な兵も物資もなくどうやって王命を成し遂げようというのか。


「そして、彼は王家に対して見返りを求めた。もし、リーゼ・ナハトとその配下の魔物の軍団に勝つことが出来たなら、手に入れた領土をすべて自分の領地として、国を興すことを許可しろと。」


(国を興すですって?いくら何でもそんな見返りを了承するはずがないわ。だって、王家は土地を手に入れるのが目的なのだから。でも、今の皇国があるということは王家が勇者様の約束を守ったということよね。とても守るとは思えないけど。勇者様はどうやって王家に約束を守らせたのかしら?)


「彼は王家が考えていることも、この機を逃すまいとしているにも気づいていた。だから、無理な要求を飲み、その代わりとして大胆な見返りを求めた。彼は用意周到だったわ。それを王家に確実に守らせる為、決して反故にさせないためにすぐに()()()()()を突き付けたのよ。」


「はぁ?! ま、魔法契約書ですって!?嘘でしょう!?」


私は心底びっくりして目を丸くした。思わずマーリス様に不敬な物言いをしてしまったが、そんな私の態度にマーリス様は気にした様子もなく頷いた。


勇者様が突き付けた魔法契約書とは紙の契約書ではなく魔法で作成された契約書のことだ。

紙の契約書は簡単に改変、破棄され、双方ともに約束を反故にできてしまうが魔法によって作成された契約書は当事者間双方の合意の元で破棄の意思を示すか、よほど強力な()()魔法で無理やり契約書を破壊しない限り反故にすることはできない。


また、契約内容の履行についても魔法によって厳密に行われる為、魔法契約書を結んだ場合は()()守らなくてはならなくなる。罰則は内容や掛けられた魔法によるが場合によっては()()()()にかかわるのだ。


魔法契約書は滅多に使われることがない。それは別名、()()と呼ばれていることからも理解できるだろう。


「魔法契約書なんて王家は当然拒否すると思ったの。でもあっさりと了承した。」


(王家が...魔法契約書に...。)


「彼もさることながら王家も思い切ったことをすると思わない?彼も王家も必死すぎて周りが見えなくなってたのかもね。ふふふっ。」


「でも、王家も馬鹿じゃないわ。機を逃すまいとしていてもちゃんと考えがあった。じゃなきゃ、魔法契約書にサインなんてしない。」


「それもそのはず、相手は魔物の王、リーゼ・ナハトと率いる何千、何万もの魔物。王家は私達だけで戦いに勝てるなんてそもそも思っていないのよ。できたとしてもせいぜい魔物の軍団とリーゼの弱体化くらいは、と考えていた。」


「それはそうよね。だって、私たちはただの人だもの。いくら剣技や魔法に優れてた人でも、神から力を授かった人だとしても所詮は人。だから無敵じゃない。」


「きっと、私も彼も、死ぬだろうって。」


「王家としてはそれでもよかった。倒せなくてもリーゼや魔物の軍団の弱体化さえできればよかったの。自分たちの言うことを聞かない、邪魔な悪役令嬢と脳筋をまとめて魔物の王にぶつけて一掃し、加えてリーゼの弱体化を狙った。」


(ひどい...神託をないがしろにし、自分たちの教義を歪めたにもかかわらず。アストロメリア王家がそんなことするなんて、そんなのいくら何でも、そんなのは、ただの・・・。)


「そうなれば、後から王国騎士団を送って、なるべく被害を出さずに倒すことが出来るかもしれないと考えたの。要するに私たちは()()()というわけ。だから、アストロメリア王家が私とル・バニアに命じたの。魔物リーゼ・ナハトを倒せと。」


「これが、私とル・バニアがリーゼ・ナハトと戦うことになった経緯よ。これが真実なの。どう?幻滅したでしょう?でも、現実なんてこんなものなのよ。どんなに今が素晴らしい国だろうと建国のきっかけが立派で()()()()なんてこの世には存在しない。」


話し終えたマーリス様はティーカップを手に取り口をつけると何とも言えない顔をした。


(そんな...。)


私は反論する気にもなれず、冷めてしまったティーカップの中身を捨て紅茶を淹れなおすマーリス様の姿を見ていることしか出来なかった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

面白いと思っていただけましたら、ブックマーク、評価をお願いいたします。

とても励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ