本当の姿
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「どうやら妃殿下は一部の記憶を失ってしまっている様です。」
あの後すぐ。
目の前にいた皇子様は血相を変えて、近くにいた使用人に向かって「医務官を!」と叫んだ。
いきなり大きな声を出すものだから私も驚いて、何も言えずにいると時間をかけずに白髪のおじいさんが部屋へと入って来た。
何事かと思う暇もなく、私はそのおじいさんから色々と聞かれ、答えられる部分のみを話した。
答える度に周りの人達の顔色は悪くなるし、空気も重苦しくなる。
何かしてしまったのかと不安になり、おじいさんの顔を見つめるとにっこりと笑顔を返された。
その様子から、少し安心していたのだけれど。
おじいさんから発せられた言葉は到底信じられないものだった。
「怪我をされて倒れられた時、同時に頭を打っていました。その衝撃で記憶を失っているのでしょう。」
「そんな事が…。」
淡々と話すおじいさんの横で、皇子様は衝撃を受けて固まっていた。
最初に入って来たお兄さんも終始顔が青ざめている。
「色々と質問をしましたが、妃殿下は今自分が5歳だと話していました。なので、6歳以降の記憶が失われている様です。」
おじいさんもどこか苦しそうな顔で二人へと告げる。
その場にいる誰もが口を開かずにただじっと、立っているだけだ。
「あの~…。」
そんな空気の中。
私は恐る恐る片手を上げて、おじいさんに質問をした。
「今の私って何歳になっているんですか?」
「今年で19歳だ。」
私の質問にリックお兄様に似た人が代わりに答えた。
「19!?すごい、私もう立派な大人だったんですね!」
「ああ。その様子だと私の事も分からないみたいだから言うが私はお前の兄のリック・コルベールだ。」
「え、あ。似てるとは思ってたけど、まさか本当にお兄様だったの!」
どうやらこのお兄さんは私の親戚などではなく、正真正銘お兄様だったようだ。
記憶の中のお兄様と違って、随分大人の見た目になっているものだから戸惑いが大きい。
「お兄様、一体何を食べてこんなに大きくなったの?イヴはそんなに成長してないのに…。」
お兄様と私は5歳差だ。
勿論、その時からお兄様は大きかったけれども。
大人になっている今も私は小さいままの様な気がした。
しょんぼりと項垂れているとお兄様は近くに寄って、私の頭に手を置いた。
「今は記憶を失っててわからないだろうけど、イヴは立派なレディーだったよ。辛いのを我慢して、苦手な貴族のマナーを頑張って完璧にこなして。」
「…本当?」
「ああ、家族すらも欺いてしまう程に。イヴは貴族社会に溶け込んでいた…。」
眉間に皺を寄せて辛さを耐える。
それはリックお兄様がよくする癖の一つだった。
いきなり成長した家族をお兄様なんて呼ぶ事に少しの躊躇いがあったが。
成長しても変わらない部分があるのを見てると安心した。
置いた手が優しく頭を撫でてくれる。
私の感じている不安を和らげようとしてくれているのだろうか。
姿は変わってもお兄様はお兄様だった。
「えへへ、お兄様。大好きだよ。」
感謝を伝えるように私はお兄様へ抱き着く。
座っている状態で立っているお兄様に抱き着くのは体が痛いし大変だったけれども。
この気持ちを今すぐに伝えたかった。
「っ、…ははは。本当、甘えん坊に戻ったなイヴ。」
お兄様は私のいきなりの行動に驚き、硬直したが。
その後すぐに優しく抱きしめ返してくれた。
「あ!そうだ!」
お兄様との家族愛を確かめていた私だったが、もう一つ気になっていた事を思い出す。
「?どうした。」
「ねえねえお兄様。私ってもう立派な大人なんだよね。」
「そうだな。」
「じゃあ、もう結婚とかしてるの?19歳って事は結婚適齢期をそろそろ過ぎる頃だし、お父様も黙っていないと思うんだけど。」
純粋な質問の筈だった。
それなのになぜか私の発言にその場が凍り付いた。
お兄様は少し困った顔で私から顔を逸らし、違う方向を見る。
誰かに助けを求める様な仕草が気になり私がお兄様の視線を追うと、その先にさっきの皇子様がいる事がわかった。
(まさか…。)
ここは明らかに知らない部屋だが、私はここで眠っていた。
誰かが部屋を貸してくれているという事になるけど、誰だかわからない。
でも、先程から使用人や医務官のおじいさんに指示を出しているのがこの皇子様だ。
お兄様とも親しそうだったし、赤の他人の筈の私の心配もしていた。
その事から私が導き出した答え。
「もしかして、皇子様が私の旦那様なの?」
「そ、それは…。」
首を傾げ、皇子様に聞く。
その顔と否定されなかった事で私が言った事は間違いでない事がわかった。
その瞬間。
私は嬉しさからテンションが上がってしまった。
「すごい!いつの間に私はこんな素敵な皇子様と結婚したの!?」
「す、素敵?」
「うん。だってすごいイケメンだし、身長も高い!それに優しいし、声もかっこいい!」
「そんな事は…。」
「本当の事だよ!周りの子達もきっと皇子様の魅力にメロメロになっちゃうもん。ズッキュン、バッキュンだよ!」
「ええと…。」
私が力説していると、口をやんわりと押さえられストップされた。
まだ言いたい事はたくさんあったのに。
押さえている犯人であるお兄様をじとっと睨みつけたが効果は無いようだ。
「コルベール卿。イヴェットは性格まで変わってしまったのですか?」
「いえ、申し訳ございません。これは通常運転です。」
「これが通常運転?」
お兄様は残念な子を見る様な眼差しだ。
なぜそんな顔をされなければならないのか。
理解できない。
「私の知っているイヴェットとは大分イメージがかけ離れていますね…。」
「そうなのですか?この子は昔からこんな調子ですよ。大人になって貴族のマナーを身に付けたと言っても中身は中々直らなかったので心配していましたが。」
「ではこれが本当の姿という事ですか。」
皇子様は私をまじまじと見つめる。
呆気に取られ、未だに信じられないものを見ていると言った感じだ。
今の話から察するに大人になった私は今とは全然違う性格の様だ。
覚えてないので以前がどんな姿だったのか想像もできない。
「とは言っても、言動がかなり幼いですし心は子供みたいですね。自分の事をイヴと呼んでいたのもマナーを勉強する前まででしたので、本当に6歳以降の記憶が無さそうです。」
「そうですか…。では手紙を出した理由や日記の在り処は…。」
「恐らく覚えていないでしょう。」
「はあ。振り出しに戻りましたね。部屋中探しても無かったので、そう簡単に見つからない場所に隠している筈ですが…。」
何の話をしているのかわからなかったが、どうやら二人は私に何か聞こうとしていたみたいだ。
けど、私の記憶が無いから聞くに聞けず残念がっている。
深刻な話のようで表情は真剣だ。
私はと言うと、二人の会話を盗み聞いていてある事が頭に思い浮かんでいた。
(確かに手紙はわからないけど、日記の在り処?それって…。)
私はお兄様に手をどけるよう軽く叩いた。
それに気づいたお兄様はすっと手をどかす。
どうやら私の口を押えていたのを忘れていたようだ。
ようやく喋れるようになった私は二人に向けて言う。
「私、日記を隠した場所知っているかも。」




