反撃
私たちの騒ぎを聞きつけた貴族たちはちらちらとこちらを好機の目で見ていた。
観客は十分に集まっているようだ。
「イヴェット様何か問題でもあるのですか?見たところどこも問題ないように見えますが。」
タシェ様は不思議そうに私を見る。
大丈夫じゃなかったという私の発言に疑問を抱いているようだ。
「使用人が私にワインをかけて来たのですよ。それのどこが問題じゃないんですか。」
「ですがこれは事故です。意図的ではないでしょう。」
「これが事故なのかそうでないか、ここを見ればわかります。」
タシェ様は私が指さす方向を見る。
そこにはガラスの破片や赤いシミが床に広がっていた。
「これがどうかしたのですか。」
「よく見てください。このシミ、明らかに私に向けて広がっているではないですか。あの使用人は私達の真ん中で止まろうとしていました。転ぶ直前で私の方に向けたのか、はたまた最初から私に向けてワインをかけようとしたのかどちらかでしょう。」
「そんなの、ただの憶測にすぎませんわ。」
タシェ様は使用人を庇っているようだ。
その行いが自分の首を絞めていることに繋がるのだと彼女は気づいていない。
「タシェ様、ここは皇宮で彼らはそこで働いている使用人なのですよ。ましてや私は皇太子妃。雇用主の一人として私は彼らの失敗を黙って見過ごすのはできません。」
「ですが…。」
「それとも、子爵家から連れて来た使用人が罰されるのを見ていたくないと?」
「!?」
先ほどまでの勢いはどこへやら。
タシェ様は目に見えて狼狽え始めた。
まさか、私が知っているとは思わなかったのだろう。
マーサの件で他にも子爵家からのメイドが紛れ込んでいるのではないかと思った私は調べた。
すると、特にひどい嫌がらせをしていたメイド達の大半が子爵家のメイドであることが判明。
面白いほどに出てくるものだから、呆れてものも言えない。
そして、その中の一人にこの使用人もいたのを覚えている。
「な、なぜその事を…。」
「バレないとでも?」
「それは…。」
「以前働いていたメイドのマーサの時からおかしいとは思っていました。」
「…で、ですが彼はもうれっきとした皇宮の使用人。子爵家とはもう何の関係もありません。」
タシェ様の言う通りだ。
既に彼は皇宮の使用人なので、その前に働いていたところがどこであろうと関係ない。
実際に使用人試験も通過しているのだから、なんら問題は無いはずだ。
「一人、多くて二人なら怪しまれずに済んだかもしれませんね。」
「…。」
タシェ様は理解が早い。
この使用人の内情を私が把握している時から気づいていたのだろう。
全て気づかれていることを。
「最初からおかしいとは思っていました。我が家を態々敵に回すような愚か者が皇宮にこんなにいるなんて。しかも嫌がらせをしてくるのは決まって異様なほどにタシェ様を妄信している者達。こんなの裏が無いと思う方が難しいのでは?」
何も言い訳できないのか、タシェ様は口を噤んだ状態で顔を青褪めさせていた。
力を入れすぎているせいか、両手の拳を固く握り震えている。
周りで静かに私たちを見ていた貴族はタシェ様を白い目で見ていた。
皇宮で働けるのなんて一握りだ。
それをいともたやすく、タシェ子爵家で何人も輩出されているのはおかしな話だと誰もがわかる。
しかもその使用人たちが皇太子妃に嫌がらせをしていると言う。
実家の力が大きい私に子爵家ごときが仇をなそうとしている事実は階級を気にする貴族達からしたら、愚かな行いだと非難の目を向けるだろう。
前世ではやられっぱなしだったこの事件。
ワインをかけられ、みすぼらしい姿にされた挙句、使用人はタシェ様ばかりに気を配る。
ただでさえ、1年以上経っても子を為さないことで貴族からは役立たずだと思われていたのに皇宮では使用人にさえ舐められる愚か者。
そんなレッテルを貼られ、社交の場では苦しい思いをするようになってしまった。
でもまさか嫌がらせをしてくる使用人が全員子爵家の者達だなんて知らなかった。
この事実は私の中で大きな打撃を与えられる。
タシェ様が仕組んだことなのか、それとも子爵が仕組んだことなのかはわからない。
でもこれくらいの仕返しは許してほしい。
だって…。
「何事ですか。」
(あなたには皇子様がいるのだから。)
騒ぎを聞きつけた殿下とエトワール卿とダンの三人がこちらへ向かってくる。
状況が掴めていない三人は私とタシェ様を見て戸惑っているようだ。
「アドリアン!」
タシェ様は殿下へと一目散に駆け寄っていく。
まるで私が彼女の事を虐めているみたいだ。
「カレン。これは一体…。」
タシェ様を優しく抱き留める殿下。
心配そうに見つめるその姿を見て、これではどちらが本当の妻なのかわからないなと私は思った。
「どういう状況か説明してください。」
タシェ様に話す様子が無いと判断した殿下は私へと説明を求める。
「タシェ子爵家が皇宮にスパイを潜り込ませていたみたいです。」
「スパイ…?」
私がそう言うと、殿下は怪訝な顔をする。
愛する人がそんな事する筈がないとでも思っているのだろうか。
「アドリアン!違うわ!スパイだなんて、私そんな事してない!イヴェット様、なぜそんな酷い事…。」
「違いましたか?では、皇太子妃の暗殺とかでしょうか。」
「違います!!」
「では、どういう思惑で私の周りに子爵家のメイドを潜り込ませているんでしょうか。」
説明を求めてもタシェ様は口を割ろうとしない。
その様子を見るとやはり、タシェ様は最初から知っていたようだ。
「取り敢えず、お二人とも落ち着いてください。」
段々とヒートアップする私とタシェ様に殿下が間に割って入る。
背中にタシェ様を隠すとはとことんずるい男だ。
「妻である私が危険な目にあったのに落ち着けとはどういう事ですか。私の事なんかどうでも良いという事ですか。」
「そうではありません。この件は一旦こちらで状況を整理して調査します。」
「嫌です。どうせタシェ様の味方をするんでしょう。」
ここで有耶無耶にされては困る。
貴族がタシェ様を非難の目で見ている今がチャンスだというのに。
逃げられては私の訴えが無駄になる。
「なぜカレンの味方をすると思うのですか。」
「なぜって…それを私に聞くのですか。」
殿下はどこまでも残酷な男だ。
これだけタシェ様を大事にしている姿を私に見せつけておきながら、その理由を私に聞くなんて。
(もういい。あなたが自分の口で言えないというのなら、私が皆にあなたの本当の姿を晒してやる。)
「皆様、よく聞いてください。帝国の英雄であるアドリアン殿下はここにいるタシェ子爵家のご令嬢と浮気をしています。」
これ以上、黙ってやられるものか。
私は七回目の人生で初めて殿下へ反撃したのだった。




