夢
Act.13 夢
「俺にとって夏流は…」
貴方はそれ以上の言葉を紡がなかった。
違う。
紡げなかった。
だって言葉をかけて貰う資格すら、既に私にはなかったから。
好きだった、貴方が。
同じ季節を見て感じて、そして想いをお互いが強めていくんだ、と信じて疑っていなかった。
なのに…。
どうして私達は、出会ってしまったんだろう?
深夜、部屋中に鳴り響く強い雨音で、夏流は目を覚ました。
カーテンの隙間から見えるのは、今にも雷の音が聞こえそうな位、真っ暗な空。
「雨…。
いつの間にか降ってる。」
手で髪をくしゃりと梳き、目元に軽く触れると顔が腫れぼったくなっているのが解った。
ああ、私は泣いていたんだ…
目を閉じ、夢の内容を思いだしながら、どうしてまたこの夢を見たんだろうか?と夏流はぼんやりと考えた。
そして自分がまたこの夢を見たのは、忍が自分に絡んできたから。
自分の防壁が忍の存在で緩んでしまった所為だ、と夏流は自分の心の弱さを罵った。
踏み込ませてしまった…!
自分の心の中に、完全に忍の存在が焼き付いてしまった事実を、夏流は素直に認めた。
忍の言葉が自分の心の中に強く、突き刺さる。
熱い目で請われ、情熱を注がれ、求める言葉を囁かれ。
自分の中にまだ、彼に対する恋心が芽生えてなくても、激しい迄の想いをぶつけられたら、誰が拒めるだろう?
そう思う事が正当だと自分に言い聞かせた。
でもそれは自分の都合のいい様に解釈をしているだけ。
事実に目を背け、自分の存在が罪だと言う事から逃げているだけだ。
「透流くん。
私は貴方の家族にとって、忌むべき存在なのに。
なのに、私はまだ、ここに存在しないといけない。
私は…」
窓を開け、空を仰ぎ激しく降る雨を顔に浴びせながら夏流は、溢れる涙を雨と一緒に頬に流した。
7年前。
私は事故で大切な人を失った。
ううん。
確かに存在はある。
だけど心が無いだけ。
夢の住人になったあの人は、私にとってたった一人の家族だった。
だけどあの人が奪ったのは、私の好きだった人の家族。
父親を奪われ、愛情を奪われた彼に、私は何が出来るのだろうか?
自分の存在がなくなったら許してくれるのだろうか?
そう何度も自分の心の中で、答えを見つけようとした。
だけど、それは出来る事ではなかった。
そうなれば、誰が夢から覚まさせるのだろうか?
いつか目覚めた時、だれが側にいるのだろうか?
だから、私はその日から自分の心の中を閉ざした。
そうする事で許しを乞おうと思った。
幼い自分が思いつく最大の謝罪。
それに人に何も求めなければ自分は傷つく事はない。
心ない言葉で非難され、罵られ、嫌われる事も無い。
それ以上でもそれ以下でもない存在。
それが自分のあるべき姿だった。
「坂下君」
どうしてだろう?
彼といる時、私は何故か自分の感情を上手く扱う事が出来なかった。
彼の態度に怒りを素直に表し、腕の温かさに心が揺れ動き、そして…。
奪われる様な口づけに、私は自分の存在を強く意識した。
彼の存在が私にとって一体なんだろう?と言う問いに、まだ私は答えが出ない。
「好き」と言う言葉で簡単に終わらないと思う。
だって彼といる時、私は「藤枝夏流」でいられたから…。
「雨がいつの間にか止んでいる」
また、今日という日が終わった。
明日はまた今日と同じなのだろうか?
もしかして。
今があると言うことは前に進むという事。
確かな未来なんてあるとは思っていない。
永遠と言う言葉が存在するとも思っていない。
ただ。
何時か、あの夢が風化される日が来るのだろうか?
その時、私は…。
「透流くん。
私は何時か貴方と向き合えるときが来るのかしら?
そうなった時、私は。」
貴方にどんな言葉をかける事になるのかしら。
その日が既に近づいている事を、今の夏流には、知る由もなかった…。