坂下家の人々
Act.12 坂下家の人々
忍は生まれた時から坂下家のアイドルであった。
それは既に決まっていた事であり、また7年前、我が坂下家の養子になった時点で確固たるものになった。
理由は亡くなった忍の父親に由来する。
忍の父親は、父の親友であり叔母の夫であったが、かなりの美丈夫で人格者であった。
気難しく、わがままで自分勝手な父は忍の父親の前では大人しく従順であり、そしていつも笑顔を絶やさなかった。
母は、父と幼なじみの間柄で結婚したが、もし、先に忍の父親に出会ったら、即、自分がプロポーズしたと言う始末。
祖母は、穏やかで優しく、ハンサムな忍の父に、どうして自分の息子がこうでなかったのか?
いっそ、養子縁組をして自分の息子にしようかと息子の前でぼやいていた。
そして我が妹は、初恋が忍の父であった為、大きくなったら絶対に結婚すると、毎日、俺たちの前で宣言した。
最後に、叔母は…。
忍の父親が、父の秘書をやめて故郷に帰る事になった時、叔母は婚約を解消して忍の父親を追いかけた。
その後2人は結婚し、忍が生まれたのだが…。
忍の写真を見た途端、みんな涙して喜んだ。
そう、忍は父親にとてもよく似ていた…。
「忍さん、何処にいらっしゃるの?」
「忍、何処にいるの?」
「しーちゃん、何処?」
けたたましい叫び声が屋敷中に木霊する。
ああ、三人の魔女が可愛い我が義弟に、毒牙をかけようとしている。
「ここですよ。
おばあさま、母さん、姉貴」
にこやかに微笑んで返事をする忍を見て、三人の魔女、いや、祖母である弥生(73歳)、義母の愛由美(54歳)、義姉の朱美(30歳)がうっとりした表情で忍を見つめ、そして豪を見た途端、一斉に非難の眼差しで見つめた。
先に声をかけたのは、祖母の弥生であった。
「あら嫌だわ、こんな所で豪と話して。
忍さんの性格がひん曲がったら困るから、やめてちょうだい。」
あからさまに不満げな声で話しかける祖母に、豪は顔を顰めた。
「それが同じ孫に対するお言葉ですか?
おばあさま。」
「当たり前でしょう?
だって貴方は、浩貴の息子だもの。」
「…」
祖母の言葉が正しいだけに、反論出来ない豪であった。
そんな弥生の言葉に、すかさず反応する愛由美。
「まあ、お義母さま。
豪は私の息子でもありますよ。」
「あら、そうだったわね。」
「ええ。」
底はかと無い、ひんやりとした空気が2人を覆った。
極寒のツンドラ地帯を思わせる冷ややかな雰囲気に、豪は、ぞくりと背筋に悪寒を感じた。
(相変わらず、怖いな〜)
「で、おばあさま、俺に何か?」
2人の異様な雰囲気に飲み込まれる事なく、平常で答える忍は本当に大物だと感心する豪。
「ああ、忘れる所だったわ。
ねえ、忍さん。
一光で、貴方の好きな食材が入ったと言う連絡があったので、今から食事に行きましょう。」
「待って下さい、お義母様。
忍は今日、私と買い物をする事になっていますの。
とても似合う服を見つけたので、銀座迄、私とデートです。」
「それは違うわ。
しーちゃんは私と、映画を見に行くの。
しーちゃんが見たいって言う映画の試写会が、今日の夜あるの。
勿論、プレミアム席よ。」
「いや、忍は俺と…」
「「「貴方は黙って」」」
ぴしゃり、と一括されて何も言えない豪を見て、苦笑を漏らす忍。
そんな忍の表情にぽおおと頬を染め、ときめく三人の魔女達。
その姿は、まるでアイドルに恋をする乙女(かなり語弊があるが)の様だ。
「今、11時ですよね。
では、おばあさま。
今から、一光に食事に行きましょう。
母さん。2時から銀座に行って、買い物とお茶をしましょう。
姉貴。
6時から、映画の試写会に行けば、間に合うだろう?
兄貴、映画が終わってから食事でいいだろうか?
これでみんなの希望に添えると思いますが、それでいかがでしょうか」
極上の笑みを浮かべて提案を述べる忍に、一体誰が逆らうであろう。
意義無し、と皆、忍の笑顔につられてにっこりと微笑み返す。
そう、忍の休日はこのように坂下家の面々によって、予定が決められる。
これが今迄の忍であった。
だがしかし…。
「あ、みんなに報告があります。
俺に恋人が出来ました。
卒業後、結婚する予定です。
なので、これ迄の様に、なかなかお付き合いが難しくなると思いますので、どうかご了承下さい。」
深々と頭を下げる忍に、ぴしりと空気が引き裂ける。
「え…?
えええ?
今、なんて」
「はい、なので、結婚したい相手がみつかりました。」
答える忍の姿を見て、3人の魔女達は一言も反論が出来なかった。
それは自分たちが今迄見たくても、決して見る事の出来なかった忍の幸せそうな笑顔であった…。
その夜、3人は初めて酒会を催した。
夜明け迄続いたそのどんちゃん騒ぎは、屋敷中に響く程の騒ぎであったが、皆、敢えて何も言わなかった…。
アイドルに失恋し、号泣した三人(?)が最終的に出した結果は、忍の結婚を心から応援しようと言う事であった。
そう、彼女達は、まだ見ぬ忍の子供に期待をかけた。
忍そっくりに生まれるであろう男の子に、自分達は、直に、アイドルの成長を見る事が出来る…。
その素晴らしいプランに瞳を輝かせる三人であった。
その後、忍と夏流の(一方的な)交際が、坂下家公認になった事は、言う迄のない事であった…。




