1話
よろしくお願いします。
メリッサはアンダーソン伯爵家の3女。
貴族学園を優秀な成績で卒業し、王宮文官として働き2年。
久しぶりに実家に呼び出されて王都のタウンハウスに帰宅した。
すると、弟の学費のために政略結婚を決められていた。
両親は後継ぎの弟にのみ関心があり、3女のメリッサには無関心だった。長女と次女には縁談と持参金を用意したが、3女のメリッサには何もなかった。
メリッサも両親に期待せずに王宮文官になった。
婚約を飛び越えて直ぐの結婚。
顔も見ずに式を挙げた後の初夜の寝室で、夫のアベル・ロンダールがメリッサに言い放った。
「おい、メリッサ。最初に言っておくが、俺はお前を愛することはない。この家に、お前の居場所などないと思え」
シルクのナイトウェアに身を包んだメリッサ。夫となったばかりのアベルが言った言葉を噛み締めた。
建国の忠臣を祖に持ち、かつては侯爵家だったという名門ロンダール家。王族が嫁入り、婿入りした事もある名家。
だが、目の前の男の顔には、高潔な貴族の矜持など微塵もない。
「ふん、美人姉妹の3女と聞いていたのに、来たのは暗い色合いのソバカス女。衣装が無駄になった。がっかりだ。
お前の不細工な顔など見たくない。この部屋から出ていけ!」
アベルが暗い茶色の髪と瞳のメリッサを見下した目で言った。
「……それでは、この結婚の意味がありません。どういう事でしょうか、アベル様」
メリッサが問い返すと、アベルは鼻で笑った。
寝室の隣の部屋の扉が勢いよく開いた。隣はアベルの部屋だ。
そこに立っていたのは、金髪に安っぽい香水の匂いを漂わせた、大きな胸を強調ドレスを着た女だった。
「私はリリィ。アベル様の恋人は私なんだから! お貴族様のお飾りの妻は、さっさとそこをどいてちょうだい。私たち、これから…ふふっ。
へー、貴族のお嬢様っていっても、町娘より劣る容姿の人もいるのねぇ。くすんだ茶色の髪の色に、瞳、オマケにソバカス!」
リリィと呼ばれた女は、メリッサの顔を見て、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
リリィはアベルの腕にしがみついた。アベルはリリィの腰を引き寄せ、メリッサを蔑む目で見た。
「そういうことだ。
お前はお飾りの妻。貴族の女を体面上娶ったにすぎん。
今日からこの寝室は、俺とリリィのものだ。お前は館の端にある、物置同然の離れにでも失せろ。おい、誰か! この女を叩き出せ!」
アベルの怒声に応じるように、部屋へ入ってきたのはメリッサの侍女のセレナと、護衛騎士のライナスだった。
「……かしこまりました。アベル様。そこまで仰るのなら、私は喜んでこの部屋を退室いたしますわ」
メリッサは深く一礼し、一切の未練を見せずに寝室を後にした。
「ふん、形ばかりの貧乏伯爵令嬢め、生意気な女だ」
アベルの嘲笑と、リリィの下品な笑い声が聞こえた。
薄暗い廊下に出た瞬間、メリッサは小さく息を吐き、隣を歩くセレナに声をかけた。
「セレナ、今のは記録できた?」
「はい。アベル様の暴言、平民女性の不法侵入および不貞行為の示唆、すべてこちらの『魔導記録結晶』に音声・映像ともに完璧に保存いたしました。メリッサ様」
セレナは、およそ侍女とは思えない、事務的で冷徹なトーンで答えた。彼女の懐には、王宮特製の記録魔道具があった。
メリッサの護衛であるライナスも呆れていた。
「初日からこれとは、噂以上の大馬鹿野郎ですね。これなら、我々の任務も、何の躊躇いもなく進められます」
「あの愚か者に寝室を出されて良かったですね、メリッサ様」
セレナがメリッサに微笑んだ。
「ええ。穢される覚悟で寝室に入ったけれど。…計画に必要でしたから。
正直ほっとしました。
それでは、遠慮無く始めましょう。我が国の膿を内側から削ぎ落とす、私達の仕事を」
メリッサは暗い廊下を歩きながら未来へ向けて微笑んだ。
アベルは知らない。メリッサが王の肝いりの特別チーム『貴族家健全化計画・内情査察官』のチームの1人であることを。
そして、メリッサをただの「大人しい政略結婚の道具」だと思って舐めきっているロンダール伯爵家が、すでに王家から「取り潰し前提の伯爵家」という崖っぷちの無能貴族家であるということを。
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