3-20「一番好きな場所」
日曜日。
今日は、一人で過ごすことにした。
四人でいることが、当たり前になってきた。
だからこそ——たまに、一人で考える時間も必要だと思った。
俺は、部屋の窓を開けた。
秋の終わりの空気が、入ってきた。
冷たかった。
でも——清んでいた。
俺はノートを開いた。
これまでのことを、書き出してみようと思った。
――
最初のページ。
「この世界に来た日」。
目が覚めたら女子高生の身体だった。
「これは夢じゃない。だから怖い」。
最初の日のことを、俺は覚えていた。
鏡の前で立ち尽くした。
「お母さん」の声に答えた。
味噌汁がうまかった。
それが怖かった。
次のページ。
一ノ瀬に会った日。
「今の藤田は、観測者の目をしている」。
陽菜に会った日。
「顔赤いじゃん」。
振り子のカクつきを知った日。
653を知った日。
体育館裏。非常階段。南公園。
核の近傍の設計図。
ちひろの笑い声。
前の#001の輪郭。
「お前の番だ」という声。
全部——書いてみると、一冊のノートに収まりきらない気がした。
でも——全部、鮮明だった。
四十三年分の元の世界の記憶より、ずっと鮮明だった。
――
昼頃、「お母さん」が声をかけてきた。
「ちひろ、お昼、食べる?」
「食べる」
テーブルに着いた。
今日は、野菜炒めだった。
「お母さん」が向かいに座った。
「最近、よく窓を開けてるね」
「空気を入れたくて」
「そっか。ちひろって、昔は窓開けなかったのに」
「……そうか」
「うん。ずっと閉めてた。なんか、外が怖いのかなって思ってた」
「外が怖い?」
「なんとなく。ちひろって、外を観察するのは好きだけど——外に出るのは、あまり好きじゃないのかなって」
俺は、野菜炒めを食べながら、「お母さん」の言葉を聞いた。
「でも最近は、よく外に出てるし——窓も開けるし。変わったね」
「変わったか」
「うん。いい意味で」
「……どういう意味で、いい?」
「なんか——外とちゃんと繋がった感じがする。前は、ここにいながら、外との間に壁があった。今は、壁がない感じ」
俺は、その言葉を受け取った。
壁がない。
外との間に、壁がない。
ちひろは——深層から表層に戻ってから、この世界と壁なく繋がっているのかもしれない。
俺も——この世界に根を張ってから、外と壁なく繋がっている気がした。
「……ありがとう」
「また言う。なんで?」
「気づかせてくれた」
「何を?」
「……外との壁が、なくなったこと」
「お母さん」は、少し不思議そうな顔をしたが「そっか」と言った。
「それはいいことだと思う」
「うん。いいことだ」
――
夕方、ちひろからLINEが来た。
【ちひろ:ねえ、一個聞いていい?】
【俺:なんだ】
【ちひろ:この世界で一番好きな場所って、どこ?】
俺は、少し考えた。
南公園。体育館裏。旧校舎の非常階段。図書室。
全部、大事な場所だ。
でも——一番好きな場所は。
【俺:旧校舎の非常階段の踊り場だ】
すぐに返信が来た。
【ちひろ:なんで?】
【俺:四人でいつも話した場所だから。夕日が差し込んでくる。あそこにいると、ちゃんとここにいる気がする】
しばらく間があって、返信が来た。
【ちひろ:……私も好き。あそこ】
【ちひろ:陽菜にも聞いてみる】
しばらくして、陽菜からLINEが来た。
【陽菜:ちひろから聞いた!!一番好きな場所!!】
【陽菜:私も踊り場好き!!そこは私も好き!!】
【陽菜:一ノ瀬くんにも聞いてみる!】
さらにしばらくして、一ノ瀬からLINEが来た。
【一ノ瀬:陽菜から聞いた。踊り場か】
【一ノ瀬:……俺も、あそこは好きだ】
【一ノ瀬:最初にお前と話した場所だから】
俺は、スマホを置いた。
四人全員が、踊り場を好きだった。
それぞれの理由で。
俺にとっては——四人で話した場所。
一ノ瀬にとっては——最初に俺と話した場所。
ちひろと陽菜にとっては——それぞれの理由があるはずだ。
でも——全員が同じ場所を選んだ。
俺は、もう一度ノートを開いた。
「一番好きな場所」と書いた。
「旧校舎の非常階段の踊り場」と書いた。
「四人でいつも話した場所」と書いた。
「夕日が差し込む。あそこにいると、ちゃんとここにいる気がする」と書いた。
ペンを置いた。
これが——根を張るということかもしれない。
好きな場所を、持つこと。
この世界の中に、「ここが好きだ」と思える場所を、持つこと。
俺はノートを閉じた。
窓の外を見た。
夕暮れの空。
明日、また踊り場に行こう。
四人で。
あの場所で、また話そう。
特別なことは、何もなくていい。
ただ——あそこにいることが、好きだから。
そういう理由で、行ける日が来た。
それが——根を張った、ということだった。
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次回もお楽しみに




