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最終兵器 村人A  作者: 間孝史
第3章 勇者と『カミ』の巫女
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第65話 時の止まった里



「今日も良い天気だなあ……」


 足裏に感じる砂利の感触を確かめながら、トルクは大きく息を吸い込んだ。

 両腕を上げ、日の光をたっぷりと浴びるように、胸を反らす。

 

「……なんか、いいのかな。こんな生活してて」


 その独白は、風に揺られるようにして空へと消えてゆく。

 眼前で、ゴーレムたちが動き出すのが見えた。今日も、農作業や掃除に彼らは余念がない。疲労など存在するはずもなく、魔導人形たちはそれぞれの持ち場に散ってゆく。

 

 ――トルクとケーレがこの場所で生活を始めてから、数日が経過していた。

 

 緊張は未だに消えず、ドギマギとする事ばかりである。だが、それをどこか心地良いと感じる自分が居て、トルクは軽い驚きに戸惑っていた。

 

「――トルクさま」


 不意に、背後から声が掛かる。ここ数日間ですっかりと馴染んだ声。耳に美しく響くそれを受け、トルクはぎこちなく振り向いた。

 

「ケ、ケーレさん」

「はい。おはようございます、トルクさま」


 しゃなり、と。小さな音を立てて姫巫女が歩み寄ってくる。朝の光に照らされた白髪が、神秘的な煌めきを放っている。

 極上の絹糸を束ねたようなそれを見て、なんだかトルクはたまらない気持ちになってしまう。

 

 

「朝餉の支度が出来ておりますよ。どうぞ、こちらに」


 そっと手のひらがトルクの二の腕に触れる。強制するでもなく、穏やかに優しく誘う仕草。伝わる温もりに、トルクは頬を赤らめてしまう。

 

「さ、トルクさま」

「は、はい……」


 導かれるがままに、トルクは家の中へと戻る。

 うっすらとした白い内壁。不思議な石作りのそれが、二人を出迎えてくれる。

 

 どこか寒々しさを感じてしまうのは、やはり。他に人の気配を感じないから――だろうか。

 生活感というものが、この『村』には欠如していた。

 

「こちらにございます」


 黒い木製のテーブルの上に、平べったい皿が二つ置かれている。

 湯気も出ておらず、さりとて冷えているようにも思えない。常温である。

 

 乳白色のスープと、そこに添えられたスプーンを見ながらトルクは首を捻った。

 隔離世とかいうこの空間に来てから、食事はずっとこれ。朝も昼も夜もまるで変わらない。

 

「どうぞ、トルクさま」

「あ、はい」


 どろりとした液体を、スプーンですくい口に運ぶ。

 蕩けるような甘味が舌の上に広がってゆくが――それだけだ。雑味が一切ないのは、良い事かどうか。

 

「あの、ケーレさんはこれだけでその、大丈夫なんすか?」

「はい」


 首を微かに傾げ、そうして姫巫女はふんわりと微笑んだ。

 

「栄養はこれだけで、十分に賄えますゆえ。尽きる事もございませんので、ご安心くださいませ」

「はあ……」


 確かに、これを三食欠かさず飲めば、腹が空くことは無かった。トルクはなんと答えれば良いか分からず、スプーンを動かし続ける。

 

「これ、あの実を絞ったやつですよね? あそこの木々にぶらさがってるやつ」

「はい、おっしゃる通りにございます」


 トルクが窓の向こうを指さすと、ケーレが得たりと頷いた。

 

「あれは、夜に芽を出し朝には実をつけまする。木を根から掘り起こさない限りは、永遠に尽きない食糧でございます」

「永遠に……」


 トルクは、窓の外に広がる景色に目を移す。

 ゴーレムたちは、決まった行動を繰り返している。掃除をし、畑を耕し、木々の手入れまで行っているようだった。

 

「でも、それじゃあ畑は? 田んぼとかはなんで」

「あれは、昔からの繰り返しと聞いております。作物は一応実っておりますが、口にする事はもうございませんね」

「繰り返し?」


 はい、と。ケーレが穏やかな笑みを崩さず答える。

 

「遠い昔、ここには私たちの父祖が住んでいたそうなのです。古き世界が炎に焼かれたあと、移り住んできたと伝承にございますね」

「世界が炎に……ひょっとして、巨人の話か?」


 冒険者として方々を渡り歩いたトルクは、その伝承を耳にした事があった。

 各地に残る、炎の巨人の伝説。

 

「はい。その炎から逃れ――先祖は、『海』を求めたそうなのです。終焉の炎をもってしても干上がらぬ、広い広い海原を」

「ほへえ……」


 少しばかり、興味のある話だった。

 こういった伝説や伝承を追い求めるのもまた、冒険者の目的のひとつでもあるゆえに。

 

「はい、そして彼らは『カミ』を――」


 そこで、ケーレは口をつぐんだ。


「ケーレさん?」

「いえ、失礼いたしました。なんでもございません」


 口元を緩め、姫巫女は微笑み続ける。

 だが、何故かそれが。その表情が。


(……どうして、だろ)


 トルクには、ひどく空虚に感じられたのであった。

 

 

   

      ☆   ☆   ☆   ☆

          

          


「……ふう」


 食事が終わり、トルクはなにをすることもなく外に出た。川辺に腰かけ、目の前の清流をじっと眺め続ける。

 

「……どうするんだろ、俺」


 自問自答。そして、その呟きに応じる者は誰も居ない。

 

 ケーレは、トルクを決して束縛しなかった。その思うがままに任せ、焦らず急がず穏やかに微笑むばかり。

 

「子作り、子作りかあ」


 それは、ひどく現実味の無い言葉であった。

 生まれてよりこの方、トルクは恋人を得た経験が無い。まるで無い。あり得た可能性すら無い。

 

「なっさけねえの」


 夢を追い求め、そして破れた。何もかもを無くして、一からやり直そうとしていたのに。

 トルクは、ふと傍らを見る。そこには青白く輝く刀身があった。


「鞘くらい、もらえばよかったかな」


 剥き身のままの刃。名も聞かされぬ伝説の聖剣。

 トルクはこれの主で、勇者である――らしい。

 

「実感、ねえよなあ……」


 それは、なにもかもがそうだ。この島に渡ってからの全てが、夢のように朧げな気さえする。

 

「キオたち、どうしてっかなあ」


 ここでの一年が、外での一日。だとすれば、向こうではまだ殆ど時間が経っていないはず。

 それでも、あのお人よしの少年が心配をしてやしないかと、それがトルクは不安であった。

 

「言伝はしてくれるって、そう言われたけど……なあ」


 商人として歩み始めた日々に、想いを馳せる。それは、ひどく充実した楽しい時間であった。

 

「これから、どうなるんだろ」


 勇者となって子を作って、それから――それから?

 トルクは悩む。聞くべきと思っているのに、口に出しにくい。

 

 商人として、また別の夢を歩めるのか。

 それとも勇者として、また冒険者に――

 

「――ゼノ」


 聖剣を抜いてしまったとき、トルクは見た。

 かつての仲間たちが、青白い顔をしてこちらへ視線を向けていた、あの光景を。

 

「……気にしてっかな、あいつら」


 『暁の刃』のメンバーは誰もが誠実で、優しい連中ばかりである。

 トルクが勇者に選ばれたからといって、厚かましくも手のひらを反すような厚顔無恥さはあり得ない。

 

 ――あり得てくれれば、まだ良かったのに。

 

「あーもう! やめだ、やめ!」

 

 下手に考えてばかりでは、底の底に沈むばかりだ。それは、ケーレに対しても失礼であろう。


「とにかく、話をしなきゃな。どちらにせよ、仲良くなるにこしたことはねえし」


 あの美しい微笑。どこか虚ろな笑みを見ていると、もどかしくて仕方がなくなってしまう。


「魚、流れてるな」


 目の前ですいすいと泳ぐ、いくつもの影。見覚えのある種類だ。この島でも穫れる、魚たち。

 

 好きにしていいと、ケーレは言った。

 ならば――

 

「――ダメでもともと、俺流にやってみるか!」


 日の光に照らされ輝く水面を見つめ、トルクは勢いよく立ち上がるのだった。

 

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