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第九話 奪還への火蓋 ―厚木飛行場襲撃計画―


2031年、春。


NATOの保護開始から約1年。

わずかながら保護区域に活気が戻り始めていた。

NATOの支援で仮設住宅が整い、トヨタをはじめとした日本企業の旧工場も一部稼働を再開。しかしそれは、かつての日本経済とはかけ離れた、経済復興へのほんの小さな一歩であった。EUやアメリカ市場に向けた部品供給のための、外資主導のもとに。


「ここ、まだ日本かしらね」


工場の昼休み、ミサキは隣に座った同僚に呟いた。防塵帽の下から覗く目には、かつての生活を取り戻す希望と同時に、どこか空虚な諦念が滲んでいた。


彼女はトヨタの元関連企業の部品組立ラインで働いていた。

給与は食糧配給に加えて、わずかな賃金と物資引換券。

日本円はもはや事実上の無価値であり、庶民が車に乗れる時代は遠い過去となっていた。


「旦那さん、生きてるって信じてるのよね?」


ミサキは答えず、遠くを見つめた。

日本各所に設けられた保護区域の外では、NATO兵が小銃を持って巡回している。

彼らは秩序を守っていたが、その背後には日本という国家の喪失があった。




一方その頃、富士山麓の南都留郡。

現在「桜花」はスガワラ、シノザキ、サエコを筆頭に25名の組織へと成長していた。


「時間だ。始めよう」


スガワラの低い声が場を締めた。

壁にかけられた地図に、赤と青のピンが複雑に刺さっている。

スライドには、厚木海軍飛行場の航空写真と警備体制の概要が投影されていた。


「今回の目標は、厚木飛行場に配備された米軍の兵站物資の鹵獲だ。主に弾薬、衛生資材、燃料。やれるなら小火器も狙う。

先月から偵察ドローンと無線傍受で補給パターンを割り出した。深夜1時から3時、西側補給門から補給車が出入りする。護衛は2両、うち1両は軽武装のMRAP。速度は時速30km、随伴兵は最大6名」

地図の中央を指しながら、情報参謀のシノザキが言葉を継ぐ。


スガワラは静かに頷いた。標的は厚木飛行場。かつて海上自衛隊と米海軍が共同使用していたその基地は、現在は米軍単独で占拠し、神奈川県西部の支配拠点となっていた。



「俺たちの規模で補給車を襲撃して、そのまま逃げ切れるとは思えない。どうするつもりなんです?」


鋭く尋ねたのは、新たに桜花に加わったナカジマ。元航空自衛隊の技術曹で、電子機器やドローンに長けた若者だ。歳は30歳。細身だが目に知性が宿っている。


「そこで陽動班の出番だ」


スガワラは新たに桜花に加わったメンバー、フジワラに視線を向けながら答えた。


「補給車襲撃直前に、フジワラ班が南側で小規模な仕掛けを展開する。煙幕弾、センサーノイズ、複数のダミー交信で、兵士の注意をそちらへ向ける。俺たちはその間に西側ルートから侵入し、補給車ごと奪取する」


「奪った後は?」


今度はフジワラが尋ねる。フジワラは元陸自普通科連隊の狙撃手。髭面の大男で、過去に米軍との共同訓練経験もある。


「米軍の兵士が南側へ向かっている隙に、車両はEMPジャマーで車載無線とGPSを潰し、即時離脱。丹沢山の森の中に仮設した中継基地まで運ぶ。陽動班は奪取した補給車が相模川を超えた時点で、飛行場南側の巨大な公園に隠しておいた車両を使って脱出。丹沢山の森林ルートは確保済みだ」


シノザキが地図でルートを示しながら答える。


そしてスガワラは皆を見渡し、静かに言った。


「全員、命を賭けてもらう。だが成功すれば、俺たちは『武器を持った軍』へ一歩近づく。……国を取り戻すための、最初の反撃だ」


部屋には沈黙が満ち、やがてその緊張を破るように一人、また一人と頷いた。


「――作戦決行は三日後、午前1時。各班、最終準備に入れ」


スガワラの言葉とともに、作戦本部は再び静かに、しかし確実に動き出した。


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