第十話 夜襲
午前1時08分。
神奈川県、厚木海軍飛行場西側。
既に大半の住民は避難し、人の気配がなくなった住宅地。月明かりは薄く、空は曇っている。
絶好の夜襲日和だった。
「各員、陽動班の合図に合わせ行動開始。陽動、点火まであと……20秒」
ナカジマが小声でカウントを始める。
彼の手元のタブレットには、簡易赤外線ドローンの映像が映し出されていた。
滑走路南端の監視哨兵たちが、警戒を緩めているのが分かる。
「――陽動班、行動開始」
フジワラの短く鋭い声。
直後、南側の斜面に三つの閃光が走り、煙幕弾が炸裂。センサー撹乱用のノイズ発信器が作動し、米軍無線に謎の交信データが流れ込む。
「クソッ、なにが起きてる!」
「ノイズか?どこから来た!」
飛行場内の動揺が、無線の傍受に現れた。予想以上の効果だ。
「今だ。侵入開始」
スガワラの号令で、奪取班8名がフェンスの切断箇所から滑り込む。足音は風に紛れ、影は闇に溶けた。
やがて、西門前の補給車がMRAP2両に挟まれた隊列でゆっくり現れる。
「護衛、6名。全員装備良し」
シノザキの声に、狙撃手2名が位置を取る。
「射線、クリア」
小さな銃声が夜に溶け、先頭MRAPの運転手と助手席が同時に崩れた。後続の兵士も事態を把握する間もなく、次々と倒れていく。
最後の一人が無線に手を伸ばしかけた瞬間、ナカジマのEMPジャマーが起動。通信もGPSも一斉に沈黙した。
「ナカジマ、奪取!」
「了解!」
電子ロックを解除し、補給車両の制御を拘束、車両を掌握。
その瞬間――
「……敵接近、東!小型ドローン2機、歩哨4名!」
「排除!」
銃声が木霊した。敵の照明弾が空を裂き、夜空が真昼のように照らされた。
「退路を急げ!ミヤザキ、カワベ!」
スガワラの鬼気迫る声。
同時に陽動班からも悲鳴が混じった無線が入る。
『こちら陽動班!南側で交戦中、2名負傷!……あ…』
通信が一瞬途切れ、再び入った時にはフジワラの声に怒気が混じっていた。
『マツオ死亡!全員、退路確保しろ!』
「スガワラ、時間がない!」
銃で応戦しながらシノザキが叫び、煙幕を焚いて後退する。
その刹那、乾いた銃声。
カワベの胸を弾丸が抉り、血が噴き出した。彼は驚いたように目を見開いたまま、声もなく崩れ落ちる。
その瞳はもう、何も映していなかった。
駆け寄る暇もなく、すぐ脇でミヤザキの頭部に弾丸が突き刺さり、地面に赤黒い飛沫が散った。
力なく崩れ落ちる身体を見て、スガワラは短く目を伏せた。
ーーーカワベ、娘がいるって言ってたよな。
唇を噛み、血の味がこみ上げる。
カワベ、ミヤザキを置いたまま、奪った補給車で全速力で走り出す。
午前3時22分。丹沢中継基地。
「負傷者3名!腹部貫通、左腕骨折、火傷中等度!」
サエコの声が響く。彼女の隣で、医療チームの新人ミユキ(元看護師、27歳)がテキパキと処置を進めていた。
サエコの額に、一筋だけ汗が伝っていた。
「……落ち着いて。脈はある。間に合う。――大丈夫、まだ死なせない」
その言葉は静かで、しかし鋭く、周囲の空気を引き締めた。
仲間たちは、ただ黙って彼女の背に目を向けた。
戦果は確かなものだった。鹵獲した燃料タンクに加え、5挺のM4カービン、1挺のM249軽機関銃、1挺のM14ライフル、さらには機関銃用のベルト給弾式弾薬箱数箱を押さえた。加えて、即応用の簡易医療パックが6箱。これだけの装備は、彼らにとってまさに大きな戦力増強を意味した。
そして何より大きかったのは、護衛車両の後部に積まれていた米軍の軍用通信端末――衛星回線と暗号化無線を兼ね備えた最新鋭のセットだった。
「……これ、作戦級のC4Iリンクに入れるやつだ」
ナカジマが震える声で言った。
米軍が現場で使う作戦指揮系統に、盗み聞きできるだけでなく、撹乱信号を差し込むことすら可能になる代物。
3名の戦死は痛手だが、確実に一歩、装備と士気は飛躍的に向上した。
「犠牲はあったが、俺たちは……やれた」
スガワラが呟いたその時。
ナカジマが慌てて手を挙げた。
「端末から、暗号化済みの米軍チャンネルを傍受…!米軍のSIGINT(信号諜報)部隊のやり取りみたいです!」
全員が息を呑む。
ノイズ混じりの英語が流れ、その中に聞き取れる単語があった。
『…ttl‥ i‥ Asahika……』
『…Russian forces…』
『…unknown resistance… 』
『…multiple hostiles en‥ged…』
「アサヒカ、旭川…ロシア軍………正体不明な抵抗勢力……多数の敵と交戦‥?…」
ナカジマが翻訳して伝えると、場の空気が凍りついた。
作戦を終えたばかりの全員が静まり返る。
その場にいる仲間たちの顔を見回し、シノザキが低く呟いた。
「……始まったか」




