第三十三章 小さな希望と懐疑心
富士山麓、南都留郡――桜花の拠点。
スガワラとナカジマが本部へ戻ると、すでに全隊員が帰還していた。
フジワラは壁にもたれ、ただ黙考している。ミユキは疲労を隠しきれず、机上に広げた地図を虚ろな目で眺めていた。サエコは無言でノートPCを操作し、ここまでの記録と情報を淡々と整理している。
張り詰めた空気を裂くように、シノザキが立ち上がった。
「報告がある。二日前――我々の通信機に、奇妙な暗号信号が届いた。発信元は……ドイツ連邦軍を名乗っている」
ざわめきが広がった。
「罠じゃないのか?」
「米軍の仕掛けかもしれん」
「だが、こんな暗号は初めて見る……」
シノザキは端末を机に置き、解析中のコードを示した。
「差出人は『BND』――ドイツ連邦情報局。内容はこうだ。『我々は連邦軍の伝令役。我が国の軍部は、あなたたち桜花を支援したいと考えている』」
室内に重苦しい沈黙が落ちる。
次の瞬間、再び議論が噴き出した。
「なぜドイツが俺たちに?」
「信用などできるか!」
「いや……もし本物なら、これは千載一遇の好機だ」
賛否が分かれる。
サエコが静かに呟く。
「利用される危険はある。でも、武器も情報も少ない今の私たちに、背を向ける余裕はない」
フジワラは渋面を崩さず吐き捨てる。
「裏があるに決まってる……ヒトラーの頃から、ドイツ人はいつも自分の野望のために他国を駒にしてきた」
やがて、全員の視線がスガワラに集まった。
スガワラは長く息を吐き、低く言った。
「罠かもしれん。だが、支援を拒めば戦えないのも事実だ。選べる道は一つ……会って見極める」
シノザキが頷き、通信機に向かう。
「暗号化して返答する。条件は明確に――」
キーを叩く音だけが室内に響いた。
『会談を希望する。ただし我々を欺けば、この話はここまでだ。こちらに利益がない場合も同じだ』
全員が息を潜め、返答を待つ。数分後か。数時間後か。時間は永遠のように長く感じる。
数分後――端末に新たな文字列が現れた。
『了解した。場所を指定する。浜松市、秋葉山の山中にて。座標を送る。日時は三日後、日没直後』
シノザキが読み上げると、再びざわめきが走る。
「浜松か」
「NATO保護区の近くだな……アメリカの目は掻い潜れる」
スガワラは静かに頷いた。
「――行くぞ。俺たちはドイツの駒じゃない。必要とあらば、逆に利用してやる」
本部に漂う空気は、一層重く、鋭くなった。
その緊張を再び裂いたのはシノザキの声だった。
「そうと決まれば、誰が行くか、だな。まずスガワラと俺は決定だろう」
スガワラは冷静に配置を指示した。
「罠の可能性は十分にある。後衛には狙撃手フジワラ、通信妨害担当はナカジマ、万一に備えてサエコ、ミユキも医療班として控えてくれ」
ナカジマが頷き、付け加えた。
「通信機器や情報解析が絡むなら、シラトリ、キタヤマも同席した方が、話はスムーズに進むかもしれません」
シラトリとキタヤマも無言で頷く。
シラトリは元自衛隊情報部出身。暗号解析と通信傍受の知識に富み、民間企業で通信セキュリティに携わった経験もある。
キタヤマは元公安サイバー班。潜入や情報操作に長けていて、ネットワークや監視網の突破も可能。現場での対応力は折り紙付きだ。
フジワラが小さく呟く。
「なるほど……理論派と現場派か。これなら会談も安全圏で動かせそうだ」
室内に再び沈黙が落ちる。
それは覚悟で張り詰めた、戦う者たちの静けさだった。
各々が役割を確認し、心の中で作戦の筋書きを描く。
三日後の会談に向けて、すでに準備は始まっていた。




