話し合いの大事さ
今回はとても短いです。
ご容赦ください。
××××山。
温泉や登山、紅葉などが楽しめる古くからある観光名所。
古き良き観光地、木造の日本家屋、商店や宿屋が立ち並んでいる。
その一方で、山の反対側には巨大なホテルが建っている。
××××山ゴランノホテル。
十年ほどしか経過していない、新しいホテルである。
古き良き観光地から××××山までの視界を遮らないようにしつつ、むしろホテルからは××××山に続くい街並みを見下ろすことができる立地である。
このホテルに泊まった客がそのまま古い観光地へ向かう、というケースもかなりある。
そのような超高級ホテルへ、ヘリポートを使用して降り立ったのが新人ヒロインたちとその家族であった。
高級リゾートホテルの最高グレードということで、多くの人が戸惑ったり怖がったりする中……。
なんとも思わずに過ごす家庭が二つあった。王尾家と相知家である。
この両家はこの規模のホテルによく泊まるどころか、同規模のホテルを複数所有している。
他の家が心配している『備品を壊したらどうしよう……』という不安とも無縁だ。なお『同規模の会社の社長と関係が悪化するかもしれない』という種類の心配はある模様。
さて、王尾家は両親に加えて綺羅綺羅と拓郎。相知家は両親に加えて姉がいる。
今更だが、深愛と音色以外は普通の人である。大富豪とその家族を普通の人と言っていいのかは疑問だが。
そのような二組の家庭は、最上階近くのカフェで(ものすごく高いコーヒーが無料で飲める)落ち着いて話をしていた。
「ねえねえお父さん、お母さん、お姉ちゃん! このホテルに、李広さんも来ているんだよね!! 今からご挨拶に行ってもいいかな!?」
「絶対にダメだ。ご両親と一緒に行動しているそうだから、そっとしてあげなさい」
「そうよ。ファンサービスはスーパーヒーローの仕事じゃないでしょう」
(ああ……なんてかわいいの、拓郎。少し見ないうちに成長して……時々しか会えない分、成長を喜べるわ……寂しいけど、それもいいわね……でもそれはそれとして、お姉ちゃんに会えたことをもっと感動してほしいわ。そりゃあ李広さんはとても素敵な大人の男性だけど、お姉ちゃんだって頑張っているんだから注目してほしいのよ)
(絶対、すげー情報量のないことを、みっしり考えてる……)
愉快な王尾一家であった。
全員真面目ではあるのだが、年齢相応に真面目なのでかなり考えがずれている。
「以前よりも家族の仲が良くなっているな。やはり深愛が距離を取ったからだろうか」
「近くに居すぎると大変だものね」
(二人が言っていることが間違っているとは思わないけど、綺羅綺羅は深愛を軽蔑の目で見ているわね。これで改善したと言っていいのかしら)
(綺羅綺羅ちゃん……お姉さんの本性に気づいたのね)
そのような一家の正面にいる相知家の反応もそれぞれであった。
ちなみに王尾綺羅綺羅の姉嫌いは、購入したサンドバック(砂の入っている本格派ではなく、エクササイズなどで使用する空気入り)に向かって『深愛、死ね!』『弟のことで何時間も話しかけるんじゃねえよ!』と怒鳴りながら殴って済ませる程度の嫌いさに収まっている。
いい運動になるしデジタルタトゥーにもならないのでいい落としどころだろう。
「それにしても……私やお前のような年齢の者ならともかく、ヒロインたちにとってこの山は少し退屈ではないか? そりゃあこのホテルにはそれなりの設備もあるだろうが、その程度のものなら人工島にもあるだろう。外国に行けないことは仕方ないとしても、もう少し候補があったのではないか?」
「仕方ないだろう。ゴランノホテルの『スポンサー』の主な目的は李広君の……いや、広殿と言った方がいいかもしれんな。彼と彼の両親が腰を据えて話をさせることだ」
「そうか、彼も気を使っているな。しかし……無理もない話か」
四人の『親』は、それぞれ自分の子供を見た。
その上で、先日の工場での映像や、コロムラとの戦いで鈴木が解放した情報が甦る。
もしも自分の子供が李広のようになりながら戦うのだとしたら、それは止めたくなるのも無理はない。
そして結果として彼が現役を退くとしても、それを咎める権利など誰にもあるまい。
まあもっとも……咎める権利がなくても咎めるのが人間ではあるのだが。
※
木造の商店が並ぶ観光地。
石畳の狭い道が味を出している、坂に並ぶ商店街。
その一角に茶店があった。
少し値段は高いが、それでも古くから続く味のある椅子や机、建物が『観光地に来た』という雰囲気を出している。
これを自然に出せるのはセールスポイントと言っていいだろう。
お世辞にも広いとは言えない店内で、李一家はテーブルを囲んでいた。
テーブルの上には観光地の名物お菓子と、品のいい小さな茶器に高級なお茶が入っている。
なんとも観光地らしいテーブルなのだが、それを囲む一家の緊張感はただ事ではなかった。
これから離婚の話し合いでも始めそうな雰囲気である。
(他所でやってくれねえかな)
店員がそう思うほどには、店の雰囲気を台無しにしている。
一方で家族はそれに気づかないほど緊張していた。
三人とも、話し合いが穏当に終わるとは思っていない。
話し合わないわけにもいかないと思っている。
だが本題に入れば、否応なく加熱するだろう。
いきなり本題に入る度胸は、普通の人である両親にはなかった。
「なあ、広。お前に何があったのか、順番に教えてくれないか?」
「ん」
「お前に何かあったのはわかる。まずそこから話してくれ」
父親が切り出したのは、彼にとってどうでもいいことだった。
事情は盗聴によってある程度把握している。
加えて『向こう』で何があったとしても、これから話すことに変更はない。
だがそれでも聞きたかったのは……この話がしたかったからだ。
「長くなるぜ」
「いいさ」
「ええ、ゆっくり話して」
「俺の主観だと十六年ぐらい前のことだな……」
※
「それでさあ、ちゃんとした『スキルツリーの神殿』もないような田舎に行ったんだよ。そこの宿屋にさあ……畳があったんだよ! 俺びっくりしちゃったよ。俺今まで一回も見たことないもん。異世界で畳を見たときはびっくりしたね! そいで窓から入る日光が気持ちよくてさあ、そのまんま寝ちゃったんだよね。薄着のままで。そいで目が覚めたらさあ、相棒が俺の上で寝転んでんの。普通に寝にくいと思って、別のところに寝かせたらスゲ~不満そうな顔してたんだぜ。お前さあ、赤ちゃんとか幼児とかじゃないんだから、もう少し恥じらい持てよって思ったよ。立派なレディーはそういうことをしないもんだぜって叱ったよ。そりゃあもうしっかり叱ったよ」
名物のお菓子をかじりながら語る『薄い話』。
しかしそれを聞く両親はとても楽しそうであった。
「ほいでさあ、俺が昔スキルツリーの神官さんに食わせてもらった飯が出てきたときにその話をしたらさあ、アイツも初めて神殿に来たときに食べさせてもらったって言って泣き出したんだよ。俺も結構しんどかったけど、アイツもアイツで……まあ俺よりしんどかったんだろうよ。しばらく泣いたら落ち着いてさ『これからはヒロシさんと食べたことも記念になりますね』っていうわけ。いや~~かわいい子だったよ。俺もああそうだなってうなづいたら、そりゃもう嬉しそうに笑っちゃってまあ。尊いのなんのって……そのあとに『この後はないしょのドリンクを頼みませんか』って寄りかかってきたときはすげ~卑しかったけどな。アレ教育が最悪だっていうか、最悪なのが教育する側に交じってたよ」
「そうかそうか」
「かわいい子じゃない」
「反応が少しおかしいぜ……ま、アイツも根が結構不真面目っていうか、緊張に耐えられないタイプだったんだよ。十石もそうだけど、アイツの四天王のひとりはそういうのを我慢できる奴だったらしいけど、みんながみんな我慢できないってことだな。その点を心配してたんだろうけど……それでも狩りとか料理を教える奴一人でケアできてたっぽいんだよなあ。いらねえだろ、王様ゲームとか、女が男を誘う手管とか、効率よくさぼる方法なんて」
「そうでもないだろう。一人しか味方がいない、っていうのも大変だろ」
「かわいいものじゃない」
「いやいや、そうでもないんだ。俺の視点からしてヤバかったんだって。だってほら……俺はその気がまったくなかったからいいものを、少しでもその気があったら絶対悲劇的なことになってたぜ。だって相棒は間違いなく、からかうとかいじくるのが楽しかっただけだ。男から手を出されたら『きゃ~』とか言ってたぜ。自分で誘うような真似をしたのにさあ……もう地雷だろ、完全に。一人前になるまでに恥じらいを覚えるとか礼儀作法を覚え治すとかしないと、ありゃ大変なことになると思うぜ。大神官様を信じるしかねえな」
「あらあら、女の子だって興味とかあるものよ?」
「言ってもさあ、十から十五歳の女の子が、二十五から三十歳のおっさんに本気になるわけねえだろ? イケるっておもうだけで重罪だろ。少なくとも俺は、最近とある女性陣から性欲を向けられて嫌な思いをしているから実感してるね。一方的に惚れて性欲を向けられるほど嫌なことはねえよ。合意ってマジ大事」
話の合間で茶を軽く飲む広。
そのタイミングで、父親が踏み込んだ。
「なあ広。お前は自分の名前の由来を知っているか?」
その問いは、広にとってクリティカルだった。
父親は知らないことだが、それがきっかけで始まった会話は大変なものだった。
「名字の由来は、スモモ農家の家系だから李。名前の由来は……心が広い子になってほしかったからじゃねえの?」
「そうだ、そのとおりだ」
現在の広は、心が広いのだろうか。
十分広い、広すぎるとすら思える。
少なくとも両親の想定する『心の広い人』を越えすぎていた。
「心が広いと言ってもな……スーパーヒーローになってほしかったわけじゃない。もちろん前時代的に、孫の顔を見せてほしかったわけでもない。普通の、立派な、社会人になってほしかったんだ」
「……そうか」
そうだろうなあ、と広は頷く。
その反応が、両親からすれば辛いことだった。
広が見た目通りの年齢なら『せっかくスーパーヒーローになれたのに、やめろってなんだよ!』と反発するだろう。
それすらしてくれず、自分たちの視点にも立ってくれる。
この子は、もう親離れの準備ができている。
勘弁してくれ。こっちはそんな準備ができていないんだ。
「広……もう辞めてくれ」
父親の嘆願、母親は嗚咽しながら黙った。
話は本題に入ったのだ。




