不吉なフラグ
かくて……。
小型怪獣相手に五分ぐらい持ちこたえる、という訓練は順調にクリアされていった。
クリアされていったということは『それなら難易度上昇だな』ということでどんどん難しくなっていった。
無理もないだろう。
三等ヒロインが受けている訓練など顕著だが、ヒロインは『人が多いところで暴れる怪物と戦う』というシチュエーションを想定しており、その状況下で『怪人や怪物を倒す』や『人々を救助する』を達成しなければならない。
小型怪獣相手に五分持ちこたえたところで、そのどちらも達成することはできない。
難易度が上昇するのは当然と言えるだろう。
障害物がある状態での戦闘や、背後に民間人がいる状況を想定して戦うことになった。
そういう意味でも『バカ火力で制圧射撃』という方法で封殺した十石組はすでに十分に条件を達成していたともいえる。
まあ十石が言っていたように、彼女ができることをやっただけで、班員たちは一切成長していない。
結果として『バフを盛ってもいいけど接近戦で倒してね』という新しい課題を与えられ、一段階上の地獄を見ることになる。
とはいえ……である。
彼女らは最低限の課題はクリアしていた。
四等ヒロイン、五等ヒロインは修学旅行へ行けることになったのだった。
三等ヒロインはそういうのがないのであった。
※
某日、人工島の飛行場にて。
四等ヒロイン、および五等ヒロインとその家族が飛行場に集まっていた。
とはいってもこの人工島で滞在することはない。ここでヒロインたちと合流の上、××××山の観光地へ向かうことになっている。
家族らと新人ヒロインたちは語り合っている。
久しぶりの再会ということで、心温まる会話をしていた。
「頑張ったなあ……すごく頑張ったな。お父さん、あの映像を見るたびに腰を抜かしそうになったぞ。よくあの課題をクリアできたなあ……」
「ねえお姉ちゃん、本当にすごいヒロインなんだね! 毎日頑張ってて偉いね!」
「アンタは強い魔力があるから平気だと思ってたけど、すごく大変そうだったわねえ」
「そうなの……すごく大変だったの……」
公開訓練の成果。それは努力の可視化である。
努力している本人たちも課題を得て、それを乗り越えることでカタルシスが得られる。
自分は何のために辛い思いをしているのか、自分は本当に強くなっているのか。
それが実感しやすい訓練というのはそれだけで価値がある。
まあ苦労も可視化されているのだが……それも善し悪しだ。
このご時世、ヒロインというのは本当に超人扱いである。
魔力があると言ってもピンキリだが、その上澄みしかヒロインになれない時代なので当然の考えだ。
だから楽に仕事をして、大金を得ている……という歪んだ考えを持つ者も多い。
家族ですら、というか超人ぶりを知っている家族だからこそ『あの子なら大丈夫でしょ』と思っていることもある。
しかし今回の公開訓練はわかりやすく大変だった。
お茶の間のご家族も『あの子も大変ねえ』と心配してしまうほどだ。
彼女らが勝ち取った合格という成果に対して『全員が合格したんだから大したことのない試験だったんでしょ』とは誰も思っていない。
家族らはヒロインをねぎらい、ヒロインたちも自分の努力が労われているので悪い気はしなかった。
そのような状況で、李広も自分の両親と一緒にいた。だがなぜか、彼のすぐそばに李派の三人がいた。
「おい、お前らも家族のところに行けよ」
「残念だったわね。私の家族はもともと仲が悪いし、今となっては完全に化け物扱いされているから呼んでも来ないわ!」
「私も家族の反対を押し切ってここにおりますので、呼んでおりません」
家族に会うべきだと言ったところ、須原と十石はそもそも家族が来てないと言った。
そのことに対して悪びれている様子はない。
「お前らはそれでいいのか……?」
(お前が言うなよ……)
部下とも友人とも思っていないが、一応同胞だとは思っているので心配する李広。しかしすぐそばにいる彼の両親は、その言葉を言う資格が彼にあるのか悩んでいた。
「むふ~~! 私の両親はここにいますよ~~! なにせ私の両親は私のことを全く心配していませんし、私が変だとも思っていませんので! おお、私の賢さは昔から変わってないということですね!」
「うちの子がご迷惑をおかけしていませんか?」
「悪い子じゃないんですよ……頭も悪いわけじゃないんですよ……でも口が悪いんです……」
なお指栖の両親は彼女と一緒に近くに来ていた模様。
娘がバカなことをしていないか普通に心配しているだけで、特に心労を抱えている様子はないらしい。
「お父さんもお母さんも心配性ですね! ですがご安心を! 私は賢いので、他の人が傷つくようなことは言いません! 危ないところにも行きませんしね! おお、賢い!」
「スーパーヒーローさん……娘は本当にご迷惑をおかけしていませんか?」
「あの子だけ、どの公開訓練を見ても活躍が見えないんです。本当に娘はヒロインをやってるんですか?」
「あ、え~~……彼女はほら、彼女にしかできないことをめちゃくちゃ頑張ってくれています。総司令官からも期待されている人ですし、現役ヒロインの人もすごいといつもほめてくれていますよ」
努力が可視化されていないので、指栖は両親からの評価が低い。
しかし可視化されていないだけで、縁の下の力持ち。まあ自己主張は激しいが、それを許されるほど彼女は有能で替えが効かないのだ。
「彼女は十石の奴と……じゃなかった、十石……おい十石! お前の下の名前なんだっけ!?」
「翼です」
「そうそう、十石翼。十石翼さんと同じで、他者を強化することができる子なんですよ。それも持続時間が長いんです。安全圏で私や他のヒロインを強化するお仕事ですね」
「ふふん! 聞いたとおりですよ! 他の人からどのような仕事をしているのか把握してもらっている。自己アピールを欠かしていないという、賢い証拠ですね!」
丁寧に話をしようとしてぼろが出まくっている李広。
しかし彼の両親からすれば『やっぱりこの子は私たちの息子だ……』と逆に安心感を提供していた。
なお指栖の両親はそれどころではない模様。
「はぁ……まあとにかくさ、俺は俺で結構退屈してないから、そんなに心配しなくていいよ」
「……あのな、あのな……あのな」
本当に、心底から、自分には何の問題もないと思っている声だった。
それに対して母親はなんのリアクションもできず、父親はあのな、と連呼するだけだった。
だがそれでも時間をおいてここにきている。
絞り出した言葉はすでに用意済みだった。
「あれだけ死にかけておいて、心配するなっていうのはなんだ」
「そうは言うけど死んでないし、人助けなんだから仕方ないだろ」
「この修学旅行の間、そのあたりはしっかり話すからな。いいか……場合によっては本当に訴訟をするからな。お前はまだ未成年なんだ、親の許可がないと怪異対策部隊に入れないんだからな」
「……わかってるよ、面倒だなあ」
「お前が自分を大人だと思っているのなら、ちゃんと話をするんだ。いいな?」
「はいはい」
親子である。
お互いに気持ちはわかっていた。
李広は『父さんも母さんも本気だよ、面倒だなあ』と思っている。
父親は父親で『話をするつもりはあるようだな』と思っている。
そして双方共に、もはやどうにもならない一点を理解していた。
その一点を完全に把握している野花は、そんな二人を遠くから見つめている。
(広さんの目指すものが『幼馴染に殺されること』である時点で妥協の余地はない。どうあっても、お互いに譲れない。それをどうにかできるのは完全な第三者だけ、か。私に力があれば違ったのかもしれないけど……)
李広の話を六時間もちゃんと聞いていた野花は彼の人格を理解していた。
李広は鹿島派ヒロインと似ているが、一点だけ違うところがある。
民間人の命、大多数の命になんの執着もないということだ。
彼は身を捨てて救助を行っているが、それは自分の身の安全がもっとどうでもいいというだけなのだ。
仕事だから助けているだけで、目の前で何人か死んでもそんなに気にしないだろう。
だからこそ、もっと生きてもっとたくさんの人を助けるべきだ、と思っていないし説得の材料にならない。
一方で仲間や友人、親密な相手を大事に思う気持ちはある。
厄介なのは、その大事な相手に殺村紫電が入っていて、かなり上位に食い込んでいるということだ。
なぜそこまで上位なのかもわかる。
はっきり言えば、不良を卒業した男が現役の不良に共感し憐れんでいるだけだ。
もうちょっとわかりやすく言えば……。
現役を引退したボクシングの世界チャンピオンが、プロボクサーに憧れている子供の未来を奪ってしまったようなものか。
責任を感じるのも無理はない。
(彼女がまったくの別件で逮捕されれば納得というか諦めもつくし、いろいろな意味でベスト。でもそれが叶うかどうか。スーパーヒロインと警察が協力すればあるいは……?)
思考を巡らせていたまさにその時である。
人工島の飛行場で、大いに騒ぎが起きていた。
「近藤ちゃん! 僕を止めないでくれ! 僕たちも広君と一緒に修学旅行に行くんだ~~! 引率という名目があれば可能なはずなんだ~~!」
「総司令官がだめと言っているんですから、ダメに決まっているでしょう。貴方たちも止めなさい」
スーパーヒロイン鹿島強と鹿島派のヒロインたちが、私服姿で大きな荷物を持っている。
どうやら五等ヒロインや四等ヒロインにまぎれて修学旅行に参加したいらしい。
スーパーヒロイン近藤貴公子と近藤派のヒロインたちが、羽交い絞めにして抑え込んでいる。
全員一様に呆れ返った顔をしていた。
「はあ……これから修学旅行に赴く皆さん。まずマクラから入らせていただきます」
巨躯の女傑は長身であるはずの鹿島を両脇に腕を通して持ち上げて拘束している。
そのままこれから旅立つ面々へ話を始めた。
「広君の修学旅行での写真を大量に撮ってください! 高値で買います! 普段は見れない姿……浴場での全裸とかだったら、私の年収一年分を出します! 全裸の定義ですが、肝心な部分がしっかりと観察できるのが全裸です!」
「ぶっ殺すぞ!?」
「ではマクラはここまで……まだ出発予定時刻には早いですが、今すぐ離陸してください! 私たちが鹿島先輩たちを抑えているうちに!」
「マクラいらねえだろ!」
「いる! 私には必要です!」
鹿島たちを抑えている女は、自分の欲望を抑えなかった。
強い意志をもって、盗撮写真の撮影の必要性を訴えていた。
ご両親から訴えられそうである。
『え~~……それでは皆様。出発時刻にはまだ早いですが、お手荷物を忘れないように機内へ入ってください。どうか快適な空の旅と、××××山での修学旅行を楽しんでください』
飛行場……滑走路のあるスペースで放送が聴こえてきた。
総司令官からの前倒しである。
どうやら事態は本当に一刻を争うらしい。
聞きしに勝るスーパー具合に家族は困っていたが、ヒロインたちは慣れているので背中を押した。
同行しようとする鹿島派を置いて、素敵な旅に出かけようとしていた。
「総司令官、僕たちも行かせてください!」
『貴方たちはもう散々楽しんだでしょ! 行った先で怪異対策部隊が出禁になるぐらい!』
「今度こそ、今度こそ大丈夫ですから!」
『四等ヒロインの時もそう言ったわよね!?』
「僕たちも大人になったんです!」
『大人は学生の修学旅行に無理やりついていこうとしません!』
「近藤ちゃん! 君も僕と同じ気持ちのはずだ! どうかロックを解除してくれ!」
「いえ……同行したい気持ちはありますが、それはそれとしてついて行く気はありませんよ。いろいろな意味で不味いでしょう」
近藤貴公子は(自分の先ほどの発言を棚に上げて)鹿島に呆れていた。
「私たちスーパーヒロインは、この人工島を基本的に離れられません。特に今の時期は無理ですよ」
「うっ……それでも、すぐに戻ってこれる距離なら……」
「ダメです。私たちは臨戦態勢を保つべきです。なにせ……」
恋する気持ちを隠せとは言わない。
恥ずかしくないのだからフルオープンでいい。
しかしそれはそれとして、スーパーヒロインとして譲れないところがある。
「今年はまだ怪獣が出現していません。何時現れても不思議ではないのですよ?」
李広が小型怪獣を頻繁に出現させているので感覚がマヒしていたが、この世界最大の脅威は怪獣である。
一年に一度出現し、多大な被害を与える怪獣。
今年度は未だ現れていないが、だからこそ緊張感が高まりつつあった。
近藤貴公子が言ったように、何時現れても不思議ではない。




