希望
洋上に建つ人工島。
その飛行場に立つヒロインたち。
全員がアーマーや銃、盾を装備しており、今すぐにでも怪物退治に赴けそうな雰囲気である。
すでに王尾深愛はオオカグツチ(第二形態)と単独で交戦中。
三等ヒロインは『民間人役』の人形を守りながらオオハニヤスと訓練中。
そして四等ヒロインたちはオオワダツミと戦っていた。
そこで五等ヒロインたちである。
オオミカヅチと戦う予定なのだが、ほとんどの者が踏ん切りもつかずにいた。
無理もない話である。
小型怪獣を相手に訓練をするなど、入学前は考えてもいなかった。
いかに理性的で友好的、従属的ですらある相手とはいえ、本番以上の強敵である。
白上一等教官もこれに強く言えない状況であった。
(私も現役時代にこういうことがあたったら乗り越えられる自信がない……少なくとも私をして未経験だ。強く言っても説得力があるまい)
彼女が期待しているのはスーパーヒーローである。
怪獣の主である彼からのハッパがなければ現状は変わらない気がしていた。
(うう……私が班長って……)
特に悩んでいたのが『精鋭扱い』の一夜夢であった。
自分は特別ではない。
李広にお礼を言いたい一心でここまで来たが、今日までのすべてが『自分は特別ではない』と浮き彫りにしてくる。
スーパーヒロインも殺村も鈴木も李派も鹿島派も。
いずれも自分とはステージが違う。
真の特別な人々がいる中で、自分が精鋭扱いされるなどおこがましい気がする。
(広君からも班長に向いてないって言われちゃったし……)
「ちょっとちょっと。アンタの友達、めっちゃ悩んでるじゃない。アンタが考えなしに『班長に向いてない』っていうからでしょ」
「……そうかもしれん。別にあの子を無能呼ばわりしたわけじゃないんだがなあ」
ずずず、と。
李広は一夜夢に近づいた。
言いにくそうにしていたが、踏ん切りをつけて話し出す。
「あのさあ」
「ひうっ!? ご、ごめんなさい! わ、私、結局班長を受けちゃったんだけど……このままだと、広君と一緒に修学旅行行けないかも!」
弱気になっている一夜は、始まる前からすでに心が折れているようだった。
友人である彼と一緒に修学旅行に行けないことが申し訳なかった。
「何言ってるんだよ」
「私、合格できる自信がなくて……」
「あのさあ。君はそもそも怪物と戦って勝ってるんだから、オオミカヅチと戦わなくても修学旅行に行けるだろ?」
「……あ、そうだった! そっか~~! 私もう修学旅行には行けるんだった~! なんか慌てて損した~~!」
「もう、うっかりしてるなあ」
「そうだよね! 私たちは行けるんだったね! えへへへへ」
恥ずかしそうに笑う一夜、あきれて笑う李。
そして恨めしそうに見る一般五等ヒロインたち。
「じゃあ怪獣との訓練はしなくてもいいのかな……私正直、班長なんてやれる気がしないし……」
「そうだな。俺もそう思う。でもな、俺は一夜ちゃんなら普通に合格できると思ってたぞ。アドバイスの必要もないと思っていたぐらいだ」
李広としては、一夜夢が怪獣相手に戦えることはほぼ確定事項であったらしい。
自信ありげにしっかりと頷いている。
「ええ!? そんな、私が怪獣相手に勝てるわけがないでしょ!」
「勝つ必要はないし、今回いきなり合格点を出す必要もないだろ。何回か試験を受ければ、修学旅行までに合格すると思ってただけさ」
「……それって、信頼しているってことなのかな」
「もちろん。ぶっちゃけ他の奴らは全員不合格でも驚かない。俺たちだけで修学旅行をすることになる可能性が高いな」
二人とも真面目に話をしているのだが、周囲の五等ヒロインたちのテンションは下がっていく。
ある意味二人っきりの世界だった。
「俺は君のことは最初から高く評価してるんだぜ。初陣でいきなり怪物を倒すなんてやっぱり普通じゃない。あの時ちゃんと顔を覚えたぐらいだ」
「そうなんだ~~……ちょっとうれしい」
「他の奴らなんて名前も顔も覚えてないし、覚える気もないぜ」
名も無き人々のために自分の命を捨てて戦うスーパーヒーローだが、クラスメイトの名前は覚える気もないと明言する。
このちぐはぐさがスーパーなところなのかもしれない……とクラスメイトは思うのだった。
「君は動ける子だ。この程度の訓練に躓いたりしないよ」
「本当にそう思う?」
「俺が保障するさ。君は大丈夫、他の奴らは無理かもしれないけど君は大丈夫」
君は大丈夫と二回も言う男、李広。
彼の言葉に一夜夢は希望を見出していた。
他の五等ヒロインたちは『あの記録の通りの人だ……』と、李広の人間味を味わっていた。かなり苦い。
「よし! それじゃあ……白上一等教官! 私、オオミカヅチに挑みます!」
勇気をもらった彼女は鼻息も荒く立候補する。
それに対して白上は喜ぶが、彼女の班に入っている面々は不安そうだった。
彼女が勇気づけられた時のように、なんかこういいことを言ってほしい。
自分たちは大丈夫だよと言ってほしい。
「班のみんな……私でもやれるってところを見せるから、イケそうって思ったらついてきてね!」
なおやる気が出ている彼女は行動で証明するつもりらしい。
それはそれですごいかも、と期待する班員の前で彼女は風と雷の怪奇現象の中へ入っていった。
『ほう、まずはお前が相手というわけか』
「はいっ、お願いします!」
『やる気があって結構だ』
五階建てのビルほどのサイズがある竜巻に見下ろされている。
ドン・キホーテさながらのシチュエーションであったが、それでも彼女は盾と銃を手に気合をみなぎらせていた。
全身を守るバリアが軋んでいる。
それでも自分は守られている、戦える。
「頑張れ~~!」
李広からの応援が聴こえる。
自分はやれる、信じられる。
「行きます!」
『では……じかい!』
風と雷が拳を形成する。
雲が影をなすように、風と雷が陰影で存在感を現した。
それ一発で一等ヒロインを粉砕するであろう威力の、魔法の攻撃。
一夜夢に向かって振り下ろされる。
「大丈夫大丈夫、私は負けない。大丈夫大丈夫……やっぱ無理~~!」
一夜夢は盾も銃も放り捨てて走り出した。
それはもう一目散である。
どっかああん、と拳が怪奇現象の内部の円盤を揺らす。
一夜はつんのめり、四つん這いになりながらも走って逃げていた。
「きゃあああああああ!」
『らいこうふうか』
「きゃあ! きゃあ! きゃああああああああ!」
汚い絶叫を上げる一夜。
怪奇現象内に大量の雷と風が振り下ろされていくが、それをなんとか避けて、逃げて、走っていた。
『とつなり!』
「ひい! ひゃあ! ひゃああああ!」
ロックオンした相手に降りかかる魔法攻撃。
彼女は蛇行しながら走ることでなんとか難を逃れようとする。
もう戦う流れなんて一切残っていない。
彼女の部下に当たる班員たちは、がっかりしながらも納得していた。
こりゃだめだ。自分らもああなっちゃう、と。
これは他の班員たちも同様である。
やっぱりこんなの、自分たちには早すぎる。
「うんうん、思った通り動けてるなあ」
感心した様子で頷いているが李広であった。
さっきまでのテンションと一切変化なく、止めようともせずに微笑んでいた。
「あ、えっと、その……お前ら、よく見とけ。いい見本だろ? ああやって逃げるんだ」
(アレが見本なの!?)
「俺もオオミカヅチと戦った時は、全身に鎧を着て、片腕をモガれた状態で、残った腕で相棒を抱えて全力ダッシュしてたもんだ……懐かしいなあ。あの時はオオミカヅチも本気で殺しにかかってきたなあ、最初から第二形態だったもんなあ」
(なんかすごいこと言ってる……)
懐かしそうに語る李広。
五等ヒロインたちはまったく見本にならない過去の攻略情報からあえて心を遠ざけていた。
「三等ヒロインや四等ヒロインならともかく、五等ヒロインが小型怪獣と戦えるわけがねえんだ。攻撃を避けたり逃げるだけでも十分だろ。だからアレはマジでいい見本だ、よく見とけ」
はっきり言って、ものすごく無様だった。
逃げると言っても、計算や予測など一切ない。
自分に向かってくる目の前の攻撃を必死で避け続けているだけだ。
誘導され、包囲され、避けきれずに被弾している。
それでも走って逃げ続けている。
それがいい、と李広は見ている。
「並みの奴ならうずくまって動けなくなる。だがあの子はちゃんと走ってる。止まることの恐ろしさを知ってるのさ」
ーーーボクシングでは、ダウンした相手に追撃することは禁止されている。
理由は簡単、相手が死ぬからだ。
総合格闘技などでは、倒れた相手に追撃が決まった時点でレフェリーストップが入ることが多いのはそういうことである。
戦いの中で倒れて動けなくなるというのはチェックメイト、死を意味している。
みっともなかろうがなんだろうが、被弾しようがその場しのぎだろうが、とにかく逃げるというのは悪いことではない。
少なくとも李広からすれば、十分な戦いぶりだ。
「実際やってみると、アレが難しいってわかる。痛くても怖くても逃げる、走る……動く。それがあの子にできるんだ、お前たちにもできるさ。いや、無理かもな。やっぱ難しいもんな。期待すんのは無理があるか。旅行は諦めてもらうか……怪獣と戦ってまで豪華ホテルに泊まりたくないだろうしなあ……」
そして……観戦しているヒロインたちも思った。
これで十分なら、私たちもいけるんじゃね? と。
李広が無理だろ、と思っている中でも希望が湧いていた。
(あんなんでもいいなら……私たちだって!)
そうしている間におよそ五分が経過した。
へとへとになりながらも、一夜夢は生還した。
広の元に戻ると、一気に崩れ落ちる。
彼女のアーマーは電気で焼かれ、わずかに湯気を放っていた。
「ナイスファイト! よく頑張ったな! ちゃんと動けてたぞ!」
(すごく喜んでる……実は怪奇現象の中から逃げようとしていたけど、どこに逃げればいいのかわからないからできなかったなんて言えない……)
「一夜さん、いえ班長……! 貴方の勇姿を見せてもらったわ! アレなら私たちもいけるかもしれない!」
(そう思うなら、私が走っている時に助けに来てほしかったなあ……)
「それじゃあ行ってくるわね!」
ーーー難しいと思っていたゲームを、ものすごく上手な人がスーパープレイでクリアしたとしよう。
これなら自分もいける、と思うことはあるまい。
しかし凡庸な人が凡庸なりに一生懸命にクリアした動画を見れば、自分もいけるかもしれないと思えるはずだ。
「行こう……修学旅行に! 最高級ホテルの最高グレードに!」
「おおお~~!」
(あの子が班長みたいになってる……)
「調子に乗ってやがる」
結果から言うと、合格者は一人も出なかった。
しかし三分間は逃げられていたし、最後のひとりも五分ギリギリまで持ちこたえていたので、次の機会があればなんとかなりそう、という雰囲気であった。
一回目の訓練の、一度目のチャレンジャーとしては十分と言えるのではなかろうか。
※
さて……なんだかんだ言って、一夜夢は一番槍でそのまま合格していた。
班員たちも彼女に続き、棄権という事態は回避できていた。
なんか行けそう、という雰囲気の中で二番手は野花こころの班であった。
班長である彼女は物凄く集中した顔をしており、周囲のヒロインたちを寄せ付けないオーラを発している。
(一夜ちゃんは物凄くちゃんと頑張った。合格したんだからそれはすごいこと。私も続かないと。これは私のモチベーション。私はヒロインを引退したら政界に出る。同じように考えているヒロインの子から支持を得るには、この試験でリーダーシップを発揮しないといけない。これも私のモチベーション)
(前回の訓練で、私は他の二人に比べて反応が遅れていた。目の前の訓練に集中しきれなくて、余計なことを考えていた。私はパニックに陥っていた。それが私の欠点)
(でも前回の訓練で、私たちは即席の連携を成功させた。一度型が出来上がれば私は頑張れる、これは私の長所。だからそれを前提に作戦を立てて、みんなに実行してもらう。そのためにいろいろと考えを巡らせないと……それは私の課題ね)
訓練が始まってからごちゃごちゃ考えるのではなく、始まる前にごちゃごちゃ考えて整理する。
彼女はすでに自分を理解していた。
「……みんな、聞いて。今回の訓練で全員が合格することはないと思う。でも私は、私の班に入ってくれた子を見捨てない。全員で最高グレードの旅行をしましょう!」
班員の心をつかみつつ、作戦を説明し始めた。
「さっきも見たからわかるでしょ。オオミカヅチは立て続けに攻撃してくる。全部避けるのも防ぐのも無理よ。それこそ王尾さん以外はね」
王尾深愛が実際にオオミカヅチを倒し、第二形態を相手に奮戦したからこそ、『アレは無理』と全員が納得していた。
この作戦は無理だ、と全員が納得できるのもそれはそれでいいことである。
「だからこそ……私が攻撃して、相手の攻撃を妨害するわ」
「できるの?」
「やってみないとわからない。でも今思いつく最善よ」
自分の班員にはあえて盾だけを持たせ、自分は銃を二丁構えて怪奇現象へ向かう。
その姿を、少し驚いた眼で見送る広。
彼の横顔を、彼女はすこしだけ確認した。
(私も……胸を張って、政界に漕ぎ出したい! 貴方のように誇らしい顔をして、ヒロインをやり切る!)
ごちゃごちゃ考える。
それが自分。
怪奇現象の舞台、磁界の円盤の上に立つ彼女はとても凛々しい顔をしていた。
『ほう……じかい!』
「みんな、逃げて!」
攻撃のモーションが始まる。
野花班の面々も、一夜班のように無様に逃げるしかなかった。
だが野花だけは精悍な顔でしっかりとオオミカヅチを見上げていた。
「弾倉、土! 実体弾、フルオート!」
『くくく……ぼうふうりん!』
回避を終えた野花は、自分の持てる最高火力をオオミカヅチに叩き込む。
それでもオオミカヅチからすれば大した攻撃ではないだろう。しかし律儀にも嵐の盾を構築して防御する。
ただでさえ不十分な攻撃が、過剰な防御によって完全に遮断された。
(私が最大火力を出しているから、付き合ってくれている……でもこれを五分も続けられるわけがない!)
防御させること自体が目的だった野花は、防御モーションが始まった時点で発射を止めていた。
すでに息が荒い。それほどの全力攻撃であった。
『らいこうふうか』
返礼となる広範囲への連続攻撃。
それを彼女は回避し続けていた。彼女の班員も盾を傘に逃げ続けている。
『では次の……』
「させない!」
魔法と魔法の継ぎ目。
次の攻撃パターンに入ろうとした瞬間に、二丁拳銃が火を噴いた。
反撃のタイミングを間違えない。
相手に防御させるまで攻撃し、相手が攻撃している間は回避に徹する。
これが彼女の考える最善の策であった。
(すごい……これならいけるかも!?)
連続攻撃ではなく絶え間のあるターン制バトル。
野花の献身的な攻撃に支えられる形ではあるが、野花班のヒロインたちは余裕を持って攻撃に対応できていた。
観戦している他の班員たちも『模範解答の一例』を見て目を輝かせている。
「すごいわね、野花さん。これは私も負けていられないかも……」
そしてそれは、次に控えている相知音色も同じであった。




