例えばフラグを知らぬうちに立ててた場合
人の願いは歪で本心とは違うもの。
だから人の願望とは歪んだものになるのだろう。
最近、自分が愛した女性の息子が、己の息子になった時の夢を良く見る。
初めて出会った時からその子供は外見に似合わずいつもビクビクと挙動不審で、なつかれるまでに随分と時間がかかった。
当時、そんな我が息子と、あっさりと仲良くなった同じ幼稚園の女の子相手に本気で嫉妬したこともあった。(後日可愛い男の子であることを知った)
我ながらアレは大人気ない行為であったなと恥ずかしくなる。
それから10年経ったある日のこと、その幼児───春樹君から連絡が入ってきた。
春樹君は息子と同じ高校に通いたいのでしばらく我が家に住まわせて貰えまないか?と聞いてきた。
最初は反対しようかとも思ったが、息子から届く手紙には友人が一人しかいないのが読み取れていたので許可した。
これを気に、息子には沢山の友人を作って貰いたいという親心である。
事態が急変したのは少年が我が家に居候することになっていた今日の夜のこと。(時差で昼夜逆転してます)
部下から緊急チャンネルで送られてきた一通のメール。
『社長のご自宅に強盗が入ったようです!』
それを見た自分の行動は実に迅速だったといえる。
パスポートと財布&携帯だけをスーツのポケットに放り込み、会社を飛び出した。
途中、自分を止めようとする部活達を、千切っては投げ千切っては投げて、強引に振り切るに至った。
ほとんど身一つで愛機(ジェット機。愛称はサンディ)に乗り込んだ自分は全速全開で日本へと急行した。
オリジナルカスタムによって、速さのみを追及し続けた結果。
サンディは殺人的なGを生む加速性と最大速度を実現している。
そんな悪魔のような機体で彼は半日とかからずに日本へと大陸横断してみせたのだった。
しかしそこに彼の愛する息子の姿はなかった。
そこに居たのは彼が愛した女性と瓜二つの少女。
『セシリア=竹蔵』
彼の兄の妻だった女性に瓜二つの少女が。
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竹蔵家に強盗が押し入ってからすでに半日が過ぎ、月が夜空を照らしていた。
父にありのままを話したら、気絶してしまったので慎二が書斎まで運んでくれた。
時刻は既に10時近く、慎二もそろそろ帰ると言い出ていった。
「・・・・・・え~・・・と・・・ハル久しぶりだね」
ずっと幼い頃、ずっと一緒に居られると思っていたあの頃。
一番大好きだった。一番傍に居たかった。一番ずっと一緒に居たかった人。
───優樹にとってとても大切な人がそこに居る。
「ふふふ・・・懐かしいですね。優樹君は相変わらず可愛いですね」
か、可愛いって・・・。俺これでも元は男だよ?
・・・・・・・・・。
あれ?そう言えばハルはなんで俺が女なのを普通に受け入れているんだ?
「約束を守ってくれて嬉しいです。優樹君にもあの方にも感謝しなくてはなりませんね」
あの方・・・って、ハルは知っているのか?
なんで俺が女になったのか、その理由を!?
「ど、どうしてハルは・・・」
疑いたくはなかった。ハルは慎二同様、優樹にとって大切な友人だったから。
「ハルは・・・。むぐっ!?」
どうして知っているんだ?そう言おうとした。
だけど言い切れなかった。何故?
「・・・ん。クチュ、んん・・・」
目の前にはハルの綺麗な顔がアップであった。
そして優樹の口は春樹のソレに塞がれていた。
優しくされたさっきのキスとは違い、今度のキスはひどく情熱的なキスで、首の後ろに回された春樹の手が優樹の背中を抱き締める。
「ん~!?~ん~ンむ~・・・ん・・・」
驚きの表情から、徐々に安らかになり、最後には気持ち良さげ表情になっていく優樹に満足したのか、春樹はようやく優樹を解放した。
「ぷはっ・・・。ふふふ、可愛いですよ優樹君」
「は、ハル・・・何するんだよ!?」
とてもじゃないが、気持ち良かったです。
なんて正直に言った日には一線越えてしまう気がするので、素直が売りの優樹でも言うのを躊躇った。
というかいきなりキスされと気持ち良かったです・・・。
というのは、なんというか凄くマゾっぽい。受け身的な意味合いで。
「私は優樹君が好きです。だから優樹君が約束を守ってくれてこうして女の子になっているので嬉しさのあまり行動してしまったのですが・・・優樹君は何故怒っているんですか?」
「当たり前だろうが!いきなりキスされて怒らない奴があるか!・・・そ、そりゃハルは綺麗だからキス自体は嫌じゃないかもしれないけど・・・って違ーう!?い、今のナシ!」
両手を前に突きだして首を振り、必死に否定する優樹を見ていた春樹の表情が次第に冷ややかなものになっていった。
「どうもおかしいですね・・・。優樹君“約束”は覚えていますか?」
「え?・・・や、約束?」
自分は何か約束をしただろうか?
目の前の彼がこれほど真剣になる程大切な約束なら忘れてしまっているのは非常に不味い。
何だ?何の約束なんだ?
それが俺の体が女になったのと関係しているのか?
「まさか神様が・・・?契約を果たす代償に・・・?それとも十年の間に何か不確定要素が?」
急にブツブツと呟きだした春樹はしばらく悩んでいた。
「ハ、ハル?」
優樹の言葉が切っ掛けになったのか、ハルは優樹の体を徐に抱き上げた。お姫様抱っこで。
「え?うひゃあ!?」
いきなりの浮遊感に驚きの声を上げる優樹を、その華奢な細腕からは想像もつかない腕力で優樹を抱いたまま歩きだす春樹。
「とりあえず今日はもう寝ましょう優樹君。お部屋は何処ですか?」
さっきまでの真剣な表情が嘘だったように穏やかな声で優樹に質問する春樹に、優樹は多少戸惑いながらも口頭で自室の扉を教えた。
春樹は、部屋に入ると優樹の体を優しくベッドに下ろし、毛布を被せた。
「では、お休みなさい優樹君」
春樹の優しい声に、何だか全てがどうでもよくなった優樹は、最初に抱いていた春樹への疑念を忘れ、瞼を閉じた。
今日は色々あって疲れていたのか、寝つきはとても早かった。
「お休みなさい。私の可愛い花婿さん」
薄れゆく意識の中、耳元で聞こえた春樹の言葉に何故か胸が酷く締め付けられた。
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眠りについた優樹の前髪を愛おしそうに撫でた春樹は、幼い頃の事を思い出していた。
『やーい女男ー!』
『オカマ野郎だ逃げろー!』
毎日の様に浴びせられる差別の声の中で、たった一つだけ掛けられた光。
『ハルは僕が守るから!』
自分と同じ様に、外見で差別されていたその少年は本当は弱虫なのに春樹の前だけでは英雄の様に振る舞った。
そしてあの日、何気ない一言があの輝かしい日常を終わらせた。
『私、大きくなったら優樹君のお嫁さんになりたいな・・・』
春樹の言葉に優樹はしばし悩んだ後、こう答えた。
『僕もハルも男の子だから結婚は無理だから、僕が大きくなったら女の子になってハルのお嫁さんになってあげる!』
今思えばあまりにも不可解なあの言葉が全てを変えた。
そしてあれから十年、ようやく春樹は絆を取り戻した。
あの約束を果たし、優樹とずっと一緒にいるために帰ってきたのだ。
「大好きですよ優樹君」
こうして役者は揃った。
一人の少女を巡る、二人の少年達。
これから始まるのは三人の少年少女の一風変わったボーイ・ミーツ・ガール。
春樹の謎めいた台詞に疑問を抱いた方も多いでしょう。
しかしアレでいいのです。歪んだままでいいのです。