リミ・ディ・ヴァタクシアの心は複雑模様
「むー……」
リミ・ヴィタクシアは不機嫌であった。どうしてそうであるかというと、実のところ本人にもわかっていない。
リビングにて、机に顎を乗せて顔をゴロゴロしている。眉を寄せて唸る姿は、不機嫌であると誰の目にも明らかだ。
「姫、どうしました?」
なので、リミの付き人兼保護者のような立場であるセニリアはリミに問いかける。最近リミの行動がどこかおかしく見えるので、変だとは思っていたのだ。
そしてそれは……とある条件下でテンションの差がよく表れる。
「べつにー、なんでもないですよー」
どこか拗ねたような言葉。なんでもないと言いつつもやはり不機嫌ではないか。セニリアは軽くため息。
実際に不機嫌だとはいっても、それは長らく側にいたセニリアだからわかることだ。まあ今回のは、誰の目にも明らかだろうが。
「なんでもなくはないでしょう。なにかつまらない、って顔してますよ」
「そんなことは……」
唇を尖らせ、視線をそらす。その反応からもやはり明らかだ。そして本人はわかっていないだろうが、セニリアはもうリミの不機嫌の理由に察しはついている。
「まったく……タツシ殿がいなくてつまらないのはわかりますが、そんなあからさまにすねないでください」
「っ……べ、別にすすすねてないしっ! それになんで、た、タツシ様が出てきて……!」
さらっと告げたセニリアの言葉に過剰反応。ここまで反応してくれるとからかうよりもただただ哀れというものだが……
この子は変にいい意味でも悪い意味でも純粋だなぁと、改めて思い知らされる。
「だって姫、タツシ殿がいるときといないときで明らかにテンションが違いますよ。少なくとも、タツシ殿の前で今のようにだらしなくマシュマロ顔をさらしたりはしないでしょう」
「だ、誰がマシュマロ顔よ!」
だが言われて気づいたのか、赤くなった顔を冷ますかのように一旦落ち着く。
「……そ、そんなに違う?」
「それはもう」
「そうなんだ……なんでだろ?」
自分ではわからなかった変化を言い当てられて、しばし黙りこむ。だが問題は、自分がなぜそんな変化に陥ったか気づいていないことだ。
ある特定の異性が側にいるかいないか……その時によりテンションの上げ下げが激しいなど、それはもう思い当たる理由は一つしかないだろうに。
それが思春期ならばなおさらに。
「成る程、姫もついに恋に悩むお年頃に」
思い当たる理由……それは異性に対する恋愛によるものであると見抜いたセニリアは、感慨深そうにうんうんと頷く。
これまで、モテはしても男っ気一つなかった妹のような存在。そんな彼女が、こうして恋に悩むようになったというのは成長を感じられて嬉しいものだ。
なのだが……
「? 恋? なんのこと?」
当の本人はきょとんとした顔だ。これは、恥ずかしがってごまかしている……というわけではなさそうだ。
「……いや、なんのことって……好きな人いるんでしょ?」
「誰が?」
「姫が」
「誰に?」
「いや、タツシ殿……あれ?」
妙に噛み合わない会話。これはもしや、とんでもなく面倒なことになっているのではないだろうか。
というか、今口を滑らせて達志の名前を出してしまった。うっかりセニリア。
「私が? タツシ様に?」
「あぁいやその……」
これはしまった、とセニリア。まだ自覚していなかったのならば、そのまま放置させて自分で気づかせるべきだったのだろうに。
第三者が口を挟むべきではなかったか……とセニリアが自身の失態を悔いていると。
「えぇ、タツシ様のことは好きだけど……」
おっと、これはあれだ。ライクとラブの意味を間違えているタイプだ。多分、ラブを意識した途端に赤くなるはずだ。
この際だ、もう口を滑らせてしまったのだし少し突っ込んだ話をしてもいいだろう。
「ちなみにですけど、今の話はライクではなくてラブの話で……」
「あははー、それくらいわかってるってー」
……おや?
「え……わかってる、ですか?」
「そう。確かに私はタツシ様が好きだけど、それはライクのほう。ラブのほうじゃないよ?」
淡々と答えるリミは、嘘を言っているようには思えない。まさか本当に、達志に恋愛感情はないのだろうか?
とはいえ、一連の行動は恋する乙女のそれに間違いはないと思う。これでも、それなりに青春時代を送ってきたセニリアだ。
なので、考えうる可能性は……
(ライクとラブの違いは知っているのに、自分がラブの感情を抱いていることに気づいてない!?)
達志のことがラブの意味で好きだが、それがラブであると本人に自覚がない……このパターンがしっくりくる。
なんともややこしいことこの上ないのだが。
(これは……想像以上に面倒なのでは?)
ライクとラブの区別がついていないだけならば、そこを指摘してやれば済むが……区別がついている上で自身の気持ちに気づいていないというのは厄介すぎる。
リミにはこれまで、色恋沙汰の話はない。つまり誰かから好かれたことはあっても、好いたことはない。恋愛のれの字も知らないのだ。
だから、恋愛の気持ちであるラブを自分が抱いていると、わかっていない。
(理屈はわかるけど……ライクとラブの区別がついてて、なのに気持ちに気づいていないってことがある!?)
あくまでもセニリアの予想の話だ。リミは達志にラブで、しかし自分の気持ちがラブであるとは気づいていない。
ただ、これが予想通りであるならば……この案件は、いったいどうやって進めていけばいいのか。ラブを自覚させても、ラブの気持ち自体を知ってもらわねば意味がない。
だがラブの気持ちを持ったことがないのだから、その気持ちをどうやって知ればいいのか……
「せ、セニリア!? なんか頭から湯気出てるけど!?」
「あぁ、ちょっと面倒な考え事をしてて……軽く焼き鳥になりかけてました」
「ハーピィってそうなるの!?」
こんなことになるなら、下手に蓋を開けるんじゃなかった。頭の中はショート寸前である。後悔してももう遅いが。
こうなれば、恋のイロハというものを叩き込んでやろうか。
「姫、タツシ殿と話してるとどんな気持ちになりますか?」
「嬉しい! 胸があったかくなる!」
「……タツシ殿がいないと、どんな気持ちになりますか?」
「寂しい、退屈」
「…………タツシ殿が他の女の子と話してたらどんな気持ちになりますか?」
「なんか、胸がもやもやするかも」
「ダウトォオオオオ!!!」
とりあえず質問攻撃という手段をとってみたが、案の定……それ以上に確信的な答えが返ってきた。これは間違いないどころではない。
それが恋だよ!むしろ知識があるのになんで気づかない!?……声を大にして言いたい。
が……
「……?」
本当に何もわかってない様子のリミを見ていると、いざその気持ちが恋だと知ったときの反応を想像して怖くなる。しかも、達志とは一つ屋根の下なのだ。
どんな顔をして会わせればいいのか……本人以上にセニリアの胃がもたない気がして、言うのをやめた。




