勇界 達志の悶々
「なんだか新鮮ですねぇ、タツとこうして二人で帰るなんて」
「そうだなー」
「体育祭ももうすぐですし、楽しみですね!」
「そうだなー」
「……空が青いですね」
「そうだなー」
言ってルーアは、空を見上げる。空は青いどころか、夕暮れのオレンジ色だ。
先ほどからずっと、達志は同じ言葉しか答えない。つまり、この男私の話を聞いてない……とルーアは、ジロリと睨み付ける。
「やっぱり、由香先生と何かあったんですね?」
「そうだ……そんなことはないぞ?」
試しに先ほどから疑問に思っていることを投げ掛けてみる。それに対しても同じ反応をとられると思ったが……違った。
否定する達志であるが、逆にその反応こそが先ほど何かあったことを裏付ける。
「わかりやすいですねぇ」
ルーアも呆れるほどにちょろい。それとも、上の空なところに図星をつかれた故の反応だろうか。
当の達志は、誤魔化すためなのか視線を明後日の方向に向け口笛を吹いている。吹けてない上にその仕草自体がもう怪しい。
これは、これ以上聞かなくても先ほど由香と何かあったんだとわかるくらいだ。
「何があったのか……追及する気はないですし、聞いても答えてはくれないんでしょう?」
「ま、まあ……」
それは当たり前だ。というより、仮に話せとなっても何をそう話したらいいのかわからない。
何気ない会話から、あんな流れになり……まるで、告白シーンのような場になってしまうとは。あの時ルーアが来なければ、いったい何を言われていたんだろうか。
達志だって年頃の男の子だ。あんなシチュエーションで思うところがないわけではないが……
「まさかな……」
あのまま由香が告白してきていたら……あり得ない妄想を振り払い、軽くため息。
そもそも、自分と由香は生徒と教師だし……幼なじみとはいえ、こんな子供に興味はないだろう。それこそ、由香の容姿なら男なんて捕まえ放題だろう。
だからあのシチュエーションは、告白っぽく見えただけの別の何かだろう。由香が自分のことを異性として見ているなんて、そんなことあるわけない……達志はそう結論づけて。
「だから落ち着け俺……」
先程からうるさいこの心臓を、何とか鎮めようと必死だ。
確かに達志は、由香を好いていた。今にして思えば、あの頃のまま共に時間を過ごしていれば、自然と由香と付き合っていたんだろうなと思えるほどには由香に対して異性として好きだった。
だがそれも、達志が眠る十年前の話。今となっては、たとえ達志が由香に告白したところで困らせるだけだし……何より、今達志の中にあるこの気持ちもわからなくなっている。
現在の由香に対して、本当に昔のような行為を抱いているのか。今心臓がうるさいのは、あんな美人先生とあんなシチュエーションがあったから男の子として当然の反応だから、なのかもしれない。
そんな曖昧な気持ちで由香に挑むのは、失礼な気もして……
「もしもーし、タツー?」
「……え、なに?」
「なに、じゃないですよ。さっきからまた黙り込んじゃって。私だからいいですけど、他の人の前でその反応はやめた方がいいですよ。絶対根掘り葉掘り聞かれますから」
「あ、あぁ、そうだな」
この際、誰かに相談してしまおうか……やはり、無理だ。ルーアどころか、猛やさよなにも何を言えばいいかわからないし。
とはいえ、ずっと一人で悶々しているのは辛すぎる。……ここは話がまとまらなくても、相談してしまおう。
となると、やはりさよなだろう。さよなの猛への気持ちを知っている分、こういった話題はさよなの方がしやすそうな気がする。
「では私はここで。あまり思いつめるようでしたら、話を聞きますから」
「あぁ。ありがとな、ルーア」
一緒に下校しただけだが、ルーアには随分助けられた気がする。もしも本当にどうしようもなくなったら、彼女にも話してみよう。もちろん、要所要所はごまかして。
ルーアと別れ、帰宅した達志は早速、さよなに連絡するのだった。




