お互いの複雑な気持ち
昼休憩に赤チームのメンバーと交流を深めた(?)はその後普段通りに授業を受け、そして部活へ。そこでは普段の練習に加え基礎トレーニングの特訓をこなし、帰宅する。
それが、達志のいつもの風景。だが今日ばかりは、少し違った。
「あ、しまった。教室に忘れ物しちまったか」
さて帰ろうとなった時に、教室に忘れ物をしてしまったことに気付く。まあ取ってくるだけだ、そんなに時間もかからないだろうと、教室に向かったところ……
「……如月、先生?」
「ん。あ、たっくん」
そこにいたのは、達志の幼なじみであり副担任である如月 由香だ。達志を見た瞬間、花が咲いたような笑みを浮かべている。
「……って、その呼び方は……」
「だーいじょうぶ、私以外誰もいないから」
と言っても、どこで誰が聞いているのかわからないのだから……だが、見たところ周りには誰も居ないようだし、いいか。
「どうしたの、部活は終わったんでしょ?」
「あぁ、ちょっと忘れ物をな」
「……そっか」
とりあえず自分の席に向かい、忘れ物を探す。案の定机の中にあったようだ。
「あったあった。由香は、何してんの?」
目的のものを鞄に入れつつ、達志は問う。とはいえ、こう見えても由香は先生だ。この質問もあまり意味がない気はするが。
「ん、まあ一応先生だからね。いろいろと」
「はは、だよな」
自分でも何を聞いているのかと思う。だが、どんなことでも話題が欲しかったのかもしれない。なぜなら……
「なんか、久しぶりだね。こうして二人で話をするの」
動揺のことを、由香も考えていたらしい。そう、最近由香と二人きりで話せていないのだ。
生徒と教師という、近くてある意味遠い間柄。それも、二人は幼なじみであるがその関係を公にはしていない複雑な関係だ。
「そうだな。せっかく同じ学校にいるのにな」
お互い、なかなか時間が合わないというのもある。もちろん無理やり捕まえれば可能なのだろうが、そこまでして由香の邪魔をするのも忍ばれる。
「案外、猛やさよなの方が話せてる感があるかもしれないな。この間も……」
「ん?」
「……あ」
なぜだろう、同じく幼なじみである猛やさよなとの方が下手をしたらよく話している気がするのだ。あの二人こそ、達志とは遠いところにいるのに。
まあ、さよなの場合は自営でやっているから自分の時間を作りやすいのだろうが。
その関係で、この間は猛と衣装作りに付き合わされた。そしてうっかり、そのことが口から滑ってしまって……
「どういうこと? 二人と会ったの? いつ?」
「あー、いやその……」
別に隠していたつもりではない。ないのだが……由香にバレたら面倒なことになるだとうなと思って伏せておいたのだ。だが、こうなってしまっては仕方ない。
この間の出来事を話すと……
「ず、ずるいー! 三人でそんな、楽しそうなことー!」
案の定、面倒なことになった。目に涙を溜めながら、達志を揺さぶる。自分だけ仲間外れにされたのが納得いかないのだろう。
「し、仕方ないだろ。その日はお前仕事だって……」
「行ったよ! 連絡もらえれば仕事ほっぽり出して行ったもん!」
「だと思ったから連絡しなかったんだっよ!」
由香に悪いことをしたという気持ちがないと言えば嘘になるが……それでも、そうなるであろうことは予想できたから伏せておいた。
……そういえば、達志が目覚めてからまだ、四人で一堂に集まっていない。
「悪かったよ。ただその……せっかく夢を叶えた由香の邪魔したくなかったんだよ」
こんなことを言いたくなかったから黙っていたのだが、こうなった以上仕方ない。視線をそらし、少しでも恥ずかしさから逃れようとする。
おかげで由香の表情は見えないが、揺らされるのが止まったことからどうやらわかってくれた……
「そんなこと考えて……たっくぅん!!」
「むぐ!?」
……ようだが、突然達志の顔が引っ張られる。次の瞬間には、何か柔らかくて大きなものに埋まっていた。
まあぶっちゃけ……由香の胸に、埋まっていた。
「む、むうぅ!」
「あ、ご、ごめん!」
正直気持ちよかったのでもう少し味わっていたかったのだが、うまい具合に口と鼻を塞がれてしまい呼吸を封じられてしまっていた。
あのままではちょっと危なかったので、多少暴れると離してくれた。どうやら由香は感動のあまり抱きしめてしまったらしい。互いに赤くなった顔でうつむいて……
「えっと……クラスには、もう慣れた?」
気を利かせてくれた由香が話題を変える。こういうのは男の方からなのだと思っていたが、由香に先に気遣われてしまった。
「まあ……慣れたっちゃあ慣れたな」
なのでせめて、その話題に乗っかることに。副担任であっても、クラスの詳細まではわからないだろう。
達志としても難しいところだが、とりあえず慣れたことにはしておくこととする。
「そっか。……もうすぐ体育祭だもん、クラスのみんなとは仲良くね?」
「クラスで協力するのは対抗リレーくらいだから、あんま関係ないけどな」
先ほどまでの気まずい雰囲気はいつしかなくなり、二人だけの教室に二人だけの声が響いていく。お互いに軽口をたたき合ったり、笑い合ったり……
あまり長くはない、それでも楽しい時間。一旦会話が途切れ……達志は気づいていないが、軽く深呼吸をした由香が切り出す。
「たっくんはさ……好きな子、できた?」
「っ!? ごほごほっ……は、はあ!?」
今までの話とはまったく関係のない台詞に、何かが気管に入ったのか思わず咳込んでしまう。由香はあくまで窓の外を見ながら……暗闇の中の夕日のせいか頬を赤くしていた。
「な、なんでそんな……」
「ほら、ウチのクラス可愛い子多いじゃない。それにリミちゃんとは同じ家に住んでるし……」
「そ、それとは話が別だろ。別に俺は……」
「あ、もしかして他のクラス? それとも学年?」
「いない! いないって!」
なんなのだろう、めちゃくちゃぐいぐいくる。それでいて、少し悲しそうな雰囲気なのは気のせいだろうか。
「確かに可愛い子は多いし、リミはいろいろよくしてくれるけど……好きとかじゃ」
「ふーん。なら、気になる子もいない? 好きとはわからなくても気になる子!」
「あのなあ、なんでそんなにぐいぐい……」
いくら幼なじみで副担任でも、そこまでぐいぐいくる必要はないだろう。お前には、関係ないことなんだから。……そう、言おうと思った。
だが、由香に視線を向けた瞬間……言葉が吹き飛んだ。声色は、他人の恋路を楽しむ者のそれ。しかし、その眉は下がり、眼鏡の目はまるで不安そうに垂れ下がっている。
体をこちらに向け、身を乗り出さん勢いだ。
その姿に、達志の想いは……わからなくなる。なんでこんな顔をしているのか。こんな顔をされては、自分の想いを全部ぶちまけたくなる。
十年前、達志が如月 由香のことをどう思っていたのか。
「……そう言うお前は、どうなんだよ。モテるんじゃないか? 同僚の人とか……」
それを言ってはいけない。十年前なら……いや同じく時を刻んだ間柄ならともかく、そうではないのだ。
達志は十年前の高校生のまま、由香は十年のさいげつを経て大人になり、教師という夢を叶えた。
そこへこの想いを伝えてどうなるというのか。夢を叶えた由香の邪魔にしかならない。それに、大人になった今の由香に対して感じているこの想いが本当に十年前のままなのかも、わからないのだ。
なので、強引にでも話を変えた。変えたのは話というより、標的をだが。こう言ってしまえば、由香は取り乱してごまかせるはずだ。なにせ今の由香がモテないはずがないのだ。
それなのに……
「……私は…………私は、ね……!」
苦しそうに胸を押さえて、切なげな瞳を向けてくる。まるで、自分の中にある気持ちをぶちまけようかというように。




