時代は流れても乙女は乙女のまま
さよなの家に来て一時間……体育祭のために特訓している達志、大工仕事で鍛えている猛の男二人であったが、さすがに限界が近づいていた。
「なあ……まだ、ですかさよなさん」
「あともう少しだから」
「二十分をもう少しとは言わねえよ……」
同じ体勢を続けたままというのはキツい。二十分前にももう少しと言われ頑張っていたのだが、全然もう少しではない。
それともさよなの中では、二十分はもう少しの範囲に入るのだろうか。
「ホントに、もう少しだから……あ、猛くん。顔もうちょっと傾けて」
手の動きはおそろしく早いのだ。いったいどれほど正確な衣装を描いているのか。
ふと、さよなが猛に近寄り、彼の顔に触れる距離まで接近すると実際に顔に触れ、角度を調整していく。
その気になれば、さよなが手を引き寄せさえすればキスも叶うであろう距離感。その距離感に、見ている達志の方が恥ずかしくなる。お、大人な空気だ……
(なんだ、いい雰囲気じゃん)
こうして見ると、二人はお似合いだ。十年前よりも大人びて、しかしあの頃の面影は残っている。
二人の関係性は、あの頃の幼なじみの関係から変わってはいないのかもしれないが、それでも着実に進展している。
だって、好きかと聞かれて電話越しでもうろたえていたさよなが、好きな人を相手にここまで距離を詰められているのだ。以前ならば手を繋ぐことにも躊躇していたさよなが。
告白する勇気がないだけ、それだけなのだ。その勇気さえあれば、きっと二人はすぐに付き合って……
「……っ! ち、ちかっ……ご、ごめんなさい!」
一人感慨深さにふけっていた達志であったが、その思いは一瞬に崩れた。突然に真っ赤になったさよなが、猛からおもいっきり距離をとったのだから。
(あ、ダメだこれ……)
頬に手を当て、キャーキャーうろたえている。そこには、十年前よりも距離が縮まった男女の姿はない。
つまり、進展どころか停滞しているということか。ならばなぜさっき、あんなにも距離を詰めることができたのか? ……答えは簡単だ。
(俺達の今の状態に違わず……集中しすぎて、周りが見えなくなってたってことか。てかさよな、お前三十路手前でその反応は……)
見た目がそもそも、若々しいさよなだ。もしかしたらちょっと大人びた高校生でも通用するかもしれないが……実年齢を考えると、本来かわいらしいはずの仕草は微妙なものに見える。
もちろん、年齢云々のことは口に出しては言えない。そんなことをすれば何をされるかわかったものではないから。
「ま、なんでもいいけど早くしてくれよ?」
そして当の本人……猛は、さよなに迫られたというのにケラッと平然とした顔をしているのだった。
…
それから、さよなの言った通りあまり時間はかかることはなく、二人は解放された。久しぶりに体を動かせるのが心地よくて、思いきり関節を伸ばす。
ポキポキ、ポキィ……
「うん、ありがと二人とも! おかげでいいのが描けたよ!」
「お前、いい加減思い付いたら即実行、ってのやめろよ。こないだなんて、仕事場にまで押し掛けてポーズ取らせやがって……めちゃくちゃ恥ずかしかったんだぞ」
「そ、そんなこともあった、カナー?」
嬉しそうなさよなと、呆れた様子の猛。この間も、あの時も、と猛の愚痴を、さよなはとぼけてごまかそうとしている。
それは、達志の知らない間の出来事。さっきは進展してないと思ったが……やはり、少しでも進展はしている。二人の関係や距離間は変わってなくても、それでも変わっているものがある。
達志が停滞していた時間を……二人は確かに、歩いてきたのだ。由香も含め、幼なじみてである三人はこの十年を踏みしめて歩いてきた。
「お、どうした達志。疲れちまったか?」
「達志くん、そうなの? ごめんね?」
二人に覗きこまれ、達志ははっとする。ちょっとブルーな気持ちになりかけていたのが、顔に出ていたのだろうか。いけない、しっかりしなければ。
「平気だっての。こんなんでへばるかって」
「どーだか。辛いなら辛いって言えよー?」
からかうように、腕を組んだ猛が達志をひじでつついている。体力なし、とでも思われているのだろうか。それとも、軽口で励ましてくれているのだろうか。
どっちかはわからないけど、それでも達志にはありがたかった。
「じゃ、早速知り合いに頼んで形にしてもらうからねー。うふふ、二人とも楽しみにしててね」
スマートフォンを取りだし、画面をタッチしている。知り合い、とやらに今のデザインを形にしてもらうメールでも打っているのだろう。
仕事ならともかく、百パーセントさよなの趣味に付き合わされて相手も大変である。
ついでに……さよなが操作するスマホを見て。猛のときもそうだったが、どうやら二人はスマホウを使ってないようだ。
さよなはともかく、魔法使えるぜわっしょいとか言い出しそうな猛が使ってないのは意外だった。
達志も人のことは言えないけど。
「二人は、スマホのままなんだな」
話題作りのために、聞いてみることにする。
「んー、確かに魔法使える感じで良さげなんだけど、どうもこっちの方がしっくりきてな」
と、スマホを片手にヒラヒラさせる猛。ちゃんと物体としてないと不安になるという気持ち……わからなくもない。
「私は……もう、こっちに慣れちゃってるしね」
と、同じくスマホを片手にさよな。画面をタッチする動作など、類似点も多い気がするがそういうものなのだろうか。
曰く、一回試してみたけど自分には合わない、とのこと。そういうものなんだろう。
「達志はしねーの? リミちゃんとか勧めてこない?」
今度は逆に、達志が質問される。スマホウの存在を知ったのはルーア宅にお邪魔する過程でのことだが、思えば家でリミがちょくちょくなにもない空間にポチポチやっていた気がする。
てっきり、見えないものが見えてる系なのかと思っていたのだが、違ったわけだ。
「俺かぁ……勧められはしないよ」
達志が取り出すのは、達志にとっては最新の……しかし世界からすれば十年前の機種。もし時代の違いかなんかで電話が通じない、とかなら買い替えは必須だが……
「こいつで不便もないし……それに、いろいろ面倒だろ、変えるってなったら」
電話もメールも、支障なくできる。ならばこのままでも、別に不便はない。それに買い替えとなれば手間やらお金やらかかるだろうし……これ以上、家族に迷惑はかけられない。
それにぶっちゃけ、達志も今の機種がしっくりきている。
「ふーん……しかし、今時珍しいんじゃないか? それ」
指摘され、思い出す。確かにクラスの連中は、よくなにもない空間にポチポチやっているのだ。
達志が眠る前で言う、ガラケーのようなものだろう。今やスマホは珍しくもなんともないどころか、古いほどなのだ。
「時代の流れを感じるなぁ……」
おっきくなった幼なじみと、スマホを見て……年寄りくさいことを言う達志であった。