趣味の範囲
「……なあ、今どうしてこんなことになってんだっけ」
「さあ……」
今達志と猛は、混乱している。混乱している、としか言葉が出てこないほどに混乱している。
なんせ、二人は指示された通りにポーズを取り、かれこれ十分は同じ姿勢なのだから。たとえ嘘かなくていいと言われても、長い時間同じ姿勢でいろと言われるのは辛い。
そして二人が、どうしてこんなことをしているかというと……
「ほら、二人とも、動かない」
「「はい……」」
目の前の美少女……幼なじみである五十嵐 さよなの指示によるものだからだ。普段、物静かな彼女が物事に打ち込む姿は真剣そのものだ。
紙に何か描いているようなので、デッサンをしているのだろうか。職業がデザイナーの彼女がこうしているということは、何か仕事の手伝いでもしているのだろうか。
真剣に取り組むその姿に、幼なじみとはいえ思わず見惚れてしまう。
彼女が大人になっていれば、なおさらだ。十年分の、大人の色気というやつが出ている。
黒いタイトスカートから伸びた本来白いはずの脚は、黒タイツにより覆われている。スーツかよ、と突っ込みたくなる格好ではあるが、その恰好は思春期の男の子にとっては毒すぎる。
(脚長っ……それにやっぱきれいな顔してるよな。物静かだからミステリアス美少女って人気あったもんな。物静かな分大人になって、妖艶さも合わさったというか……いかんいかん。さよなは猛が好きなんだ、そんな変な目で見ては……)
「達志くん、ほけっとしない!」
「ほぁ!?」
同じ姿勢を続けてばかりで退屈だったからであろう、考え事にふけっていた達志に怒鳴るような声。気づけばさよなの顔が、目の前にあるではないか。
これには思わず変な声が出てしまう。
「さ、さよな? 顔ちかっ……」
「あんまりぼーっしないの。これは達志くんのためでもあるんだから」
見慣れたはずの、見慣れていない幼なじみの顔。それが目の前にある。やはり面影はあるとはいえ、美少女から美女になった彼女の顔が至近距離にあるというのは心臓に悪い。
だが、それとは別に……さよなの言葉に引っかかりを覚える。
「俺のため?」
そう、とうなずくさよなは腕を組むが、腕に乗るほど胸がないのが……と、変なことを考えている場合ではない。
達志のために、達志と猛はポーズを取らされているというのか。いやそれよりも……
「あの、結局俺達は何をさせられてるんでしょうか?」
「あれ、言ってなかったっけ」
うんうん、言ってない言ってない。
そもそもここに……さよなの部屋に来た理由が、呼び出されたからだ。ファミレスからの帰り、達志の家に向かっていたところへ、さよなから電話が来たのだ。
『達志くん今暇? 学校休みだよね、部活も休みだよね、リミちゃんから聞いたよ! ってわけでウチに来てくれない? もしかしてお友達と一緒? え、猛くん? なら二人でおいでよ! ってか来て!』とまくしたてられ、家に来た。
途端に、あれよあれよと部屋に連れていかれ、ポーズを取らされ……今に至る。説明も一切なしだ。どうやら本人はそのつもりはないらしいが。
(さよなが何かに集中すると周りが見えなくなるのは知ってたけど、これほどとは……)
達志が眠ってしまう前、その頃から……読んでいる本に集中しすぎて授業に遅刻、ファミレスでメニュー選びが決まらず一人だけメニューとにらめっこ、ということはあった。だが、あの時より悪化……進化している気がする。
自覚がないというのが、また困りものだが。
「達志くん、もうすぐ体育祭でしょ? だから衣装作ろうと思って」
「い……しょう?」
今ここで何をさせられているのか、その答えをさよなは告げる。だがそれは予想外のものだった。だってそうだろう。
「え、体育祭って体操着でやるもんじゃないの?」
そう、体育祭というやつは学校指定の体操着でやるものではないのか。それとも、この十年の間に私服がオーケーになったのか?
「あ、ごめんごめん。衣装って言ってもそんな大それたものじゃなくて。リストバンドとか、邪魔にならない小物類をね」
くすくす笑いながら答えるさよな。今さらだが、なんでこんなことしてるのだろう。
「それはつまり、今俺は俺の衣装のデザインのためにポーズ取ってると」
「うん」
「いや、仕事をしろよ! 自分で余計な手間増やさんでも」
「してるよ! でもそんな大きな仕事はないし、ちょちょいと終わるよ。余計でもないし趣味の範囲だから問題ないの!」
気持ちは……嫌ではない。むしろ嬉しい。趣味の範囲とはいえ、わざわざ自分のためにこうして仕事の時間を割いてくれてるのだ。
趣味の範囲というか、趣味を仕事にしていると以前言っていたが。
ならばここは甘えて、うんとカッコいいリストバンドを作ってもらって……リストバンド?
「なあ、リストバンドくらいならわざわざポーズ取る必要なくない?」
「ダメ! こういうのはまず形から入らないと!」
さいですか。
どうやらさよなは、小物類とはいえまずはモデルをしっかり観察してやらねば気が済まないらしい。それだけ情熱を持っているということだろうか。
「なあ、なら俺までポーズ取る必要なくね?」
だがここで不満の声を漏らすのは猛だ。達志の衣装作りのために、なぜ自分までポーズ決めなきゃならないんだという、当然の不満。
それを、さよなは……
「だってそれじゃ、猛くん暇でしょ? ぼーっと作業見てるより、自分もモデルの一部になったって思った方がまだ楽でしょ?」
こう切り返した。そもそも、猛を呼ぶ必要すらなかったんじゃ……とは達志は言わない。多分、どうせなら一緒にいたかったという思いがあるのだろう。
猛も、自分が呼ばれた理由も、ポーズを取らされている意味も納得できないでいたが……何を言い返しても無駄だと、早々に黙りこむ。
「ふふ……っていうのは半分冗談。実は猛の応援衣装を作ってて……」
「応援衣装!?」
ホントにどこまで本気でどこまで冗談なのか。なんだかこの十年で小悪魔的要素が増えた気がする。
多分応援衣装というのは本当なのだろう。そんなこと一言も聞いてないと、猛は言葉を続ける。
「いやいや、応援衣装って、俺が着るのか!? 達志を応援するために!? 学校的にはなんの関係もない俺が!?」
「でも、体育祭には行くでしょ? なら応援しなきゃ」
「行くけど! 応援もするけど衣装って!」
「来るのかよ!」
やいやいやいやい……三人の、どこか楽しそうな声が響き渡る。しかしさよなの「二人とも動かない!」というめいれ……指摘があったため、再び沈黙の場へと戻った。




