熱い視線を感じる
「はぁ……もっと、鍛えたいと」
放課後、テニス部にて練習していた達志は、タイミングを見計らってとある人物に話しかけていた。
「そう。確かに、体力は人並みには戻ったんじゃないかと思ったり思わなかったりなんだけど……やっぱり、チーム戦の体育祭で他の人に迷惑かけるわけにはいかないと思うんだ!」
「えぇまあ、そのお気持ちはわかるんですけど……なぜ、私に?」
達志の熱い決意を受け、目の前の人物……シェルリア・テンは困ったように首をかしげている。さすがは校内二大美少女の一人、困った姿も絵になるというものだ。
が、達志は別にシェルリアを困らせたいわけではない。
「いやまあ……部長はいろいろ忙しそうだし、みんなの様子を見てた結果……シェルリアが一番、体力あるっていうか」
意外なことだとは思うが、シェルリアは実は部内でも体力はかなりある方だ。実力はまだまだの部分はあるが、持ち前の体力の多さで粘り強く勝負相手に勝利を収めている。
それだけでなく、シェルリアに頼んだのは……話しやすいというのも大きい。後輩の女の子にこんなこと頼むのも男としてどうかと思うが。
「でも、それならマル先輩に頼めばいいのでは?」
「ぐっ」
と、まあ当然なことを言われる。体力があるのは副部長のマルクスが断然そうであるし、同じクラスであることからも話しやすいのは明らかであるが……
「なんか、マルちゃんには頼みづらいっていうか……」
「? 頼みづらい?」
彼にはなんだか、頼みづらい。彼は達志に対して対抗心のようなものを持っている、素直に聞き入れてくれるとは考えにくい。
「まあまあ、実際に頼んでみないとわからないじゃないですかぁ♪」
「え、ちょっ……」
だがそんな事情など、シェルリアは知ったことではない。達志は背中をぐいぐい押され、マルクスのところへと連れていかれる。抵抗する間もなくあっという間に移動して……
「……なんだいったい」
「いや、その……」
「先輩、マル先輩にあれこれ鍛えてほしいみたいですよ! じゃ私はこれで!」
連れていくだけいって、要件を言うだけ言って、すたこら行ってしまった。隠れているつもりなのだろうか、木の影から覗いているがバレバレだ。
頑張れ、と腕を使ってジェスチャーしている。いったい何を頑張れというのか。
「実は……今のままじゃ不安だから、体育祭でも通用するように鍛えてほしいなー、なんて……」
仕方ない、ダメ元で話してみる。頼んでみて断られたらシェルリアも諦めるだろう。マルクスからしても、これはマルクス自身にメリットのない話な訳で……
「なるほどな、いいだろう。しごいてやる」
「あぁ、やっぱりダメだよな……なん、だと?」
てっきり即、断られると思っていたのだが……予想外にも、マルクスの答えはオーケーであった。いいんだ、と目が点になってしまった。
「いいの?」
「? なぜ断られると思ったんだ?」
きょとんとする達志と同様ではあるが、マルクスも逆の意味できょとんとしている。断られると思っていた達志と、断るわけないというマルクス。
どうやら達志の誤解だったようで、思ったよりもマルクスは小難しい性格ではないのかもしれない……
「ボクの所属するテニス部から、無様な人間を出すわけにはいかないからな。せいぜい人並みにはなってくれよ?」
……のはやっぱり誤解で、小難しいというかめんどくさい性格なのかもしれない。
ともあれ、マルクスの指導を受けることには成功したわけで。
「……なんかめちゃめちゃ熱い視線を感じるんだけど」
とりあえずこちらを覗いているシェルリアに、ジェスチャーだけでも成功だと伝えようとしたのだが……先ほどから、いやに熱い視線を感じる。
どうやらそれはシェルリアのようなのだが……そんなに、達志がマルクスにちゃんと頼めるかどうか心配だったのだろうか。
「なあ、シェルリアって心配性な性格なのか?」
「テンか? そんなことはないが……まあ、頼み事を断れない、押しに弱い性格ではあるかもな。それがいいことか悪いことかはともかくとしてな」
同じ部活仲間からの評価。それは見た目からもある程度読み取れた、押しに弱いというものだった。見た目だけでいうならリミも同様っぽいが、リミは告白をばっさり断る心気がある。
となるとシェルリアは、告白はちゃんと断れているのか。逆にこちらが心配になってくる。
「でも……押しに弱いってわりには、さっき俺をぐいぐい押してったよなー」
先ほどマルクスに頼み事をするように進言したシェルリアは、とても押しに弱い性格には見えなかったが……まあ時によるのか、それとも人によるのか。
何はともあれ、シェルリアの押しのおかげでこれから体育祭まで、マルクスの厳しい指導を受けられるようになったのは確かだ。
「ま、いいや。ともあれこれからよろしくな、マルちゃん!」
「誰がマルちゃんだ」




