筋肉ナルシストの誘惑
「まさかの連続告白……それをいっぺんに済ませようとするリミも、とんでもねえな。無視しないから仕方ないんだろうけど」
まさか立て続けに告白イベントが訪れるとは思わなかった。リミに覗きがバレないためにも帰るところだったのだが、これは最後まで見守るしかないだろう、と体勢を直す。
さてさて、お次は……目を凝らす。現れたのはオールバックにした金髪が無駄に輝いているのが印象的な男だ。制服のボタンを上いくつか外しておりなぜか胸元をはだけさせている。
制服越しにも目立つ筋肉質な体を見せつけている感じだ。
予想する間でもなく、ナルシスト。大柄な男で、自信満々に歩いてくる様子からもうかがえるが……とても、キモい。
「なんだあの男……」
現実にいるのか、あんな『自分に自信満々』を絵に描いたような男が。これはあれだ、お友達どころかお近づきにすらなりたくない人種である。
まさかリミがあの男になびくとも思えないし、さて今度はどれほどの毒舌の嵐が吹き荒れるのか……ちょっとドキドキしながら観察していると……
「やあ、待たせたね。早速だが、キミを呼び出した理由について……」
「ごめんなさいお断りします。もう帰ってもいいですか」
まさに速攻であった。腰を折り断りを入れる姿は、まさしく見事なお断りだ。そうしたい気持ちは痛いほどわかるが、まさか告白させもしないとは。
しかも、そのままその場を去ろうとしていて……
「やっべ、こっちに……」
このままでは、リミがこっちに来て達志達がここにいて覗いていたことがばれてしまう。そうなってしまう前に、急ぎこの場を離れなければ……
だが、その未来が実現することはなかった。いつの間に回り込んだのか、去ろうとするリミの正面へと移動した男は、リミに迫る。そして壁際に追い詰めたリミに手を伸ばし……壁に手を突いたのだ。
それはまさしく……
「か、壁ドン……」
「今時ふっりいなぁ……」
いわゆる壁ドンであった。女性なら一度はときめくシチュエーション……らしいのだが、なぜだろう見ている側はまったくドキドキしない。それはおそらくリミも同じだと思えるほどに。
達志とヘラクレス、両者が抱いたのは似て異なるものだ。絵に描いたような筋肉ナルシストが絵に描いたような現実に壁ドンをするその光景に若干引き気味の達志。
そして今時壁ドンなんて古いと引き気味のヘラクレス。
そういえば俺が眠る前からあったもんな壁ドン……とぼんやり達志は考える。十年以上前からあった壁ドンを引き出してきたわけだ、あの男は。確かに古いのかもしれない。
「待ちたまえ。ワタシの告白くらい聞いていったらどうだ? ん?」
吐きそうなほどにキザったらしい口調。なぜだろう声はかろうじて聞こえる程度の距離なのに、この不快さはどこから来るのか。オールバックの髪を、片手でかき上げている。
「いえ、いくら言われても答えは変わらないので……」
予想通りリミは全然ドキドキしていない……どころか今までに見たことがないほどに冷たい瞳をしている。鋭い、まさに氷だ。
その瞳を向けられているのは自分ではないのに、ゾクゾクと背筋が凍ってしまう。
それを直接受けているはずの男は平然としたまま、リミの顎を持ち上げて嫌でも自分の方を向かせている。そんな汚い手でリミに触るな。
ここはすぐにでも助けに入った方がいいのだろう。しかし達志は、リミの魔法の威力のすごさを知っている。
何かあっても……いやある前に、リミの手にかかればあんな男一瞬で氷付けだろう。
「リミたん、大丈夫かな」
だがそんな高をくくっていた達志に、不安そうな声。いつもひょうひょうとしたスライムさんにしては珍しく苦々しいといった表情だ。
え、大丈夫って何が。
「それってどういう?」
「いやな、タツは多分、リミたんは魔法があるから大丈夫って思ってんだろ? けど原則、魔法は授業以外の私的な使用は禁止されてるんだよ。ま、回復、復元はオーケーとか、許可とればオーケーとか、いろいろあるけどな」
「え、そんな設定今まで気にされてたっけ」
首を傾げる達志に丁寧に説明してくれる。ふむふむ、授業以外では禁止……初めて聞いた。よくよく考えてみれば当然な気もするが。
ふと、思い返す。授業以外で魔法を使った場といえば……トサカゴリラのテロの件、くらいだろうか。あの時は状況が状況なだけに、仕方がなかった。
まあ学校側からの許可が出たってことだ。
回復復元は、まあ人を傷つけるタイプの魔法ではない。魔法禁止は間違っても誰かが悪用しないためのものだろうから、この二つは適用外なわけだ。
となるとルーアの件は、あくまでサキュバスの特殊能力だからセーフ、という解釈でいいのだろう。まああのとき、勢いで魔法を使おうとしていたが……それは置いといて、だ。
ということはつまり……今のリミはなんの力もないただの女の子ということだ。
もちろん、事情を話せばわかってもらえなくもない気はするが……事後報告になるし、なんにしても優等生のリミにいい印象はつかないだろう。
「……くそっ」
こうなれば、ここでこそこそ隠れているわけにもいかない。覗きがばれてしまうが、それとリミを危険に晒すのとでは天と地ほどの差がある。ここで黙って見ておくなんてできない。
出ていって、何ができるともわからない。相手は大柄で、見た目だけでも殴り合っても勝てるとは思えない。が、このまま指をくわえて見ている選択肢は達志にはなかった。
覚悟を決め、腰を上げて飛び出す……その時だった。目の前で、信じられないことが起こったのだ。
「……ぇ」
ふわっ、と。そこに重力が存在しないのではないかというほどに、あっさりと。"それ"は起こった。
男が……リミよりも一回りはあるだろうという男が、宙を待ったのだ。
突然のことに男も何が起こったかわかっていないのか、受け身も取ることなくそのまま背中から叩き付けられてしまう。
「先輩ですし、あんまり手荒なマネはしたくなかったんですけど……正当防衛ということで、ご勘弁を」
その場に響く声。それを聞いて初めて、達志はあの男を投げ飛ばしたのがリミだと理解した。理解はしたが……納得できるかと言われると否だ。
だって相手は男で、しかもリミよりも一回りは大きいのだ。
だがそれ以外に男が吹き飛んだ理由がわからないし、そうなのだと納得してしまうしかない。
「まさか……柔道部主将である、このワタシを軽々投げ飛ばすとは」
投げ飛ばされた男は、こんな時でも身なりが気になるのか髪をかき上げている。そんな姿すら絵になるのが腹立たしいが、そんなんでよく汗臭そうな柔道部が務まるなと思う。
同時に、それを軽く投げ飛ばすリミに戦慄すら覚える。
魔法以外ポンコツと言っていたが……あの子、実は脳筋なだけなのではなかろうか。
「やはり、ワタシは諦めきれない……」
そんな間にも、男はリミに声を掛け続けている。いくら言われても、とリミは言っていたし、一度や二度ではないのだろう。
それでも諦めきれないとは、もしやそういう性癖の人なのでは。
だが、そんな疑念も次のやり取りによりかき消される。
「改めて言おう……我らが柔道部に、入部したまえ!」
「ですからお断りします」
「そっ……!!」
男の口から出たのは、予想もしていないものだった。つまり、男がリミを呼び出したのは男女の交際の申し出ではなく……部活の、勧誘だったのだ。
思わず「そっち!?」と叫びそうになった達志は咄嗟に口を押さえ、言葉を呑み込んだ。




